09 王女とパーティ
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ユーセフの妹シャリファ王女は、イギリス留学の準備のために渡英していたが、帰国して早くも退屈していた。ユーセフは妹のためにイギリス大使にパーティを開いてもらうことにする。
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執務室にもどって間もなく、ノックの音がした。ユーセフの返事を待たずにドアがあく。わがもの顔で部屋に入って来た妹の姿を見て、ユーセフは苦笑した。
「返事を待てないのか?」
さらりとベールをはずすと、シャリファ王女は人なつっこい黒い瞳に華やかな笑顔を浮かべ、それですべてが許されるとでも言うように小さく肩をすくめた。
「ノックしてもしなくても、お兄さまはたいていここにいらっしゃるもの」
末娘でもあるシャリファは、家族の愛情を一身に集めて来た。幼い頃から愛くるしかっただけではない。今はすっかり美しく成長した上に聡明であり、この秋からオックスフォードに留学することになっていた。1カ月ほど下見をかねてロンドンに行っていたが、1週間前に帰国したばかりだ。
「そうでもない。だが、たしかにこのところ馬の遠乗りにもなかなか行けなくなっていたな」
「そうよ、仕事のし過ぎだわ」
何か言いたげな妹の様子に、ユーセフは片方の眉を上げて話の続きをうながした。
「そして、この国は退屈」
シャリファはうんざりした様子で、来客用のソファに腰かけた。
「そうかな」
シャリファはソファからぐいっと身を起こした。
「そうよ。お兄さまみたいに仕事があるわけじゃなし、遊びに行くといっても、女たちの集まる場所なんて面白くもなんともないわ。どんな夫がいいかとか、肌を磨くにはどの化粧品やエステがいいかとか」兄のほうを向いて、小さく舌を出した。「ごめんなさい、お兄さまには関係なかったわね」
「とりあえず聞いておこう」威厳をもって答える。
「ねえ、ロンドンから戻って来て1週間しかたっていないけれど、本当に退屈で退屈で死にそうなのよ。気晴らしにパーティかなにか、開いてもらえないかしら?」
「それなら父上に相談するといい」
シャリファはあきらかにロンドンで身につけて来たらしい表情で、目をくるりと回した。
「かんべんして、お兄さま。お父さまが催してくださるパーティときたら、花婿候補ばかり集めるのよ。しかも年齢よりも資産や権力重視だから、お父さまくらいの年齢の人までいるの! ありえない!」
たしかにシャリファの気持ちもよくわかる。王女たちは王家の一員であるかぎり、自由な結婚はのぞめない。姉たちは素直に従い、それぞれそれなりに幸せな家庭を築いている。だが、独立心旺盛なシャリファには、それががまんならないようだ。
「ねえ、お兄様、来週オックスフォード時代のお友達がいらっしゃるんでしょう?」いつのまに調べたのか、ユーセフの留学時代の友人たちが遊びに来ることをシャリファは言い出した。
「だめだ」即座にユーセフは言いきった。
「まだ何も言ってないでしょう?」
「いいや、だめだ。その顔は良からぬことをたくらんでいる」
子どもの頃からシャリファは悪知恵がよく働く。
「そう、ならいいわ」
意外なほどあっさりとシャリファは引き下がった。
「いいのか?」思わず問いかけた。
「ええ、いいの。勝手にするから」
「なんだって!」
ユーセフは苦虫をかみつぶしたような顔で黙り込んだ。まったく。以前来たアメリカ人といい、シャリファといい、自己主張の強すぎる女たちめ。シャリファに勝手なことをさせないためには、結局は友人たちとの集まりを設けるしかない。だが、とユーセフは思い直した。そうすればジェニファーを呼んで、先日のきつい物言いをあらためる機会になるかもしれない。
ふいに表情のやわらいだ兄を見て、シャリファはけげんそうな顔をした。
「よし、ではこうしよう。王宮で集まりを開くと、父上に報告しないわけにはいかない。そうすれば、おまえはいつもどおり花婿候補の群れに囲まれることになる」。うんざり、といった顔のシャリファを見ながら話をつづけた。「わたしの友人たちもそんな場には出たくないはずだ。だから、イギリス大使に話をして、非公式な内輪のパーティを開いてもらうことにする。それなら、留学前のおまえが出ていても不自然ではないからな」
「やった! だからお兄様って大好きよ」
ソファから身を起こしたシャリファは駆け寄って、思い切り兄を抱きしめた。こういったところは、まだまだ子ども時代のクセが抜けていないらしい。
「だが、くれぐれも王女としてのたしなみは忘れないでくれよ」
「もちろんよ。ああ、楽しみ。おしゃれもおしゃべりも久しぶりっていう気がするわ」
そうと決まれば長居は無用とばかりに、シャリファはさっとベールをとると、ふわりと巻いた。
「さっそく、来週着るドレスを考えないと。ロンドンから持ち帰って来たものをまだよく見ていないもの」
女同士の話に興味はないと言っていたくせに、若い娘らしく欧米のファッションは別らしい。来たときと同じくシャリファは、さっさと部屋をあとにしていった。
自分はつくづく妹には甘いらしい。ユーセフは苦笑しながらも、王子の立場をはなれてジェニファーに会えることを思い、少しだけ頬をゆるめた。
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