第73話 プロテイン爆誕!!
土の香りが広がるアルスター城のゲストルーム。
目を覚ました俺の視界には、赤い天井が広がり、そこから金ピカに輝く神々しい大きなシャンデリアがぶら下がっている。
アルスター城のゲストルーム。
迷宮城攻略後から、はや3日が経った。この大きな部屋には、かつては俺のベットしかなかったが、今は隣にも1つベットが増えている。
その上では、クーカーいいながらゲシムが爆睡をしていた。俺は起き上がり部屋を出た。
「おはよう、エレちゃん。飯アルか?」
ちょうど、同じタイミングに隣の部屋からメイメイが、目を擦りながら現れた。
寝起きのメイメイはお団子頭が解けて真っ直ぐなストレートで、涼しそうな白い下着姿で、パンツ丸出しだった。
「おはようメイメイ。下履きなよ……」
「オカマしかいない城の中で、何に気を使えって言うネ」
「いや……、僕もゲシムも、サイモンさんもレザードさんだっているじゃない」
「いいネ、いいネ。どっちかつったらここの変チンクリンなレオタードのがよっぽど変態アル、出血大サービスよ」
手をひらひらさせながら屁理屈を返すメイメイ。
俺は、その姿に深いため息を吐いた。
「飯いくゾー」
「いや、僕はちょっと用があるんだ」
「ナニアル? 用?」
「うん」
「まぁいいネ。んじゃ1人で食堂行ってくるネ。エレちゃんの分ももらっていいか?」
「いいよ」
「はいな」
俺は、昨日干したあの神獣ツリーの実の元に向かった。刹那の獅子を埋めた墓地から生えてきた謎のツリー。
そして何故かタンパク質が豊富な実が、たくさんなっていた。半分くらいかじって一日が経つ。
体に不調は見当たらない。毒はなく、害がないらしい。肌に湿疹もアレルギー反応もない。
あの実は、安全で、そしてタンパク質が高い。
「あった、あった」
ソロモン神殿の脇っちょに、干してあった実を見つけた。砂漠地帯の乾燥地だけあって、すっかり干からびていた。指先でつまむとパリッと音を立て粉になっていく。
「これは……、まじで理想的だ」
思わず、口から本音が漏れてニヤけてしまった。
俺の感が正しければ──、こいつはきっと〝あれ〟に化ける!
俺は、皿の上で干からびた実を粉々に砕いた。
そして、ここへ来る途中に露店で買ってきた、トリタウロスミルクの中に粉を全部入れてかき混ぜた。
ミルクの中に溶けたが、実のタンパク質量は、崩れていない。
【70/100】
200ミリリットルくらいのミルクが、タンパク質100もある。
俺は、一息にそれを飲み干した。
「うまいッ!」
ほんのり、バニラっぽい香りとココナッツっぽい香りがする。
ついに出来た……。
この世界のプロテイン。
長かった……。
従来、元の世界では300ミリリットルの水または牛乳にスプーン2杯〜3杯のプロテインパウダーを入れてシェイクして飲む。
それでタンパク質量は、だいたい20〜25グラムだ。
それがこの神獣の実は、たった1杯で100グラムのタンパク質。
奇跡のプロテインだ。
さっそく、これをソロモン王の元に持ち帰って大量に生産しよう。
ディズルの森のゴブタ達の元にも届けてもらおう。
あの森でも、神獣ツリーの種を持っていき、植えよう。ミノタウロスのところにも少し運んでやろう。
夢が広がるぞー。
◇◇◇◇◇◇
「お願いします、お願いします」
「ダメだ、ダメだ。とっとと行った行った!」
「お願いします、ソロモン様に会わせて下さい」
「ダメだって言ってんだろ!」
アルスター城に帰ると、門前に人集りができていた。門兵が誰かを追い返しているところらしい。
俺は、ゆっくりとその人集りを歩いた。
なんだろうか?
こんな人が集まるなんて……。
「おいおい、あの女ボロボロじゃねーか」
「なんか抱いてるぞ。ボロボロの布切れにを大事そうに持ってやがる」
「いや、それよりあの手足みろよ。怪我してるどころの騒ぎじゃねーぞ。ガリガリに骨みたいに痩せ細ってるぞ」
「うわー、なんか臭いぞあいつ」
「汚い格好だ……」
「おい、あのローブのマーク」
「あぁ、ありゃ反乱軍のカサノヴァのマークじゃねーか」
「なんだ? ソロモン様とあんなガリガリの栄養失調で闘うつもりか?」
人集りのヒソヒソ話は、あまり穏やかな話ではなかった。ようやく門前が見える位置まで辿り着くつくと、ボロボロのローブの女性が、1人の門兵の足にしがみついていた。
【40,155/6,500】
──ば、ばかな!?
子供のエルフ並みのエネルギーとタンパク質量だぞ。大人が、この数値なら生命維持が困難だ。
た、た、大変だ!?
「お願いします、お願いします」
「えーい、離せ!」
もう1人の門番が、女性を踏みつけた。
それでも女性は、必死にしがみついている。
「ちょ、ちょっと、ちょっと、女性を蹴るなんて良くないよ!」
俺は慌てて走り、門番を静止させた。
「あ、エレイン様」
「どうしたんですか?」
「それが……この女が……」
門番の視線の先の女性に視線を向けると、それは人とは思えないほどの悪臭を放っていた。
「う……」
余程、荒んだ環境に生きているに違いなかった。思わず女性の体臭が、あまりにも酷く、おえつを漏らしそうになった。
この人は、いったいどれくらい風呂に入っていないんだ?
良く見ると手足の痩せ細りかたが、異常だった。
爪が青白く、肌が青黒い。片方の靴がなくて、片足は素足を曝け出していた。
その足でこの砂漠を超えてきたのだから、もちろん足はボロボロだ。
そして怪我した部分が腐敗して真っ黒に浸食されていた。
栄養失調だ……。きっと、何日も食べられていない。
ローブから見えた顔には生気がなく。目が死んでいる。
げっそりと痩せ細った頬、紫色に変色している唇。まるで今にも死にそうなほど弱りきっていた。
栄養がとれていないだけではない?
あの唇の色……、毒?
「お願いします、お願いします」
「さっきからこの調子なんですよ」
「う、うん」
「エレイン様。この女のローブに書かれたサソリのマークは、反乱軍のカサノヴァのマークです」
「ソロモン王は、ただでさえ忙しいお方。その上、、敵対勢力の危険人物を通すわけには、行きません」
2人の門番の言う事は、もっともだ。
反乱軍……。前に話にチラッと聞いたな。
確かソロモン王に敵対するカサノヴァ王率いる砂漠のテロリスト。
確かにそんな人を宮廷には、入れられない。
「お願いします。子供が……、子供が病気なんです!」
子供? 病気だって!? それは大変だ。
すると、あの大切に抱えた布に包まれたのは、彼女の大切な子供だったのか?
きっとレザードさんやソロモン王なら、どんな病気もへっちゃらだ。
彼女は、こんなボロボロになりながら敵であるにもかかわらず、ここを頼ってきた。見捨てられない。
「僕からもお願いします。彼女の子供を助けてあげてくれませんか?」
「しかし……」
「お願いします。責任は僕がとります」
「しかし、敵国の人間など──」
「今、あなたの前にいるこの女性をよく見てください。頭を下げています。困っています。弱っています。今にも死にそうなほど追い詰められています。この女性が敵に見えますか? この助けを求め、子を守りたいだけの女性が、敵に見えるんですか?」
2人の門番は困った顔をして互いの顔を見合わせた。その後「はぁー」と深いため息を吐いて諦めたかのような顔をした。
「わかりました。サイモン様に掛け合ってみます」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
女性は、地面に頭を擦り付けて感謝を述べていた。
サイモンに話が入ると、段取りは早かった。
人間味のあるのサイモン将軍のことだからと思っていたが、その通りだった。
元々、貧しい環境に生きた盗賊だけあって理解は早い。
──と、言ってもおそらく、ゲイ卓の騎士、アウラさん、ジュリアス将軍、レザードさん、ソロモン王、の誰の耳に入っても必ず救ってくれると思う。
この門番の兵も、仕事をただ真剣にこなしただけなのだ。
門に入ると清潔感ただようエメラルドグリーンのドレスを纏った、アウラさんが出迎えくれた。
相変わらず絶世の美人だ。男だけど……
「すいませんアウラさん」
「いえいえ、エレインさんが、謝ることではないですよ。私でも同じことをしていますわ」
アウラさんは、ニッコリと微笑んだ。
俺たちは、王の間に向かってピンクのカーペットの上を歩く。
カサノヴァから来た女性は、腐敗した足を引きずっていた。ヨロヨロと進む姿が、痛々しくて見ていられなかった。ジンのところに行ったら治癒魔法をかけてもらおう。
そうだ! ジンだったら子供の病気だって、きっと治せる。
あとは、食事をたくさん食べてもらおう。
僕の分を全部、この親子に食べてもらう。少しでもはやく元気になってもらいたい。このお母さん……まだきっと全然若い。20代前半くらいだ。
前世の俺よりきっと若い、こんなボロボロの満身創痍で……。
「あの……、足、大丈夫ですか?」
「はい」
無表情のままこちらを向いた顔は、げっそりと痩せ細っていて、目が死んだ魚のようだった。
「あッ」
女性が、つまずき転倒した。
我が子を必死で守るために、体を捻り、背中から床に叩きつけられてしまった。
「大丈夫ですか!?」
しまった。つい、うっかりしていて受け取められなかった……俺の馬鹿野郎。
アウラさんが、抱き寄せその身を起こした。
「お怪我はありませんか? うん──、大丈夫そうですね。お子様を守るその姿、とても立派でしたよ」
女性は、アウラさんの言葉に微笑み返した。
アウラさんはこの女性の悪臭に眉一つ動かさず、なんの躊躇もなく彼女を抱き寄せ、近づき、手を差し伸べる。
俺は初めて門で出くわした時に、つい鼻を摘んだ自分が、とても恥ずかしく思えた。
そして自分が許せないと思った。グッと握り拳を握った。
「僕が、運びますよ」
「あ……」
俺はそう言って彼女の体を抱き歩き始めた。
「素敵ですよ。エレインさん」
そうアウラさんは、微笑んだ。
王の間に着くと、すでにサイモン将軍が段取りを済ませていた。
ソロモン王、ジュリアス将軍、レザードさんがすでに俺たちを待っていた。
俺は、彼女を下ろした。
「いらっしゃい、素敵なプリプリのレディーちゃん」
ソロモン王が言った。
「オネエ様、お髭がもう濃くてよ!」
「あらやだ! またジョリジョリのジョリーよん」
「エレイン、おかえりなさい」
シャルロットが走って王の間に入ってくる。
うしろからジン、メイメイ、ゲシムも続いて入ってきた。
「何ごとだい?」
ジンが俺に尋ねてきた。
「なんだあの臭っせー女? ──ホブッ!?」
ゲシムの心ない一言に、メイメイが裏拳をかました。
ゲシムはそのまま泡を吹いて失心していた。
あは、あははは。
つい苦笑いをしてしまった。
「ソロモン王様、この度は私如きの願いのためにお会いいただきありがとうございます」
女は深々と頭を地面に擦りつける。
「んもう、よしてよん! 美しい女性がそんなハシタナイ真似しちゃダメよん! 次やったら、ジョリジョリしちゃうからねん。頭を上げなさい」
──パチンと広げたセンスを閉じて、再び言葉を続けた。
「話はサイモンちゃんに聞いているわぁん。あなたのプリプリプリティーなキッズちゃんが、ご病気なのでしょう? 安心なさい。あたし達に出来ることなら全力をだしちゃうわよ〜ん。さぁ、そのプリティーフェイスを見せてちょうだい!」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
女はようやく笑顔を見せた。
ぐるぐる巻きの布を解いていく。
「息子が、病気なんです。ソロモン王さまの力でお助け下さい」
布からその子の全貌が現れた。
死体だった。
「な──!?」
最初に声を漏らしたのは、サイモン将軍だった。
アウラさんは、両手で口を塞ぎ青ざめた。
ジュリアス将軍からは、笑顔が消えた。
「そ、そんな……」
シャルロットは、体から力を吸い取られたよう膝をつき。
メイメイは黙って俯いた。
ジンは、その子を黙って見ていた。
その子の半身は、すでに白骨化していた。
残りの半身は、腐敗しウジが湧いていた。
どう見ても死んでいる。
死んでから、ずっと時間が経過している。
「ジ、ジン……あの子は……」
俺の震えた声が、口から漏れた。
「手遅れだ」
ジンは、無情に鋭い声で答えた。
「あら〜ん、とーてもプリティな坊やねぇん」
ソロモン王だけが、笑顔を崩すことなく、その子を抱き上げた──。
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