03 魔法の夕暮れに
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ジェニファーは砂漠の王国に降り立った。同僚が見せてくれた砂漠の夕暮れ。その壮大な美しさの向こうに見えた人影に、ジェニファーは目を奪われた。
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氾濫するアラビア文字にめまいをおぼえながら、ジェニファーはシャスヒ王国ダカーリア空港に降り立った。今は夕方の5時前。16時間のフライトで体が重い。現地駐在員のエリックが到着ロビーで待っていてくれた。
「やあ、ジェニファー。久しぶりだね」
エリック・ラスティンは33歳だが、幼いころイスラム教国に暮らしたことがあり、イスラム教の文化や風習にくわしい。こちらに駐在して2年あまり。すっかり日焼けして現地に溶け込んでいるのか、茶色い口ひげをたくわえている。
ふたりは駐車場に停めてあったエリックの車(トヨタのランドクルーザー)に乗り込み、ホテルに向かった。エリックがジェニファーのスーツケースを引き取り、車まで運んでくれた。
「迎えに来てくれてありがとう、エリック。元気そうね」
「ああ、おかげさまで。フライトは順調だったかい?」
「ええ。でも、さすがにちょっと疲れたわ」
「あっちはみんな元気かい?」
「スティーブのほかはね」ジェニファーは軽く肩をすくめた。「でも精密検査の結果、骨折と打撲だけで、とくに心配はないそうよ」
「それは良かった。初めてのイスラム圏とこの気候に慣れるには少し時間がかかるかもしれないが、よろしく頼むよ」
「ええ、もちろん」
空港から首都ディルムンのダウンタウンにあるホテルまで車で30分ほどだという。
空港を出て5分ほどたったころ、運転しながら西の空を見ていたエリックが、ふいに思い立ったように言った。
「そうか、まさしくいいタイミングだ」
「え、なに?」
「この国の良さを口で言うより、ひと目でわかってもらえる」そういうと、都市から離れる方向にハンドルを切った。
「ほんの少しだけ寄り道しよう」
車は道路をはずれて荒涼とした岩がちの丘へと進んだ。日はだいぶ傾いている。エリックは小高い丘に車を止め、上のほうまで歩いて行く。ジェニファーはけげんに思いながら、あとをついていった。
「まあ!」
思わず声をあげた。そこには、はるか彼方まで砂漠の風景が大きな波のように広がっていた。「すごいわ…」あとの言葉がつづかなかった。
夕暮れの気配に空の青さが深まり、沈みかけている太陽の向こうに素晴らしい夕焼けの予感が見えた。
「この国じゃ魔法の時間って言うそうだよ」エリックが得意げに言った。
「魔法の時間?」
「ああ、砂漠ならではの見事な夕焼けから宵闇がおとずれるまでの時間のことだそうだ」
「そうなのね」
ジェニファーは下がりはじめた気温を感じつつ、刻一刻と変化する空と砂漠の景色に見入っていた。
と、その時エリックの携帯が鳴った。
「あれ、オフィスからだ。タイミング悪いな。ぼくは向こうで話してくるから、景色を堪能していてくれ」
そういって、エリックは離れたほうへと移動していった。
ジェニファーは異国の空気を胸いっぱいに吸いこみながら、静かに景色をながめていた。砂漠の夕暮れは静かで、驚くほどの色彩に満ちていた。時間とともにどんどん変化していくあざやかな空と砂漠の風景に、ジェニファーは髪を風になびかせながらうっとり見とれていた。
と、その時、空の片隅を切り裂くように動くものが目にはいった。
あれは……鷹?
大きな翼を広げた猛禽は夕暮れの空を滑空し……先ほどまでは気づかなかった、少し先の丘の上に立つ人影へと舞い降りて行った。
あぶない! 襲われる! ジェニファーが息をのんだ瞬間、鷹はふわりと速度を落とし、たたずむ人影の腕に羽を休めた。
全身白づくめの男性だ。夕陽を浴びてオレンジに染まっている。なぜかジェニファーはその男性から目がはなせなかった。顔がはっきり見えるわけではないけれど、すらりとした立ち姿からは圧倒的な存在感が感じられた。なんだろう、この気持ち。彼から目がはなせない。
と、その時、ジェニファーの視線に気づいたのか、逆光を浴びているその男性が振り返った。遠くからだというのに、強烈な視線を感じる。ジェニファーの胸は高鳴り、動くことも息をつくこともできなくなった。まるで永遠に時間が止まってしまったかのよう……。
「ごめんごめん、すっかり待たせたね」
下からあがってきたエリックの声にはっとして、ジェニファーは振り返った。
「え、ええ、いいえ、素晴らしい光景だったわ。それにあそこに……」
振り返ったときには、丘に立つ男性の姿は消えていた。
「うん? 何かあったかな?」
「鷹と男の人がいたんだけれど」
「鷹狩りかな。砂漠の民はそういったことをすると聞いたことはあるが、見たことはないな。さ、砂漠の夜は冷える。そろそろホテルに移動しよう」
エリックはそう言うと、ジェニファーを車に乗せた。去り際、ジェニファーはもう一度砂漠を振りかえった。だが、あの人影はもうどこにも見えなかった。
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