19 ラシードのたくらみ

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宰相ラシードはいらだっていた。あの女技術者が派遣されて半月経つが、トラブルは起きていない。とはいえ、かなりいい女だから別の手立ても考えよう。王子を失脚させて権力を取り戻せば、金も女も手に入るのだから。


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 ラシード・シャマーンは机上のカレンダーをじっと眺めていた。ジェニファー・スワンソンという女技術者が派遣されて半月が過ぎた。体調を崩して倒れたという話をべつにすれば、今のところ現場からもホテルの周辺からも、眉をひそめるような行動やルール違反の訴えは聞こえてこない。意外だったが、そちら方面はあきらめることにしよう。

 それに、従順な女は悪くない。ラシードは女らしい曲線を描いていたジェニファーのドレス姿を思い出していた。そう、たしかに愛人には従順な素質こそ必要だろう。思いがけない宝物が手に入るかもしれんな。ラシードは好色な笑みを浮かべた。

 それはともかくとして、そろそろ次の準備――“火の手作戦”――にとりかかる必要があった。

 夜明けの礼拝のためにモスクを訪れたある朝、帰宅早々、書斎にこもり携帯電話で、とある番号を呼び出した。今回のプロジェクトの入札で最後までエネジー・スター社と競り合い、最後に負けた企業の担当者だ。ラシードの計画というのは、ユーセフの誕生日に上げる“祝賀花火”だった。

 液化ガスプラントとはいえ、まだ操業前の状態なので、たてまえとしては場所さえ選べば大きな火災につながる危険はない。少なくとも、もし事前に計画が発覚するようなことがあれば、そういう口実で逃げ切る腹だった。花火と称してうまく現場に爆薬を仕掛け、本来、起こるはずのない爆発を引き起こそうという策略だ。

 そのライバル企業には、晴れて計画が成功し、ラシードがプラントの統轄役に返り咲いたあかつきには仕事をまわすと約束している。巨額のカネが動く国家事業だ。協力を惜しむはずはないと踏んでいたが、あんのじょう、向こうは喜んで話に乗ってきた。

「リックか? ラシードだ。そろそろ計画の第2段階に進もうと思う……そうだ、図面は手に入れてある。きのうコピーをとったばかりの最新のやつだ……」

 ラシードは机の上に何枚もの図面を広げ、ぱらぱらとめくった。

「あいにく、わたしは今回のプロジェクトには深くかかわってこなかったから、どこにどうすればいちばん効果的かがわからないのだ」

 ラシードの胸に忘れようとしていた悔しさがこみ上げ、一瞬、唇をかみしめた。

「ああ、セキュリティカードは渡すことができる……なるほど」

 うなずきながら、机の上のカレンダーに目をやる。

「で、いつごろ、こっちに来られるかね?……そうか、それなら都合がいい。着いたら電話してくれ。会って細かな打ち合わせをしよう……ああ、そうだな……いや、それにはおよばない。礼をしなければならないのはわたしのほうだ」

 言葉とは裏腹に思わず頬がゆるんだ。

「そうか、そうまできみが言うなら……すまないね……わかっている……では、1週間後に」

 携帯電話を切り、ていねいにポケットにしまった。自宅の電話を使って尻尾をつかまれたりしたら元も子もない。だが、携帯電話にしてもなくしたり、どこかに置き忘れたりして、だれかに通話記録を見られたらことだ。

 リックとは長いつき合いだった。さすがに、ラシードとのビジネスの勘所をよく押さえている。

「ありがたい。これで第2夫人にせがまれている新車を買ってやることができるだろう」

 ラシードは小さくつぶやくと、図面をたたみ、デスクのうしろに据えられた金庫のなかにしまった。すでにかつての慣習がよみがえりつつあった。これでまた昔の日々が戻ってくる、とラシードは確信した。あとはただ、時機を見きわめるだけだ。

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