02 女技術者が来るという知らせ

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黒く射るような瞳、浅黒く端正な顔立ち、シャスヒ王国の皇太子ユーセフは、アメリカ人女性が出張に来るという知らせに驚く。


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 ラシード・シャマーン宰相は、重い足どりで階段をのぼっていった。頭を覆う白いカフィーヤ(頭巾)のはしが黒いスーツの背に揺れている。みごとな彩色タイルで装飾された宮殿の広間を抜け、2階の廊下をまっすぐ進み、突き当たりの皇太子執務室の前で立ち止まった。いつものようにドアは開いている。戸口で軽くノックした。

「ユーセフ殿下」

 デスクの向こうから王子が顔を上げ、黒く射るような瞳を向けてきた。白いカフィーヤをターバン風に軽くねじって巻き、片端を右肩に垂らしている。浅黒く端正な顔立ちに意志を感じさせる力強い顎。次期国王をうかがわせるオーラの前には誰もが緊張してしまう。

「ラシード、今日はずいぶん早いな」豊かで張りのある声が響く。生まれながらの支配者の威圧感が漂う。

「はい、至急お伝えしたいことがありまして」ラシードの声が沈む。

 王子の表情がさっと引き締まった。「プラントの現場でなにかあったのか?」

「いえ、今のところは」

 問いかけるように王子が片眉を上げた。

「じつはゆうべ、エナジー・スター社のブラウワー社長から電話がありまして、来週、工程の調査をしに来るはずだったスティーブ・ジョンソンが、けがをして来られなくなったと伝えてきました。その代わりに、女性技術者を送り込むと言うのです」

「女だと? いったいブラウワー社長はなにを考えているんだ」

「ええ、わたしも仰天しまして、考えなおすように言ったのですが、ほかの人間ではすぐにはつとまらないという説明でした。プラントのエンジニアリング面について包括的な知識を持っているのは、現時点でこの女性技師にまさる人間がいないと言うんです」

「そんなばかな」王子の顔がくもった。「この国では男のビジネスに女は口をはさめない。それを、アメリカ人たちが知らないはずはないだろう。エナジー・スター社はほかに技術者がいないのか?」

「それが……ほかの技術者だと引き継ぎに2週間はかかると言うんです。まったく、そんなことに時間を取られていたら、ラマダン(イスラム教の断食月)前の貴重な建設期間に遅れが生じかねません。8月のラマダンまでにいまの工程を仕上げないと不安材料が残ってしまいます」

「その女性技術者というのは、イスラム圏で仕事をした経験があるのか?」

「もうし上げたくないのですが、今回が初めてだそうです」

「この前のような例もある。とにかくこちらに到着したら、駐在のエリックからしっかりと釘を差しておいてもらわないと。その女性の名前は?」

「ジェニファー・スウェンソンという技術者です。優秀だという話ですが」

「そのスウェンソンとやらには、ホテルと建設現場の行き来だけに専念してもらおう。街をうろうろされては困るし、こちらの流儀に従ってもらわなければならない」

 わが意を得たりとばかりに、ラシードは大きくうなずいた。

「もちろんです。さっそく、そのようにエリックに伝えましょう」

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