08 黄金の娘に心を奪われる
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ユーセフ王子は砂漠で鷹狩をしていたとき、ジェニファーの姿を目にしていた。ジェニファーの金髪が夕日に輝くあの瞬間が、心から離れない。
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その晩、遅くまで仕事のため執務室に残っていたユーセフは困惑していた。
金色の娘だ――昨夕、鷹の訓練でセナを空に放ち、腕に受けた。そのとき、夕陽を浴びて光るものに気をとられた。顔を振り向けると、向こうの丘の上に黄金の髪をなびかせる女の姿があった。
こちらを見ている。
気づいた時には、なぜか目がはなせなくなっていた。
時間が止まったかのような、永遠とも思える一瞬があり、ご褒美をねだるセナの鳴き声で我に返って馬の待つ場所へと下りていった。あの丘は普通は人が来るような場所ではない。それも疑問だったが、あの瞬間、不思議な絆のようなものを感じたのも事実だ。
ばかな。
そのときは打ち消して、先ほどまですっかり忘れていた。だが、先ほど目の前に現れたジェニファーという女性は、まさしくあの黄金の娘だった。遠くて顔立ちまではわからなかったが、立ち姿と空気はまさしく同じだった……。
明日の会議に向けて読もうとしていた書類をわきに押しやると、机に両肘をつき、両手で頬から額までゆっくりとこすりあげた。あの大きな瞳が頭から離れない。ペルシャンブルー、ラピスラズリの深く澄んだブルーの目だ。ひたむきな思いがこもっていた。
ユーセフは椅子から立ち上がり、静かに室内を歩きまわりはじめた。
あのジェニファーという娘は故意に騒ぎを起こすようなタイプには見えなかった。だが、そうは言ってもまだ真実はわからない。
アメリカから女性技術者が来ると聞いただけで、ラシードも自分も過剰に反応してしまうのはしかたのないことだ。数年前の事件があったからだ。美しさに惑わされてはいけない。まずは働きぶりを見せてもらうことにしよう。
翌日、閣僚たちとの会議が終わると、ユーセフはまっすぐ執務室には戻らず、回廊をはさんでちょうど反対側のモニター室に足を向けた。プラント建設がはじまって以来、現場の様子が確認できるよう宮殿内に特別に設けさせた部屋だ。
ユーセフは日に一度はこのモニター室に顔を出している。プラントは首都ディルムンから車で1時間ほどかかるため、ユーセフ自身はあまり通えない。なにかあれば現場から連絡が入るが、広大なプラントだけに、問題はなるべくすぐに把握しておきたい。そこで敷地内の要所要所にカメラを設置し、画像を常時、宮殿内のモニターに送らせることにしたのだ。
だが今日はすでに3度目になる。
ドアをノックし、声をかけながら入室した。
「すべて順調か?」
ユーセフの張りのある声に室長のサイードが姿勢を正す。「はい、ユーセフ殿下。とくに問題はありません」モニターから顔を上げて答えた。
三方の壁にある大型モニターのなかの、いくつもに分割された画面にプラント建設現場の様子が映し出されている。ユーセフはすばやくモニターに視線を走らせた。
着工以来、何人もの技術者がエナジー・スターの本社から交替で派遣され、今回のような検分をおこなっている。ユーセフもエナジー・スター社から技術者が訪れているときは、時間ができればモニターを確認するようにしていた。技術者が頻繁に確認している場所を知っておけば、説明を受けた時に理解しやすくなるからだ。今回のプラント建設の成否はこの国の未来を左右する。工事の状況把握に疑問の余地があってはいけない。設計を担当した技術者の所見はとりわけ重要だった。
だが、今ユーセフが気にしているのは、厳密に言うとプラントではなく、工事現場にいるはずのジェニファーだった。朝一番にモニター室を訪れると、すでにジェニファーは現場のモニターに映っていた。そして昼すぎに見た時にも、別の施設にいた。
一昨日着いたばかりで、まだ時差やこの国の気候に慣れていないだろうに、じつに精力的に建設現場を見てまわっている。昨日の挨拶で語っていたように、このプロジェクトに精魂を傾けているのは真実のようだった。
「アメリカの技術者はいまはどこを調べている?」
ユーセフはできるだけさりげなく聞こえるように注意しながらきいた。
「Bセクションの第3区画にいます」
ユーセフの顔に懸念が走る。いくらなんでも広く移動し過ぎではないだろうか。
「どのモニターだ?」
「1番モニターの右上です。拡大しますか?」
「ああ、そうしてくれ」
左手の壁にあるモニター中央に分割画面のひとこまが拡大された。丸いドーム型タンクから延びるパイプの基部のあたりに立っている。タンクの上方を確認しようとしたのか、顔をあおむけた拍子にヘルメットの下の金髪が強い日射しを受けてきらりと光った。青い瞳はサングラスの奥に隠れて見ることができない。ジェニファーはカメラを取り出し、タンクとその天井の接合部分の写真を撮った。それからうつむき、ペンでなにかを書きとめようとして、いらだたしげにサングラスをはずした。となりに立つエリックを振りあおぎ、細かく頭を振りながらなにか話している。それからペン先で図面を示した。なにか問題があったのだろうか?
ユーセフはジェニファーから目がはなせなかった。屋内はある程度空調がきいているが、とても国外から来た人間がすぐに慣れるような気温ではない。
ジェニファーから目がはなせないもうひとつの理由は、どうやら彼女がずば抜けて優秀な技術者らしいからだった。ジェニファーはエナジー・スターの社長がみずから抜擢した人材だと聞いている。たしかに、代理とはいえジェニファーがこの若さで会社の代表として送られてきたということは、よほど優秀な頭脳の持ち主にちがいない。その彼女がなにかを発見したのだとしたら、それこそ熱心に耳を傾ける必要がある。昨日、女性とビジネスの話はしないと明言したが、撤回すべきだろう。ユーセフは胸にとめた。
「ほかの場所もご覧になりますか、殿下」
「ありがとう、サイード。とくに問題はないようだ。仕事の邪魔をしたな」
「いいえ、ちょうど第3区画を見ようと思っていたところですから」
ユーセフは次の進捗状況の報告でジェニファーに会うのが、二重の意味で楽しみになった。
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