06 やり遂げてみせる!
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覚悟していたとはいえ、女性は来るなと言わんばかりの扱いにジェニファーは腹を立てる。それでも、自ら設計したプラントが建設されている現場に行き、その姿を見ると、困難なプロジェクトをやり遂げてみせると決意を新たにする。
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「これならわざわざわたしが来る必要なんてなかったじゃない!」
宮殿を出てエリックの車に乗り込んだジェニファーは、おさまりがつかずに座席の肘掛けをたたいた。
「だいたい、報告するときに同席してもいいけど口をはさむなって、どういうこと? 女のわたしは口をきくには値しないってこと? セクハラもいいところだわ」思わずときめくほどハンサムだったけれど、あんな嫌みな言い方をするなんて。
エリックが運転席からちらりとジェニファーを見た。ふたりはこれからまっすぐプラントの建設現場に向かうところだ。
「文化が違うんだからしかたないよ。あまり深く考えないほうがいい。おとなしくルールに従いながら実力を認めてもらって、許される範囲を少しずつ広げていくほうが賢明だろう。きみが仕事ができるってことは向こうだってわかってるんだから」
エリックの褒め言葉も、今のジェニファーにはさっぱり効き目がなかった。
「アメリカ流の個人主義を実践して――」と、ジェニファーは流暢なユーセフのイギリス英語をまねた。「まわりを困らせたり問題を起こしたりしないように、ですって!」
エリックのほうに向き直った。
「ねえ、わたしって、そういうわがままで軽薄な女に見える? ユーセフだけじゃない。あの宰相だって、まるでわたしが男に色目を使いたくてうずうずしているみたいな口ぶりだった。失礼しちゃうわ」
「きみが憤慨するのはもっともだと思うよ。だけどラシードにしてもユーセフにしても、程度の差こそあれ、国内で仕事をする以上、やっぱり慣習という縛りはあるからね」
エリックは、ひとり納得しているみたいに言葉を継いだ。
「ゆうべ、ひとりで歩きまわらないでくれって、おれからも頼んだろ? あのとき説明したとおり、この国の女性は行動にいろんな制約があるんだ。だから、きみの場合もプラントの建設現場と会社が予約したホテル以外に顔を出されると、社会的な問題になる可能性があるってことなんだ」
「でも、プリンセスみたいにお付きがいればいいんでしょ? あなた、そう説明したじゃない」
「ごめんよ、ちょっと言葉が足りなかった。じつは基本的に男が集まるところへは、公共の場であっても女性は出入りできないんだ。もちろん、女性しかいないところなら問題ない。美容院や女性専用のサウナみたいに男子禁制の場所もある。外国人用の病院もちゃんとあるしね」
「わたしがアメリカに帰るって言い出さないように小出しにして、ショックをやわらげてくれたってわけね、エリック。お心づかい感謝するわ」
ジェニファーの皮肉にエリックは前方に注意を向けたままにやりとした。
「ほんとうに帰られてしまったら困るからね。だけど、気の毒だと思うよ。なにもしないうちからこんなに厳しく釘をさされたのは、何年か前に起こったある事件のせいなんだ」
「事件?」
「うん。じつは、うちの社がこのプロジェクトを受注する前に、シャスヒ王国と他社とで一度、契約が決まりかけたんだ。どこのなんという企業かまでは知らないけど、そこの技術者たちが正式な契約締結を前に下見にやってきた。で、シャスヒ側はおれたちにしたように、あらかじめこちらの慣習を説明して、勝手な行動はくれぐれも慎んでくれと説明したらしい」
「技術者のなかに女性も交じっていたのね?」
「そのとおり。ところがその女性はまだ視察段階ということで気がゆるんでいたのか、ルールを守らずひとりで出歩いていた。好意的に解釈すれば、おそらく買い物かなにかしようとしたんだろう。それで道に迷ったのかもしれない。公共の場どころか、男たちが祈りを捧げるモスクに迷い込んで、あげくに写真撮影しているところを取り押さえられた。それで大問題になったんだ。この国の人たちの神経を逆なでするつもりはなかったんだろうが、あいにく、そういうふうには受けとってもらえなかった。結局、受け入れを拒否されて、その企業との契約は流れたんだ」
車は宮殿のある丘をくだり、市街地に向かう道路に入った。
「そんなことがあったのね。宗教とか伝統とか、人がたいせつにしているものを踏みにじるなんて無神経すぎるわ。でも、だからって、はじめからわたしをそんな目で見るなんて……」
「きみがきれいだから、きっとあせったのさ。男が美人に弱いのは万国共通だから」
エリックがつかのまジェニファーのほうを向き、片目をつぶってみせた。
「ありがとう。でもお世辞より、とにかく早く、プラントが見たいわ」ジェニファーは気をとりなおして言った。
車はあっというまに市街地を抜け、砂漠を走っていた。目の前に赤茶けた広大な砂の海が広がっている。
ジェニファーはのどの渇きをおぼえて、後部座席のクーラーボックスに入っている色とりどりのアラビア文字の缶の中から、コーラと判断のついたものを取り出した。
「もしホットコーヒーがよければ、あとでプラントの食堂からもらうこともできる」アラビア文字にとまどっているらしいジェニファーの様子を察して、エリックが声をかけた。
「べつにいいわ。アラビア版を試せるいい機会だもの。ここでなければ飲めないものも――」
助手席に体を戻して前を見たとき、ジェニファーは喉の渇きをたちまち忘れた。前方のアスファルトからゆらゆら立ちのぼる陽炎を透かして、遠く地平線に沿って、ふしぎな形をした銀色の物体が地面に張り付くように身を伏せ、強い日射しにきらめいているのが見えた。遠目にも何本かの円柱を囲んで足場が組まれているのが確認できる。お椀を伏せたような形もある。さらに目をこらすと、昆虫の足のようなくねくねとしたパイプが地表を這っている。その物体が刻一刻と大きく見えてくる様子に、ジェニファーはまるで宇宙からの生命体がこちらに向かって動いてくるような錯覚をおぼえた。
ああ、わたしのプラントだ。わたしが紙の上に生み出したプラントが、わたしを迎えに来てくれた……。
ジェニファーは胸がいっぱいになった。まだ完成にはほど遠い姿だが、これはまさしくいつもジェニファーが夢に見ている光景だった。なにもなかった砂漠の上に、自分が描いたものが形となって姿を現わしている……。目の奥からじわりと熱いものがこみ上げてきた。
そうだ。わたしはこのプラントのためにここに来たのよ。なにを言われようが、不自由な思いをしようがかまわない。これは、ジェニファー・スウェンソンがいなければ完成しないんだもの。
「さあ、がんばらなくちゃ。もう泣き言なんて言っていられない」
エリックがやさしくほほ笑みながら、ジェニファーを見た。
「30分もすれば着くよ。よろしく頼むぜ、プリンセス」
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