14 辛辣な言葉
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イギリス大使公邸には、非公式なパーティとは思えないほど大勢の人が集まっていた。女医ナーヒードは女性の友人たちを紹介してくれたが、そのうちのひとりイソベルはジェニファーが王子から特別待遇にされていると思い込み、辛辣な言葉を投げつける。
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金曜日。首都ディルムンにある英国大使公邸は日没と同時に庭園内のあちらこちらに明かりがともされ、温かな歓迎の光に満ちていた。街を一望できる高台にある3階建ての白亜の建物は、かつての砦の跡地に建てられた豪壮な洋館だった。
正面の玄関ポーチからジェニファーとエリックが入り、ホールの大階段をのぼって2階の大広間に入った。すでにおおぜいの客が集まっていて、広間は華やかな色彩で埋め尽くされている。砂漠のどこから集めてきたのかと思うほど、たくさんの花が飾られており。天井の大きなシャンデリアの明かりが、色彩の海をいっそう引き立てていた。
エリックが言うように、客たち、とくに女たちは制約の多い日頃の服装から解き放たれ、思い思いに装いをこらしている。首もとを深く大きくカットして胸もとをあらわにしたドレスが人気で、簡素なミニからあでやかなロングドレスまで、さまざまな装いの女性たちがいた。
「ねえ、エリック……」
「うん?」
「これで非公式なの?」
ゴージャスなパーティ会場にジェニファーは圧倒されていた。想像していたよりもはるかに多い来客たち。これまでに自分が出たことのあるパーティなんて、お茶会程度だったとしか思えない。
「ああ、そうか、おれはすっかり慣れたけど、初めてだと驚くよな」
「ええ、内輪のパーティっていうから、公邸の客間で集まりがあるくらいだと思ってたの」
「なんにせよ、ここではなんでも規模がちがうんだな。俺も最初はとまどったけど、これで中規模くらいだよ」
「そうなの」
どうみても200人は超えるだろう来客と、その世話をしている使用人たち。建築ひとすじで来たジェニファーには、驚くべき規模のパーティだった。
今日のジェニファーは瞳の色に合わせた鮮やかなブルーのドレスに、母親が贈ってくれたラピスラズリと金のチョーカーを首に着けていた。ドレスは胸もとのカットこそつつましやかだが、体にフィットしてなだらかな曲線を描くミディ丈で、裾にスリットが入り、なかなかセクシーだった。ホテルの鏡の前で全身をチェックしたときには、ドレスアップしすぎではないかと思ったが、この広間に立つとそんな思いはいっぺんに吹き飛んだ。
ホテルに迎えに来たとき、エリックがピューと口笛を吹き、開口いちばん、きれいだと褒めてくれたが、それはまんざらお世辞でもなかったらしく、広間ですれちがう男たちが称賛のまなざしを向けてくる。そうしたひとりに宰相のラシードがいた。なにか強烈な視線を感じて振り向いてみると、先日会ったときと同じような、スーツ姿に白いカフィーヤと黒のイカールという格好のラシードだった。だが、ジェニファーが会釈しようとすると、まるで無視するように顔をそむけてしまった。エリックはラシードは来ないだろうと言っていたが、そうではなかったらしい。
厳格なムスリムらしいラシードがこの場にいるのは意外に思えたが、外国企業の客たちに知り合いが多いのだろう。見知った顔を見つけては話し込んでいるようだ。こちらに会釈するでもなく、先ほど感じたぶしつけな視線以降は目も向けてこない。
「ねえ、宰相がいるわ」
「へえ、ほんとだ。めずらしいな。……まあ、こういった場では、政府の要人にはあえて話しかけないほうが礼儀だからな」
エリックが、通りかかったウェイターのトレイからシャンパングラスを取って渡してくれた。
「きみに紹介したい人たちがいっぱいいるんだけど、ちょっと車に忘れ物をしたんで、このへんで待っていてくれるかな?」
「あら、エリック。わたしのことならどうぞおかまいなく。ナーヒードを探してみるわ」
ジェニファーはにっこり笑いながら、顔の横でひらひらと指先を振り、エリックをエスコート役から解放してやった。
グラスを片手に、人混みをぬいながらオードブルのテーブルを目指していく。久しぶりにハイヒールを履き、背筋をしゃんと伸ばして腰から歩くと、プラント現場で働く男まさりの自分から、ようやくお洒落を楽しむ普通の女性に戻ったようで、肩の力が抜けた。
ナーヒードの姿――というより愉快そうな笑い声――に気づいて彼女のほうを見ると、ちょうど彼女もこちらを振り返ったところで、ジェニファーを見つけて手招きしてくれた。引き締まった腕をあらわにしたノースリーブのグリーンのドレスが、シナモン色の肌にとてもよく似合っている。
「ちょうどいいところで会えたわ。友だちを紹介するわね。マージとファティマとイソベル。3人とも女性相手のビジネスをしている実業家よ」
「初めまして。ジェニファーです」
「今度、女たちだけのホームパーティを開くからそのときはぜひいらしてね、ジェニファー」
シックなシルバーのスーツに身を包んだマージが言った。
「マージは美容界の大物だから、仲良くすると、きれいになれるわよ。垢すりの男の人に頼らなくてもお肌はすべすべ」
ナーヒードが子供のように、いたずらっぽく目を輝かせながら、ジェニファーに言う。
「あら、ハマームでのマッサージも女性ホルモンのめぐりをよくしてくれるから、いいんじゃない。でも、あなたはそういう助けがいらないくらいきれいだわ、ジェニファー」
腰まである長い黒髪を白いワンピースの肩先で静かに揺らしながら、ファティマが言った。
「なんといっても王子が気にするくらいの美貌ですもの」
横から口をはさんだ真っ赤なドレスと派手にセットされた髪が印象的なイソベルの言い方と視線に、小さな刺を感じてジェニファーはそちらを見た。
「まあ、イソベル、あなたまだ王子のことをあきらめてなかったの?」冗談めかしてナーヒードが言ったが、イソベルの目は少しも笑っていなかった。
「男の人は価値のありそうなものを手に入れるのが好きですもの。まして、この国に咲かない白い花なら、なおさらだわ」イソベルが言う。
「イソベル」ナーヒードがいさめる声をさえぎってイソベルが続けた。
「でもね、あくまでもそれは手折るまでのことよ。ご忠告しておくけれど、この国の男たちは外から来た人には親切だけれど、あくまでも外交上のことだわ。真の伴侶に選ぶのは同じ血が流れていることが条件。そう思っているものよ」
「いい過ぎだわ。それに、ジェニファーはあくまでも仕事で来ているのよ」
「だからこそ、その気にならないようにご忠告申し上げたのよ」つんと顎をあげたイソベルの口から、毒のある言葉が吐かれていく。
いったい何なの? 初対面でいきなりここまで言われるなんて。むっとしたジェニファーが言い返そうとした時に、マージが割って入った。
「まあイソベルったら、飲み慣れないパンチで酔ったの?」
あわててナーヒードもつけ加えた。
「ジェニファー、もしかして、あなたまだなにも食べていないでしょ。食事のブースはあっちよ。案内するわね」
ナーヒードに促され、ジェニファーはふたたび料理のテーブルへと向かった。
「ごめんなさいね」申し訳なさそうにナーヒードが言った。「イソベルは名門の出で、昔から王妃の第1候補にあがっていたの。でも、ユーセフ王子にはその気がないらしくて、このところ焦っているのよ」
「そうだったの」
「ええ。結婚相手は親が決めるから、イソベルには何も言えないんだけど、王族から申し出があれば別ですもの。でも、このところその可能性も薄くなって来たみたいで……」
あんなに魅力的な王子だもの、たしかに妻になりたい人はたくさんいるに違いない。
「だから、あなたに花が届いたって聞いて牽制してきたってわけ」
ジェニファーはおかしくなった。そんなところにまで情報が回っているとは。
「だって、ユーセフ王子に会ったのは1度だけよ。しかもミーティングに出ても直接話しかけるなって釘をさされたくらいなのに」
「まあ、そんなことまで言われていたの」ナーヒードの美しい眉がくもった。
「ええ、軽薄なアメリカ女はどんな厄介ごとを起こすかわかったものじゃない、っていう感じだったわ」
「ひどいわ。知り合って間もないけれど、あなたはそんな人じゃないもの」
「ありがとう」
ジェニファーの胸が少しだけ軽くなった。どこの国のどんな場所に行っても、誤解や偏見はある。
ジェニファーは恵まれた容姿だったこともあって、むしろそのせいで苦労してきた。建築に真剣に取り組んでいるということを、周囲に理解されにくかったからだ。
ジェニファーより成績の悪かった男子学生に、「女は得だな、武器があって」と吐き捨てるように言われたときには、さすがにかっときて、平手打ちしてしまったこともある。相手の頬も痛かったかもしれないが、同じくらい、いやそれ以上に自尊心は傷つき、胸が痛んだ。
だからこそ誰にも文句のつけようもない最高レベルの結果を出すことで、ここまで来たのだ。ジェニファーは小さくため息をついた。なのに、またしても女であることが障害になるなんて。
ジェニファーの浮かない顔がイソベルのせいだと思い、ナーヒードはとりなしてくれた。
「本当にごめんなさいね、あんな人に紹介してしまって」
「いいえ、いいの。それよりも気にしてくれるあなたがいてくれて良かったわ」
するとナーヒードはジェニファーの腕をぎゅっとつかんだ。
「まあ、ありがとう。その言葉にわたしも救われたわ」
むしろ友人と呼べる人が出来たのかもしれない。ジェニファーはあまり気にしないことにして、料理のブースへと向かった。
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