04 異文化へのとまどい
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エリックから、イスラム圏での女性の振る舞いについて、ジェニファーはレクチャーされた。服装や挨拶に関するルール、そして女性はひとりで外出してはいけない……アメリカとは全く文化が異なることをジェニファーは実感する。
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チェックインをすませ、シャワーを浴びてさっぱりしたあと、ジェニファーはホテル内のレストランで軽く食事をしながら、エリックと打ち合わせした。翌日は昼前に宮殿でラシード・シャマーン宰相と会うことになっている。
皿が下げられ、ウェイターがアラビアコーヒーの入ったポットから小さなカップにコーヒーを注いで立ち去ると、さっそくエリックが切り出した。
「時差ぼけで頭がすっきりしないかもしれないけど、まったく文化の違う国だから、なるべく早めにこういう話をしておいたほうがいいと思ってね」
ジェニファーはエリックにうなずくと、コーヒーカップを手に取り、スパイスとコーヒーの交じり合ったかぐわしい香りを吸い込んだ。カルダモンかしら。
「ここに、大事なことだけ書き出しておいたよ」
エリックは、手まわしよく注意事項をまとめたメモをテーブルに置き、先を続けた。外出の時には肌の露出は少なくすること、髪は覆うこと、アルコール類は外国人向けのホテルにしかない……すでに向こうでも確認してきたことばかりだ。
「……それに髪さえ隠れれば帽子でもいい。ただ、屋外の日射しはかなり強いから、覚悟しておいたほうがいい。それから、アクセサリーも控え目に。この国では、女性が美しく装うのはあくまで夫のためだから」
「礼儀について、なにか注意しなくちゃいけないことってある?」
ジェニファーはスパイシーなコーヒーに口をつけた。思いのほかすっきりとしていておいしい。
「まず、男は女性とは握手をしない。とくに外国人の女性に対しては。よく映像で見るような頬をすり寄せる挨拶は、親しい男どうしのものなんだ」
「じゃあ、わたしはどうすればいいの?」
エリックが紙に書いたイスラム語の挨拶を出して来た。“アッサラーム・アライクム”あなたに平安がありますようにという意味だという。
「声をかけるのは必ず男のほうからだから、その言葉を向こうが言ったら、それに対してただつつましやかに、返事をすればいい」
「ワ・アライクムッサラームが返事? 舌を噛みそう」ジェニファーは眉根を寄せておぼえると、うまく言えるように口の中で繰り返してみた。あなたにも平安がありますように、という意味だそうだ。
「とくに気持ちを示したいときは、胸に右手を当てて言うといい。うまく挨拶さえしてくれたら、あとはおれのほうでフォローするから」
エリックは茶目っ気のあるウインクをした。
「ええ。お願い」おかげでジェニファーの緊張も少しほぐれた。
「もともとは、とても友好的な人たちだよ。この国でも基本的にはファーストネームで呼び合うしね」
「温かい感じでいいわね。ほかに違っているところは?」
「そうだな……そうそう、これは大事なことだ」エリックが真顔になった。「ひとりでホテルの外を歩きまわらないでほしい。ああ、わかってる、ちょっと待ってくれ」
抗議の声をあげようとしたジェニファーを、エリックは片手で制した。
「この国では女性はほとんどひとりでは出歩かないんだ。仕事をしている女性はいても、女性のためのサービス業のみだしね。だから外国人だからといって、ひとりでうろうろ歩きまわったりすればひんしゅくを買うことになる」
エリックはいきどおっているジェニファーの顔を見ながらたたみかけた。
「いろいろ言い分はあると思うけど、今回はまず出張の目的を無事に果たすことに専念してくれないかな。うっぷん晴らしが必要になったら、おれがどこへでもエスコートするからさ」
必死に説得しようとするエリックを、ジェニファーは固く唇を引き結んだままにらみつけた。けれど、エリックの言うことは理にかなっている。文化の違う国で自分を押しとおして波風を立てても、なんの利益にもならない。それよりも、とにかく自分が参加しているプロジェクトを成功させることだ。ジェニファーは、ふっと唇をゆるめた。
「わかったわ。どこへ行くにも付き添いが必要だなんて、なんだか子供に戻ったみたいだけど、そういう経験もなかなかできないものね。いっそのこと、いつもお付きの者を従えているプリンセスになったつもりで耐えることにするわ」
「ありがとう、プリンセス・ジェニファー」
エリックが日焼けした顔をほころばせ、乾杯するようにコーヒーカップをかかげた。
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