22 王子の悩みは深く

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国王のもとに隣国の大臣夫妻が娘を伴ってやってきた。国王夫妻は、その娘をユーセフの花嫁候補と考えているが、ユーセフが結婚したい相手は……。


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 その夜、ユーセフは王宮で久しぶりに両親と食事をともにしていた。日ごろは執務に追われていることもあり、ほとんど別にとっている。

 今日呼ばれた理由は、隣国の外務大臣と妻である王族の三女、そしてその娘が訪れていたからだった。しとやかにひかえている、黒髪の美しい娘は今日の妃候補ということなのだろう。つつましやかな視線を向けてくる娘は、さぞかし良い妻になりそうな雰囲気をただよわせている。

「え?」

 考えごとをして質問を聞き逃したらしい。話しかけてきた大臣の妻が気まずそうな表情を浮かべていた。

「ユーセフ様はいつもお忙しいんですの?」

 気をとりなおした大臣の妻はもう一度問いかけてきた。

「ええ、まあ」

 仕事のことなど、この場でくわしく話してもしようがないと思い、ユーセフはあっさりと答えた。

「そんなことはないんですよ。ユーセフは時間を作ることもできるんですが、ついつい仕事に熱中してしまうようですわ」

 とりなすように母ラティーファが付け足した。

「ああ、ええ、そうですね。仕事がいろいろとあるものですから。でも、もちろん今日はお食事をご一緒できて光栄です」

 ユーセフは感じの良い笑みを浮かべた。

 その様子を見ていた娘のほうが、ぽっと頬を赤らめた。隣国の外務大臣の妻とは言え、王族出身の者を軽々しくあつかうことはできない。外交的な手腕に長けていると評判の大臣同伴であればなおさらだ。

「最近、地中海クルーズ用に船を新調しましたの。ぜひ進水式にはお越しくださいな」

 外務大臣の妻はこの機会を逃すまいと誘いをかけてくる。

「ええ、もちろん。私のスケジュールのほうは秘書官が把握していますので、いつでもご連絡ください」

 即答は避け、あたりさわりのない返事をしながら、ユーセフは今日の夕方のことを思い浮かべていた。

 夕陽に照らされたジェニファーは美しかった。これまで妃候補として数々の美女たちと引き合わされてきた。自分は結婚は王族の義務だと割り切っていたから、そのうち誰かと結婚するだろうと思っていた。だが、ジェニファーに会ってから、ユーセフはどんどんジェニファーに惹かれている。最初は美しさに。そして仕事への熱心さや心づかいに。だが、それだけではない。たぶん、初めて視線を交わした瞬間から運命を感じていたのだ。

 砂漠の長老たちがよく言っていた「運命の糸は天からおりてくる」と言う言葉が、最近は頭からはなれない。

 だが、ジェニファーのほうはどう感じているのだろう。今日もできればあの場で口づけて、甘く溶けたジェニファーの体からその返事を引き出したかった。これまでの強引なキスで感じている、2人はぴったりだという感じ。それをジェニファーから差し出してもらいたい。


 外交的な食事の場をうまくやり過ごし、ユーセフは両親と久しぶりに向き合った。

「今日の娘はなかなかいい」

 父であるアブラハム国王が言った。つまり容姿だけでなく条件がいいということだと、ユーセフは察した。

「ええ、まあ、とくに問題はなさそうですね」

 気のなさそうなユーセフの返事に、母ラティーファが問いかける。

「まあ、あなたったら、いったいいつになったら妻を決めてくれるのかしら? こうしてお父様がすすめるお相手が気に入らないのであれば、いっそ自分で見つけてほしいくらいよ」

 ユーセフは苦笑した。ようやく見つかったかもしれない相手がアメリカ人だということを、この2人は認めるだろうか。

「そうですね。自分で見つけたほうが早そうだ」

 結婚について意見など言ったことのないユーセフが、自分から花嫁を見つけると言ったことで、母親の目が輝いた。

「まあ、ひょっとしたら、どなたかいらっしゃるの? どなた? それとも幼なじみのイソベルかしら?」

 ユーセフは顔をしかめた。「母上、その件はまたいずれ。ただ、イソベルは無理です。妹のようにしか思えないので」

「まあ、でもそれは愛情を感じているということではないのかしら?」

 久しぶりにユーセフが結婚についての意見を口にしたのだから、母としてもそうやすやすとは引き下がれない。

「いや、妹であれば我慢できる欠点であっても、妻としては無理だということです」思わず強く否定してしまった。イソベルとの結婚だけは考えられない。あまりにも権力欲と虚栄心が強すぎる。

「そう……」

 そう言いながらも、母ラティーファはまだ何か言いたそうにしていた。

「ユーセフについては、私もおまえも最終的なところまでは口を出さないことに決めただろう」アブラハムが妻を軽くいさめた。「だが、もちろんわが国と国民たちにとって最良の選択をすると信じているぞ」ユーセフに視線を戻し、父王が重々しく言った。

 両親は何年にもわたってユーセフを結婚させようとしてきた。だが、どうしても思うようにユーセフを動かすことができないと、ついに悟った。表向きは柔軟で優雅に外交活動もこなすユーセフだが、結婚については積極的ではない。

 そう、そしてその「最良の選択」こそが問題だった。いかに優秀だとは言え、ジェニファーは民間人であり、しかも宗教が異なる国の人間だ。たとえその壁が乗り越えられたとしても、皆が喜んで認めるとはとても思えない。

 ジェニファーに会ってしまった以上、自分の心に正直にありたい。だが、その先にあるものを思うとジェニファーを巻き込むことはできないのではないか――。めったに感情を表に出すことのないユーセフだが、そのことに思い至ったことで苦虫を噛みつぶしたような表情になってしまっていたようだ。

 横のソファに座っていた母の手が、そっと自分の手に重ねられた。

「ユーセフ、お父様の言うことももっともですが、2人とも親としてあなたの幸せを、もちろん願っているのですよ」

「母上、ありがとうございます。父上、もちろんお心に添うよう努力いたします」

 そういうと、ユーセフは自室へと引き取って行った。

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