第62話 その男、獣人につき……


「おい、マミーGッ!」

 ミノタウロスが誰かを呼んだ。

「はい、ミノス様」

 すると、どこからともなくガタイのいいマミーが現れた。

 全身包帯だらけのアンデットモンスターだ。

 片方の目玉は飛び出ていて、隙間から見える体は真っ黒に腐敗している。

 しかし普通のマミーより格段とガタイがいい。

 

「HANZOを試す時が来たぞ。試してみろ」

 

 試す時が来た?

 もしかして、はじめて?

 

「はッ!」

 マミーGは気持ちの良い返事をした。

 ズルズルと包帯を引き摺り、スタート位置についた。

 床に一面に敷かれたマグマがグツグツと煮立っている。

 

「おい、マミーG」

「なんでしょうかミノス様?」

「貴様のその包帯は脱いだ方がよくないか? 万が一踏み違えたら、バッシャーンではないか?」

「いえ、このままで……」

「いや、しかしその包帯はいつもHHKで指摘されておるだろ? 貴様、この前もそれでゾンビと喧嘩になっただろう」

 

 ヒヤリ・ハット・キガカリ活動だと!?

 ま、まるで、なんかの企業のようだ。

 危険予知トレーニングしているのか、この迷宮城は……。


「しかしミノス様、マミーである私が包帯をとってしまうと、それはもうゾンビになってしまいます」

 ミノタウロスは驚いた顔をして固まった。


「ふむ。確かにな……」

 そう深く頷く。

「だが、それでは危険の芽は摘み取れぬぞ。今週中に改善提案を提出しろよ。いいな?」

「了解しました。対策を講じてきます」


 稀に見る理解ある上司ッ!?


「よし、では行くのだ!」

「はッ!」

 マミーGがHANZOをスタートした。

 まず第1ステージの第1エリア。

 これはマグマの上に設置された左右4枚のパネルを片足ずつ蹴って、蹴って、蹴って飛び移るエリアだ。

 SASUKEで言う〝クワッド・ステップ〟に当たる種目だ。

 瞬発力と脚力とバランス感覚が要求される。

 

「そいや!」

 

 掛け声と共にマミーGは1枚目のパネルに飛んだ。

 しかし、自らの包帯を踏みつけ、そのままマグマに滑り落ちて死んでしまった。

 あまりにも一瞬だったので俺は絶句した。

 

「マミーGぃぃぃ──! うおおお──だから言ったではないかぁぁぁぁ!」


 ミノタウロスは泣きながら悔しそうに地面を叩いた。

「吾輩が、吾輩がもっと厳重に取り締まるべきであったぁぁぁぁ──」

 ギャン泣きだ。

 

 そしてベオウルフの方に勢いよく振り返る。

「ママ〜、ちょっとマグマ多いんじゃないのこれ! マミーG死んじゃったよ〜」

「うっさいさね! 情け無い事を言ってないでちゃっちゃとやんなさいよ!」

 ベオウルフは激怒している。

「ったく、タルロス、あんたの子と来たら……」


 ◇◇◇◇◇◇


 ベオウルフである私から牛の獣人が、産まれる事はあるのか?


 答えはノーさね。


 じゃあ、何で私の息子がこのミノタウロスなのかって?

 そうさね。

 ちょいと昔の話をしよう。

 

 あれは200年前、私がまだ魔物四天王だった頃の話さ。


「ご報告申し訳あげます! 南西部よりタルロス軍がこちらに向かって進軍してきています。我が軍が壊滅的被害ですッ!」


 鎧の魔物、さまよう鎧がそう叫んだ。

「ヒヨるんじゃないよ! 数はどんなもんだい?」

「そ、それが……」

「なんだい? はっきりしないね」

「タルロス王が単騎で、激烈な進軍を!」

「はぁ? 単身? なめらたもんだね……、私が出るよッ!」

「し、しかしネグレ様、我が軍はもう……」

「泣き言ぬかすなら死ねッ!」

「ぐぁぁぁぁ──」

 私はベオウルフの特有の強固な爪で、部下のさまよう鎧を引き裂いた。


「あそこかい……」

 狼の魔物である私の足は速い。おまけに鼻も効く。

 すぐ様、標的であるタルロスを見つけ出した。

 

 かつて200年前は、獣人の王国サファリがあった。

 あらゆる種の獣人国家。

 獣人特有の戦闘スキルと強固な身体能力を兼ね備えた上に、ドワーフだホビットまで住んでいてね。

 そりゃあ厄介な国だったさね。

 

 サファリは、当時の勇者一向の味方をしていて私達、魔族に攻め行って来たわけさ。

 そのサファリの王が、この男〝グノス・タルロス〟だった。

 獣人の中でも牛型の獣人は、戦闘において神がかりの力を発揮していた。


「アンタがタルロスかい? へぇーいい男じゃないか……美味しそうだ」

「ベオウルフの四天王〝灰色のネグレ〟だな?」

「そうさね」

「いざッ参る!」

「グルウァァァッ!」

 牙を剥き出して私は襲い掛かった。

 その勝負はつく事なく、3日3晩闘い続けたね。

 なんとも懐かしい。

 

 これが、奴との最初の出会いさ。

 この時から、獣王グノス・タルロスは魔王四天王〝灰色のネグレ〟と呼ばれた私の生涯の宿敵ってわけさ。


 その後は、何遍も争ったね。

 何度戦争を重ねても、勝敗がつく事なく私達は闘い続けたさ。

 

 気付けば、142戦142分け。

 

 ところが、ある日。


 獣人王国サファリで謀反が起きた。

 ライオン族の獣人が反旗を翻し、タルロスは裏切られたんだとさ。

 牛型の獣人は、あまりに強かった。

 他の獣人から妬み僻まれ、根絶やしにされたそうな。


「ネグレ様、今が好機かと!」

「「「サファリを滅ぼしましょうぞ!」」」

 部下の魔物達が好機と見るや否や奮い立つ。


「ふん……。気が乗らないねぇー、私はそう言うの好きじゃないのさ。ほっときな」

「しかしッ!」

「何さね? 私に指図する気かい?」

「いえ……」

「この私にッ! この灰色のネグレに! 寝首をかけと言うのかいッ!? アンタら、そんな情け無い事を言うつもりかいッ!? あぁんッ!? グルゥゥ」

 私は牙を剥き出して怒りで喉を唸らせた。

「も、申し訳ございませんでした!」

「ふん、わかりゃいいさね」


 まぁ、誰が見ても攻め入る好機だったさ。

 私は行かなかった。

 そんな勝ち方では、プライドが許さなかったのさ。

 内戦は激化し、サファリは今にも自滅しかけてた。

 勝手に滅びる末路が見えてたのさ。

 実に愚かさね。

 私ら魔族より、よっぽど醜いとさえ思った程さ。


「チッ──、タルロスの野郎……」


 142戦もして142分けもした相手だ。

 トドメは私が刺したいと、どれだけ思った事か……。


 タルロスの首を取るのは、私さね。


 私は腹の中で沸々と怒り焦がれてたね。

 奴らの内乱が終わるのを、じっと爪を砥ぎ待っていた。


 そんなある日。


「ネグレ様ッ!」

 私の寝室に部下のスケルトンが飛び入ってきた。

 思わず噛み殺そうと思った、その瞬間。


「タルロスが!」


 スケルトンは、そう言った。

「タルロスだと? 何さね?」

「し、城に入って来ましたッ」

「は? 攻めて来たのかい!?」


 まさか国が滅びかけたこんな状況で、単身で乗り越んで来たのかと驚いたよ。

 

「い、いえ、それが、その……」

「なんだい!? はっきりしないね! どきな!」

 私は部下を突き飛ばして、タルロスがいる城の入り口に出向いた。


「あ、あんた……」


 タルロスの姿に驚愕したね。

 言葉を失うって事をこの時はじめて学んだよ。


 体には槍が3本、柱のように突き刺ささっていた。

 弓の矢も何本も刺さっていて、体が腐食していた。

 さらには全身、紫色に変色していてね。

 毒を盛られていたね。

 

 ヒュドラの毒さね……。

 

 全身血まみれで立っているのが不思議なくらいだった。

 誰がどう見ても助かりっこない。

 もうその首には死神の釜が振り下ろされていたよ。


 その胸には小さな赤ん坊を抱いていた。

 そして、最後に言った言葉には驚いたさ。


「この子を頼む……」

 

 そう言って奴は倒れた。

 そのまま冷たくなったさね。


 愚かな奴だよ。

 大方裏切りで頼る奴がいなかったんだろう。

 いよいよ敵である私を頼るなんて……。

 ざまぁみろとまで思ったよ。

 私は赤ん坊諸共葬るつもりだったんだ。


「すぐ、後を追わせてやるさね」


 同情なんかする柄じゃないからね。

 何せ、私は〝灰色のネグレ〟だ。

 爪で引き裂こうとした瞬間、私の手を力強くぎゅっ握ったんだ。

 無垢な顔で笑った。

 憎たらしいはずのタルロスそっくりの顔で……。


 私はついに殺せなかった。

 あの時は、きっとどうかしてんだよ。

 育てる事にしたのさ。

 大した理由じゃない、気まぐれさ。

 私は〝ミノス・ハウロス〟と名付けた。

 

 魔族の中に魔族じゃない獣人が来たんだ。

 しかも今まで敵だった奴の子だ。

 良くは思われなかったさね。

 

 迫害、暴挙、罵声、罵倒、暗殺、苦労したろうに。

 だけど、あの子はタルロスの子だよ。

 強かったさね。

 勝手にどんどん強くなっていっちまったよ。

 どんな壁も難なく押し退けた。

 ことごとく力でねじ伏せた。

 今じゃ誰もあの子に逆らえる奴なんていやしないのさ。

 私は軍人を引退したよ。

 そして、魔王四天王の座をミノスに譲った。

 でも、あの子は魔王様の言う事なんか聞きやしない。


 誰の指図も受けないんだとさ。

 誰も信用していないのさ。

 その気になれば他の四天王だって相手にする気構えさね。

 ラプラスとは何度も衝突したもんさ。


 君臨とはこの事を言うのだろうね。

 魔王様の恩恵も受けず、誰にも乞わず、全てを己の力のみでねじ伏せ、服従させる。


 愚かな子だよ。

 そして自慢の息子だ。

 魔族と獣人の間で、伝説のミノタウロスとなったのさ。

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