第61話 HANZO


 真っ暗だ……。

 目が暗闇に慣れて薄らと手元が見える。

 左手には一緒に上から落ちてきた鉄棒を握っている。

 危なかった……。

 この鍛えた大臀筋がなかったらお尻を骨折していたかもしれない。

 

 さて、どうしたものか……。

 この鉄棒、使い道はないか?

 

 目を閉じて考える。

 この八方塞がりの環境下で唯一、手にしているのはこの鉄棒のみ……。

 

 考えろ。

 あるモノは有効活用せよ。

 頭をフル回転させる、どうこの状況を打開する?

 よしッ!

 閃きで頭脳にイナズマが走る。

 

「とりあえず担いでスクワットでもするか……」

 

 鉄棒をバーベルの様に担いだ。

 スクワットの姿勢をとり膝を曲げる。

 すると、どこからか笑い声が聞こえる。

 

「だーはっはっはっはっ!」

 突然聞こえてきた笑い声は暗闇の中を漂う。

「誰だッ!」

 思わず大きな声をあげた。

「誰だだと?」

 ズ太いドスの効いた声が響く。

 

「この城は我輩の城だ。貴様ら侵入者の前に我輩、自らが姿を見せに来てやったのだ。光栄に思え」

 我輩の城? という事はこのズ太い声の主がミノタウロス?

 

「う……!?」

 声が詰まる。

 な、なんだこの筋圧は!?

 ずっしり体に重くのしかかる筋肉プレッシャーを感じる。

 まるで全身を暗闇に掴まれたかのようだ。

 

 ミノタウロス……、前世でもよく聞いたワードだ。

 きっと顔が牛で、体が上半身だけめっちゃでかくて逆三角形で足が激細の魔物に違いない。

 ミノタウロスと言ったら如何にもの想像が頭に過ぎる。

 

 パチンッ! と指を鳴らす音がした。

 周囲の壁に取り付けられたローソクに火が灯る。

 置かれた状況をすかさず確認した。

 ここは8畳くらいの部屋だった。

 しかし扉の向こうは真っ暗な暗闇が広がっている。

 このフロアの先はどうなっているか確認ができない。

 向こう側からミノタウロスの足音が近づいてくる。

 

 さぁーこい、牛の化け物ッ!

 俺は身構えた。

 敵の足元が見えた。

 徐々に姿が露わになってゆく。

 

 なんて事だ!?

 お……俺の知ってるミノタウロスじゃないッ!?


 その姿は、俺が思っていた化け物なのではなかった。

 まずイケメンなのだ。牛の化け物などではなく、バッファローの獣人だった。

 両目は鋭く、結膜は真っ黒。顔はめちゃくちゃワイルドなイケメン。パーマのような立髪は黒く、そして筋骨隆々の肉体。

 こいつは、絶対ハードパンチャーだ。

 何故なら鷹村のように胸に3本ヅメの傷がある。

 さらに、頭からは2本の角が生えている。

 大きい……、身長180センチの俺をゆうに超える……、250センチはありそうだ。

 そして……驚くべき特質は……。

 

【37,200,00/9,200,00】

 

 カロリー370万超えの上、タンパク質はメイメイより遥かに高い92万。


 牛型の獣人だと?

 牛型の獣人を見た事がなかった。

 猫型、犬型、鳥型、パンサー、リザードマン、オーク、ベオウルフと言った獣人はよく見かけたが牛型は初めて見た。

 極めて人に近い。

 

 そしてその身から溢れ出る筋圧。

 こいつは……やばい。


「我輩の名前はミノス・ハウロス。またの名をミノタウロスと呼ばれる者だ」

 両腕を得意げに広げて名乗り出た。

「お前が魔王四天王のミノタウロスか!」

「魔王四天王? あぁ、現在はそう呼ばれておるがそんな称号なんぞどうでも良いわ」

 ミノタウロスはじっと俺を睨む。

 

「それより貴様、なかなか良い肉体をもっておるではないか?」

 上から下まで舐めまわす様に俺の肉体を観察する。

 

「鍛えているからね」

 俺はサイドチェストのポージングをし、大胸筋を強調した。

「鍛えている? 鍛錬していると言う事だな?」

「イエス!」

「貴様は戦士か? または武術家か?」

「どちらでもない。体を鍛えているだけだ」

 ニヤリとミノタウロスが笑う。

「面白い……。力比べだ」

 

 大きな音がしたと思った途端、踏み出した地面がえぐれ、ミノタウロスが馬車馬の様に突進して来る。

「だーはっはっはっはっ!」

 笑いながら突っ込んできた。

 

 如何にも強者って感じだ。来る!

 やるしかない。

 俺もすかさず衝突に備え、前屈みになった。

 

「ブフォ!?」

 体と体がぶつかり合った。

 衝撃で脳みそと内臓が上下に揺れる。

 背中にまで衝撃が突き抜けた。

 軽く脳震盪を起こし、壁際まで押し込まれた。

 顔と顔が目と鼻の先で睨み合う。

 そのまま数秒間、お互いの目を離すこと無く緊張感が張り詰めた。

 

「…………」

「だーはっはっはっはっ!」

 緊張感を解いたのはミノタウロスの方だった。

 彼は突進体制をやめ、腰に両腕を置き高々に笑った。

 

「面白い。好敵手よ、名を聞こう」

 何故か上機嫌で俺を指差した。

「エレイン……エレイン・グランデだ」

「愉快だ。実に愉快、貴様にいいモノを見せてやる」

「いいモノだって?」

 

 俺と一緒に落ちてきた鉄棒を天井にハメ込んだ。

 何故かこの部屋の天井には、至る所に穴が空いていたが、この鉄棒が自由にハマる構造らしい。

 

「見るが良い!」

 そう言ってミノタウロスは鉄棒にぶら下がった。

 一体なんのつもりだ?

 ミノタウロスはぶら下がったままこちらを見てニヤリと笑った。

「──ッ、ま、まさか!?」

 ミノタウロスは体を上に引き上げたのだ。

 そう、まるで懸垂のように……。

 

 ば、ばかな!? 懸垂だと!?

 

 フォームや容量こそ適当なモノの紛れもなくその形は懸垂だった。

「見ているか好敵手よ。これが〝背中上がり〟だ!」

 

 背中上がり? 何を言っている?

 

「だーはっはっはっはっはっ!」

 ミノタウロスは高々に笑い声を上げて舞い降りた。

 そして今度は地面に仰向けになった。

 更に腕を頭の後ろで組み、膝を曲げた。

「ま、まさか!?」

 こ、こいつ、まさか腹筋を……。

「これが〝腹割り〟だ!」

 今度はデタラメなフォームだがクランチ(腹筋)をしてみせた。

「そしてこれが〝地押し〟だ!」

 更に、デタラメなフォームで腕立て伏せをする。


 こ、こいつ……。

 天才か!?


 言葉を失った……。

 俺は猛烈な感動に襲われた。

 ミノタウロスは、この時代に、この筋トレのない世界で、たった1人で筋トレを開発していたのだ。

 誰に教わる事もなく、独自に、それでいて極めて完成体に近い形で。

 俺は感動のあまり手で顔を覆い隠した。

 泣いてしまったのである。

 

「どうした好敵手よ?」

 ミノタウロスが不思議な顔をして起き上がった。

「い、いや……、つい感動してしまって……」

 俺は手で顔を塞いだ。

「おぉ、そうか! わかるか、この素晴らしさが!」

 ミノタウロスは近づいてきて俺の顔を覗き込んだ。

「泣くな泣くな。好敵手よ」

 そう言いながら俺を励ます。

「き、君は、凄いよぉ……ぐすん」

 ミノタウロスは、うんうんと腕を組み得意げにただただ頷く。


「いつまで遊んでんだいッ!」

 怒鳴りながら突然、ベオウルフが入ってきた。

「ま、ママ〜」

 ミノタウロスが甘えた声でベオウルフに言った。

 

 え? こいつの母親ってベオウルフなの?

 状況が把握しきれない。

 こいつの情報量が多すぎる。

 

「早くこんな人間やっちゃいなさい。でなきゃ魔王様に睨まれるわよ!」

 ベオウルフが怒っている。

「ママ〜、魔王なんかどうだっていいよ。あんなの僕には敵じゃないってば〜」

 な、なんか吾輩とか言ってた時に比べて別人すぎるんですけど……。

「バカ言ってんじゃないよ!」

「ひんッ」

 ベオウルフはミノタウロスを引っ叩いた。

「わ、わかったよママ〜。ちゃんとやるから」

「とっとお殺り! それでも四天王かい!」


 こちらに向き直したミノタウロスは刹那の如く、凛々しい顔に戻った。

「そう言う事だエレインよ」

「お、おう……」

 正直、返事に困った。

 俺は身構えた。

「好敵手よ。貴様には相応しい死に場所が用意してある」

「死に場所だと?」

「だーはっはっはっ!」

 再び偉そうに高笑いをした。

「迷宮コロシアムだ」

 迷宮……コロシアム……。

 

 ミノタウロスが再びパチンと指を鳴らすと部屋の向こう側に光が灯った。

 ミノタウロスは、俺について来いと顎で扉の向こう側を指す。

 言われるがままに付いていった。

 

「こ、これはッ!?」

 これが迷宮の正体だったのか!?

 

 俺はその光景を目の当たりにして、立ち尽くした。

 まず目の前にマグマが敷かれていた。

 そのマグマの上には斜めに設置された4枚の板がある。

 おそらくこの板を蹴り飛ばしてマグマを超えるモノと思われる。

 そしてその先には、何段も階段状にしかれたグルグル回る太い丸太が並べられている。

 あれを超えて行かなければならないらしい。

 あれは登りにくい。しかも滑り落ちたらマグマに落ちる……。

 その先には大きな橋がかかっているがどうやら橋は登らず腕の力でマグマをウンテイの様に超えて行くらしい。

 その先にも広大な施設が広がっていた。

 

 このミノタウロス、ただモノではない。

 天才としか思えない……。

 独自に筋トレを開発するだけでは飽き足らず。

 その上、こんな迷宮まで作り出していた。

 そう……、これは……。

 なんと迷宮の正体は……。

 あの国民的テレビ番組〝SASUKE〟の様な施設だったのだ。

 

「だーはっはっはっ! これが吾輩の迷宮コロシアム〝HANZO〟である!」


 しかも名前もおしい……。

 

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