翌日、僕は二二時にそこへ向かった。相変わらず蛙の大合唱が聞こえるが、草の上に寝転がりいつものようにイヤホンをつけ、音楽をかけるとそこは現実とはかけ離れた場所になった。マスロックを三曲聴き終わった頃、僕の近くで振動を感じ、振り向くと隣に彼女がいた。僕がやあ、と挨拶すると、彼女はこんばんは。と言った。

 空は曇っていて、星は一つも見えない。高原はどこかの電柱にひっついた蛍光灯の明かりだけである。

「今日は星が見えないね。それどころか雨が降ってきそうだ。」

僕が言うと、

「そうね」

と彼女は答えた。あいにく僕は人と話すのは苦手だ。そこからしばらく沈黙が続いた。

「草の上に寝転がって気持ち悪くないの。」

「全然。星を見るときはいつもこうしているからね。寝てみなよ。草の上って意外と心地いいよ。草の露で濡れるけどね。」

そういうと、彼女は僕の横に寝転がった。それから欠伸をした。

「お疲れのようだね。」

僕が言うと、彼女はうなずいた。

「そりゃ、疲れるよ。毎日毎日学校で勉強しながら同世代の子に話合わせて。みんなに合わせてへこへこしていたら疲れちゃう。あなただって学校行っているんでしょ。あなたは疲れないの。」

「そりゃ疲れるけど、僕は君と違ってそういう友達とかいないからね。友達と話すのはそんなに疲れるのかい。」

「疲れる。」

彼女は僕に背を向けてそう答えた。

「いっつも誰かに合わせてないといけないの。少しでも逸れたら浮くの。それで『あの子は変な子』って思われて終わりよ。だからみんな頑張って合わせるの。そうしないと一人になっちゃうから。」

「一人になればいいのに。僕はいつも一人でいるけれど、困ることなんてないしむしろ楽しいよ。なんでそうまでしてみんなと一緒にいようとするの。」

「不安だから。いつも一人でいるあなたにはわからないでしょうけど。」

なんとなくわかった。友達はいないとはいっても、それでも一緒に飯を食うくらいの仲の奴はいる。確かにその人と話していると楽しいが一種の気怠さのようなものは感じる。何人もと騒いでいる女子のことを考えると、笑顔の裏でとんでもないものがあると容易に想像できた。

「まあ、なんとなくわかるよ。」

僕はそれだけ答えた。

「嘘だ。」

「嘘だと思うならそれでいいさ。まあでもそうやって疲れたときにそれを癒せる何かがあるといいよね。」

「例えば?」

僕は彼女がどんな表情で話しているのか知りたかったが、彼女の背からはなにもわからなかった。

「僕はそうだな、本を読むことかな。太宰治や夏目漱石を読んでいると心が洗われるというか、つまらない悩み事や疲労なんてわすれてしまうよ。僕やおそらく君みたいな思考の主人公が多いからね。あとは音楽を聴いたりするよ。」

すると彼女ははっとして、こちらを向いてじっと僕を見つめた。

「そんなにみられると恥ずかしいんだけど。」

「あなた、どんな曲を聴くの。」

「そうだね、僕はRe:PerCussiOnというバンドが好きなんだ。アルパカってみんな呼んでいる。そんなに有名じゃないけれど、とてもいい曲ばかりだよ。聴いてみる。」

僕が聞くと、彼女はうなずいたので、イヤホンを片耳差し出した。そして、alpaca Sunをかけた。二人で曲を聴きながら、どす黒い灰で覆われた空を眺めていた。聴き終えた後、イヤホンを外しながら彼女は口を開いた。

「不思議な曲だね。ここじゃないどこかへ行っている気がするよ。」

なるほどな、と思った。彼女に言われて、僕は初めてそのことに気づいた。

「確かに。今までなんとなく聴いていたけれど、心にさわやかな風が吹く感じがすると僕は感じたよ。」

それから僕たちは、alpaca Sunについて語り合った。彼女の感想は、不思議な表現でとても魅力的だった。僕たちが惹かれるムゲンの世界は厚い壁に覆われて見えなかったが、それでも僕たちの会話は途切れることなく進んだ。


「あ、今何時?私そろそろ戻らなきゃ。」

スマホを見ると、深夜二時を回っていた。時刻を見ると、急に眠気が襲ってくる。

「そうだね。少しは君の疲れも消えたかい。」「少しだけね。私、あなたと話すの好き。」

「それはよかった。」

そういうと彼女は立ち上がった。

「じゃあね。また来る。」

「うん。いつでも待っているよ。」

そう言うと彼女は去っていった。ずっと、ごくありふれた普通の会話だったが、僕にはどこか輝いて感じた。こうして二日目の夜が終わった。

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