24 破壊工作の情報

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定例の進捗報告の日。ジェニファーはエリックとふたりで王宮を訪れたが、王子の急用で少し待つことに。ジェニファーが中庭を散策していると、宰相ラシードが電話で話す声が聞こえてきた。陰謀めいた単語が気になった。


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 目が回るほど忙しい1週間が過ぎて、ふたたび報告の日になった。今回はさらに順調な報告ができそうだ。ところが、エリックとふたりで約束の時間に宮殿を訪れると、王子に急用ができたため、1時間ほど待ってほしいと告げられた。

「ねえ、この広間と向こうの中庭を見てきてもいいかしら」

 ジェニファーは待ち時間のあいだに宮殿内部の装飾をじっくり見てまわろうと思い立った。

「ああ、大丈夫。中庭が終わるところまではお客が自由に歩き回ってもいいようだから。おれはここにいるよ。だいぶ前にじっくり見させてもらったからな」

 このまえ気になった右手奥の中庭を見てみたかったこともあり、さっそくそのエリアを静かに歩きはじめた。広々としたスペースから、噴水のある奥の回廊に出ようとしたとき、聞き覚えのあるしゃがれ声が少し離れた柱の陰からもれ聞こえた。宰相のラシードがだれかと電話で話しているようだ。

「わたしだ、リック。どうした?……来るのが遅れる?……いつだって?……王子の誕生日は来月だぞ。間に合うんだろうな?」

 なにげなく聞いていたジェニファーは“王子”という言葉が聞こえると、どきりとして耳をそばだて、無意識のうちに静かに立ち止まっていた。英語で話しているということは、会話の相手は外国人なのだろう。

「この機会を逃したら次はない……花火の手配はついているんだろうな……不発に終わるなど許されない……ああ、もちろんまったく疑っていない……そちらが来ないことには……わたしではプラントのどこに仕掛けるか……うまく破壊……派手にやりすぎると、あとが面倒だ。修復を引き継ぐのはわれわれだ……もう切らなくては。着いたらまた電話をくれ」

 宰相は電話を切ると、ジェニファーのいる場所とは反対の方向へ足早に歩き去った。

 ジェニファーは、たった今耳にしたことがよくのみ込めず眉根を寄せた。どういうことだろう。花火の手配と言っていた。破壊と修復ってなんのこと? プラントに仕掛けると言う言葉も聞いた……ひょっとしたら、これはなにか破壊工作の密談ではないだろうか。まさか宰相は、プラントのプロジェクトを妨害しようとしているの? 不安が心で黒く渦巻いた。どう考えても先ほどの電話は、だれかと陰謀をめぐらしているとしか受け取れなかった。

 ただならないくわだての匂いをかぎとり、顔色を変えたジェニファーは大急ぎでエリックのところへとって返した。

「エリック、気になることがあるの」

 興奮で息をはずませながら、電話の話をエリックに伝えたが、エリックは笑って取り合おうとしなかった。

「ねえ、絶対なにかあるわ。それもプラントの工事に関係あることよ」

「考えすぎだよジェニファー。工事についてはユーセフ王子がいっさいを取り仕切っているんだ。おれたち以上に細かいところまで注意を配っているほど慎重なんだよ。ましてラシードは長年国王に堅実に仕えて来たと聞いている」

 エリックは平然とベンチに腰をおろしたまま、読みさしの本に目を戻そうとした。

「だけど、宰相は、『あとを引き継ぐのはわれわれだ』ってはっきり言ったの。どういう意味だと思う? 話しかたや声も、どこかうさんくさかったわ」

「プラントが完成したら、あとを引き継いで稼働させるのは自分たちだっていう意味じゃないのか?」

「それなら『破壊』っていうのは――」

 そのとき宰相が広間に戻ってくるのが見え、ジェニファーはあわてて口をつぐんだ。気のせいか、宰相が探るような目つきでジェニファーをちらりと見たように思えた。立ち聞きしたのをさとられたのだろうか。気になりながらも、王子の部下が呼びに来たので、ジェニファーとエリックはミーティングの場へと移動した。


 今日の報告の内容はさらに上出来だった。前回提示した改善案が生かされて、工期の短縮まで見込めることになったからだ。ユーセフと個人的な話はできなかったものの、ジェニファーはエリックとふたりで、弾んだ足取りで宮殿を出て駐車場に向かった。エリックの車に乗り込もうとしたとき、またしても白いトーブを着た使用人にうしろから呼び止められた。

「失礼いたします。もうしわけありませんが、女のかただけ、こちらの車にお乗りください」

「まあ」

 エリックとジェニファーは顔を見合わせた。みると、かなりはなれた場所に、新型のランドクルーザーがとまっており、中に女性らしき人影が見えた。

「またシャリファ様かしら?」

 向こうを見たものの、窓に光が反射していて、うまく中の様子は見えない。ジェニファーの問いかけには、使用人はそうだとも、ちがうとも答えなかった。

「行って来るといい。今回はレポートをなおす必要もないんだから、明日の朝会って確認するだけでいいし。王女さまとの友情を大切にしないとな」

 エリックはそういうと、さっさと車に乗り込んだ。

 ジェニファーは小さく肩をすくめた。

「そうね、先日のパーティのお礼も言っていないし、そうさせてもらおうかしら。エリック、一点だけ先に確認したいことがあるから、あとから電話するわ」

 そう言って車に向かうと、使用人はジェニファーをなかば押込めるようにして強引に車に乗り込ませた。

「ああ、あとで電話してくれ!」

 エリックが叫ぶのがかろうじて耳に届いた。

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