01 突然、砂漠の王国へ

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現地に出張するはずだった同僚が交通事故で負傷した。ジェニファーは急遽、シャスヒ王国に行くことに。緊張しつつも、現場を見るチャンスにジェニファーの胸は高鳴る。


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 エナジー・スター社35階会議室。“シャスヒ液化天然ガス(LNG)プラント建設プロジェクト”のメンバーが集まっていた。

「全員そろったかな」

 プロジェクト・マネージャーのフレッドがきびきびとした足取りで入ってきた。ジェニファーの直属の上司だ。

「各担当者からの報告を聞くまえに、みんなに伝えなくてはならないことがある」短く刈った茶色の髪を片手でかきあげながら、ウーズリーが全員を見まわした。「すでに聞いている者もあると思うが、来週シャスヒ王国に行く予定だったスティーブ・ジョンソンが、ゆうべ交通事故に遭った」

 ジェニファーを含め、部屋のあちこちから小さな驚きの声があがった。

「深夜、道を渡ろうとしていたところを信号無視の車にはねられたんだ。幸い命に別状ないが、全治3カ月の重症だそうだ。精密検査がすべて終わるまではっきりしたことはわからない。だが、意識はしっかりしているし、大事に至ることはないだろう。時間のある者は見舞ってやってくれ。くわしいことはわたしの秘書に聞いてほしい」

 スティーブは気さくで感じのいい同僚だ。歳が近いこともあり、ジェニファーとは気が合った。深夜の事故だなんて、いったい何時まで仕事をしていたのだろう。ジェニファーは深々とため息をついた。

「……そういうわけで、今回のシャスヒ王国への出張は、スティーブのピンチヒッターとしてジェニファーに行ってもらおうと思う」

 ジェニファーはあわてて目を上げた。

「ピンチヒッターって……ちょっと待ってください。わたしがですか? だってあちらはイスラム圏です。女のわたしが行っても先方は――」

「これは特例だ、ジェニファー」

 上司のウーズリーは断固とした声でさえぎった。

 シャスヒ王国は中東にある人口百万人強のイスラムの立憲君主国だ。ヒジャド王家の現国王アブラハム・ヒジャドはつい先日、治世30年を祝ったばかり。国政は安定していて、ユーセフ皇太子を中心に意欲的な新国家事業が進められている。今回の液化天然ガス処理プラントの建設もそのひとつで、エナジー・スター社にとって社運をかけた大事業であると同時に、シャスヒ王国にとっても30億ドル規模の大プロジェクトだ。

 それだけに工程管理プログラムの細部にいたるまで、くわしい説明を求めてくる。シャスヒ王国にはプロジェクトチームのメンバーがひとり常駐しているが、本社からも定期的に1名ずつ交替で送り込み、ユーセフ皇太子に直接、進捗状況を報告することになっていた。

 中東の産油国シャスヒ王国のプラント建設プロジェクトは着々と進行中だ。それはジェニファーの勤めるエナジー・スター社が世界有数の大企業に競り勝って受注した一大プロジェクトだ。

 呆然としているジェニファーに向かって、ウーズリーは続けた。

「やむを得ない変更だということは先方も理解してくれるだろう。それにスティーブだって、新技術を提案したきみが代わってくれれば安心だろう」

「でも、わたしにそんな大役がつとまるとは……」

 ジェニファーの抗議の声は、いつしか尻つぼみになり、仲間の励ましの声にのみこまれてしまった。

「だいじょうぶよ、ジェニファー、あなたならできるわ」

「そうさ、ジェニファー、きみが行くのがいちばんいい」

「自分が手がけた仕事が形になるのをじかに見られるなんてうらやましいよ」

 プロジェクトのメンバーたちが口々にジェニファーの背中を押してくれる。

 一方的な出張命令だった。それに、がちがちのイスラム圏に女である自分が乗り込んで行くことにもいくぶん動揺している。けれども心は、銀色にきらめく砂漠のプラントをじかに見られると喜んでいた。ジェニファーは、心の声に従うことにした。

「わかりました。ピンチヒッターを引き受けます」

「よし。きみにとっては試練になるかもしれないが、これもいい経験になるはずだ。シャスヒ側へは、社長から直接シャマーン宰相に電話をしてもらうことにする。さあ、さっそく進捗状況の確認をはじめよう」

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