第54話 〝初代勇者殺し〟



 無人の極寒の秘境ユーラ島。

 人間が住むにはあまりににも厳しい環境下である為、近づく者はまずいない。

 それでもかつては緑豊かな実り多い土地であった。

 しかし、約300年前に起きた〝大災害〟により極寒の地獄と一変した。

 

 俺達は、アレスと共にマーリンに言われるがままにユーラ島に向かう船に揺られている。

 海のあちらこちらに海氷が浮かんでいる。

 凍える寒さにこの海域は、1年中雪が降っている。視界を前方に向ければ冷たい風が頬に突き刺さる。


「寒いですね〜」

 アレスは震えながら魔物の毛皮に包まる。

「ユーラ島は極寒の秘境だからな。海氷が多くなって来たという事はもう時期着くのだろう」

「これじゃぁ、修行前に死んでしまいそうです」

「何を弱気な事を言っている」

「僕は寒いの苦手なんですよ〜」

「呆れた勇者だ」

「それにしても……」

「なんだ?」

「剣王なんて本当にいるんですかね?」

「…………」

「マーリンさんは、何を考えているのやら……」

「マーリンの事だ。考えがあるに違いない」

 あいつはそう言う女だ。

「生きているとしたら500歳を超えてますよ?」

「あぁ」

「物凄いおばあちゃんじゃないですか? 修行なんて出来るんですかね?」

「さぁな」

「でも、またなんで初代勇者殺しとなんて……、僕殺されたりしませんかね?」

 アレスは苦笑いを浮かべた。

「船の上で何を言っても意味はないさ。行けばわかる」

「またそうやってジレンさんは〜」


 初代勇者殺し、剣王レイチェル・エヴァン。

 500年前に初代勇者と共に魔王討伐に向かった人物だ。

伝説通りであれば剣王はこの世の全ての剣技を習得しているらしい。

 

 今までに亡くなった勇者は7人。

 魔王まで到達した勇者は2人のみ。

 他の2人は右腕である魔王四天王のラプラスに殺されたとされる。後の1人は大災害で亡くなり、そして初代の勇者は、もっとも信頼を置いていた剣王レイチェル・エヴァンに殺害された。

 その後、剣王はお尋ね者となり消息を断った。

 当然、長い年月が経ち誰もが剣王は死んだと思っていた。

 剣王は戒めとして歴史の一部となった。

 500年もの間、どこで何をしていたのか、何故勇者を殺害したのか、そして何故、マーリンと剣王と繋がっているのか……、謎が多く先行きが不穏なのは否めない。


「見えてきましたよ〜」

 アレスが立ち上がり島を指差す。

 目的地であるユーラ島が甲板から確認できる。

「すまなかったな船長。こんなところまで運んでもらってしまって」

 船の舵を切る船長に感謝の意を伝えた。

「いやいや、勇者様ご一行を乗せてこんな秘境まで旅したなんて孫の代まで自慢ですわ!」

 海の男らしい大笑い響かせながら船長は言った。

「なァァァー、野郎どもーッ!」

「「「おうよぉッ!」」」

 乗組員達が威勢のいい大声をあげる。

「そろそろ目的地だ〜。錨を下せ〜!」

「「「おぉぉぉぉー!」」」

「ひぇ〜、なんて島だ。この世の終わりみてぇに雪しかねぇ」

 乗組員達が言う。

「しかし、なんだってこんなところへ?」

「それを今から確かめるところさ」

「へぇ〜……」

 心配そうな船長を他所にアレスと共に船を降りた。

「達者でな」

「親父さんも気をつけて下さいね」

 アレスが優しく声をかける。

「死ぬなよ!」

 バンっと景気付けにアレスの背中を叩いた。

「あははは」

 照れ臭そうに頭を掻いた。

「がんばれよ〜勇者様!」

「必ず魔王を倒して下さい!」

「死ぬなよ〜!」

 出航した船から乗組員達が手を振っているのが見える。

 俺達は去っていく船を見送った。

 

「さて、どうしましょうか?」

「とりあえず探索だろう。島の状況が知りたい」

「うぅ〜寒い」

 ブルブル震えながらアレス足を上下に揺する。

「行くぞ」

「はい」


 真っ白な白銀の世界が広がる。

 膝下まで積もった雪に岩や木からツララが垂れ下がる。

 静寂の空間には、俺達の雪を踏み締める嫌な音と呼吸だけが響く。

 吐く息は当然の様に白く、口から返ってくる二酸化炭素が冷たくなり眉を凍らせた。

 

 魔物の気配がほとんどない。

「なるほど、過酷な世界だ」

「本当にこんなところにいるんですか? 魔物どころか人のいた痕跡すらないですよ」

 生命の痕跡がない事に焦りを見せるアレス。

 

 マーリンはアレスの教育の為、幾度となく彼を騙して試練を与えた事がある。その忌まわしき記憶がフラッシュバックしているに違いない。

「マーリンさん嘘つきだからな〜もう〜」

 アレスの小言を他所に前に進む。

 

 ここで生きのびるだけの修行?

 まさかな……、そんな浅はかな試練を与える女ではない。

 真っ白な兎が横切る。

 兎がいるなら食糧はなんとかなりそうだ。

「兎がいますね〜」

 その気配を察しアレスが周りを見渡した。

 

 突然、大きな揺れが起きる。

 ゴゴゴゴゴと地鳴りがなる。

「雪崩ッ!?」

 左右の雪山が崩れて流れで行く。

 これだけ積雪の多い地理なら少しの揺れが雪崩を生みかねない。今後は警戒すべきポイントだ。

 

 雪の中から氷が、突き出てきて伸び上がって行く。

「いや、こいつは……」

 地面が割れて巨大な氷の塊が人型に形を形成していく。

「アイス・ゴーレムッ!?」

 アレスが叫び剣を抜く。

 大きな巨人に形を形成し目の前に立ちはたがった。

「よかったな。魔物がいたじゃないか」

 皮肉を込めてアレスに言った。

 二刀の刀、ムラサキとサキミダレを鞘から抜いた。

「そう言う意味じゃないですよッ」

 アレスが先手を取り軽快に懐に潜り込む。

「チッ!」

 ゴーレムは地面から大きなツララを何本も突き出す。

 バックステップで軽快にツララを避けて元の位置に戻る。

「何度も言っているだろう。真っ直ぐ後ろに下がるな」

 

 俺はすぐさま横から周り込みゴーレム目掛けて駆け出した。

 アレスは機転を効かせ反対方面から周り攻める。

 ゴーレムは再びツララを双方に突き出す。

 同じ事にかかる俺達ではない。

 リズム良く何本ものツララが突き上げてくる。

 アレスとアイコンタクトを取る。

 ほぼ同時のタイミングで高く飛び上がった。

 

「はぁぁぁぁー」

 上空からムラサキとサキミダレの連撃を回転しながら加える。その数、5秒で50もの斬撃を放つ。

 最後の斬撃を加え足元に着地した。

 その入れ替わりにアレスが上空から聖剣をゴーレムの頭部に突き刺した。

 

【炎柱・焔ッ!】

 

 突き刺した聖剣から炎の柱が高々と爆発と共に噴き上がる。

 ゴーレムは無言で苦しんみ片膝を着いた。

 が、仕留め切れていない……。

 

「火力が足りないかッ!?」

 アレスが少し焦った表情を見せる。

 俺は再び振り向き構えた。

「二刀流・炎黒楼」

 ムラサキとサキミダレに黒炎が灯る。

 黒炎は桜が舞うようにパツパツと火花をあげる。


【狂い咲き】


 ゴーレムに向かい2太刀浴びせる。

 

「うわっ! 巻き込まれる〜ッ!?」

 アレスは急ぎゴーレムから飛び降りた。

 

 ゴーレムは反撃しようと立ち上った瞬間、刀で斬った跡から黒い炎が、桜が咲いたかの様な模様を描きゴーレムの体を走り回った。

 鞘に刀を収めると同時にゴーレムの体から黒炎が貫き爆発と共に消滅した。


「渋いなぁ〜もう〜」

 アレスはいつもの穏やかな表情で笑っていた。



 それから数時間ほど歩いた。

 大きな岩山に洞穴があった。

「まさか……こんなところに住んでいるわけないですよね〜」

 洞穴の入り口に立ちアレスが、真っ暗で見えない奥を覗く。

「誰かいませんかーッ!」

 アレスの声が洞窟に反響して響く。

 俺はその様子を後ろから眺めていた。

 

「動くな」


 氷の様に冷たい声が耳元で囁いた。

「ッ……!?」

 俺が、背後を取られた!?

 喉元には黒刀の刃が俺に向いていた。

 ──気配がなかった。

 数ミリこちらに刃を押し込めば俺は絶命する。

 刀を抜く隙も許されない。

 油断をしていたとはいえ、なんたる不覚。

 

「ジレンさんッ!?」

 アレスが異変に気づき剣を構える。

 焦る様子もなく女は微動だにしない。

「……貴様らは何者だ」

 冷淡な女の声が殺意となって耳元を刺す。

「くッ!」

 アレスが動けずにもたついている。

「俺達は勇者アレスの一行だ。剣王を探している」

「ほぅ……」

 喉元の刃が下に降りた。

 その機を見計らい振り向き様に刀を突き返すつもりだったが……。

「ッ!?」

 読まれていたかの様に膝下を挫かれ俺は転がされていた。

「ジレンさんッ!」

「参ったねこれは……」

 アレスが駆け寄る。

「貴様らがマーリンの言っていたアレスとジレンか」

 その冷淡な声の主に視線を向けると。

「エルフ?」

 驚くほど美しい緑髪の女が俺達を見下していた。

 耳の形や美しいその風貌を察するにエルフだ。

 しかし死んだ魚の様に目に光がない。

 生命力をまるで感じない。

 この女が〝初代勇者殺し〟なのか?

 

「あなたが……剣王レイチェル・エヴァンですか?」

 アレスが女に言った。

「如何にも……私がレイチェル・エヴァンだ」

 エルフの剣士は禍々しい黒剣を鞘に収めた。

 剣の鍔には目玉が5つ付いていて、その目玉が俺達をギョロと睨む。

 剣が生きている?


「とてつもない腕前だ。疑う余地もない」

 俺は膝下の雪を落としながら立ち上がる。

「ほ、本当に実在したんですね……」

 アレスが後退りをする。

「勇者であれ取って食ったりはせん。そう怯えるな」

 レイチェルは洞穴の入り口の前まで歩きこちらを振り返る。

「ここは私の家だ。中に入るがいい」

 

「(まじで家でしたよ)」

 アレスがボソと小声で耳打ちした。

「ふっ」

 俺はアレスの頭を軽く撫でて、レイチェルの後をついて行く事にした。



 洞窟の中を付いて歩くと段々と灯りが見えてきた。奥には広い住居空間があり、暖炉もあって暖かかった。一通りの生活様式が揃っていた。

 全て剣王の自作品のようだった。

 

「こんな所で1人で住んでいるのか?」

 俺の問いを鼻で笑う。

「私は仮にも勇者殺しだ。好き好んで私と生活を共にする者などおるまい」

「(あの人、本当に500歳なんですか?)」

 アレスが再び耳打ちをしてきた。

「さぁな……」

 剣王は、俺達を見てこっちへ来いと手招きをする。

「好きな所に座れ」

「失礼する」

「失礼します」

 俺達はレイチェルの前に座った。

「さて、一応は聞いてやる。何しに来た?」

 その冷淡な声と生命を全く感じさせない眼差しにじっと凝視をされると背筋が凍る。

 

「剣王の元で修行をするために」

 アレスが答える。

「マーリンから聞いていた通りか……」

「あの……」

「なんだ?」

「マーリンさんとはどの様なご関係で?」

 アレスの問いにフッと口元が綻びる。

「本人に聞くがいい。楽に女の秘密を暴こうなどとモテぬ男がする事だ」

「そ、そんなんじゃないです」

「ふむ……」

 あの嫌な目で俺達をじっと観察する。

「1つテストをしてやろう」

 レイチェルは立ち上がった。

 

 ほぅ……テストか、まさか俺がされる側になるとはな。

「簡単な話だ。その剣を持つだけでいい」

 目玉がギョロと動きアレスを見る。

「こ、この剣、なんですか? なんで動くんですか!?」

 レイチェルはニヤリと笑った。

「〝魔剣ネクロム〟」

「魔剣ネクロムですってッ!?」


 〝魔剣ネクロム〟

 伝説では、かつて初代勇者が装備していた聖剣バルムンクに旅の途中でネクロ族の呪いの魔剣を取り込んだ聖魔を司る魔剣だ。

 しかしその魔剣は主を食い殺すとも言われており、扱うには強靭の精神力が必要とされる。

 1度浸食されればネクロムに取り込まれ、殺戮の限りを尽くし、魔剣と同化するという代物だ。


「驚いた。本当に実在していたとはな……」

 生きている剣とはそう言う事か……。

 

「握るだけでいい。貴様らにその資格があるか試してやろう」

「は、はい。ひ、ひぇ〜なんか気持ち悪いんですけど〜」

 5つの目玉がグリグリ回る。

「握るがいい」

 両頬を両手で叩き気合いを入れる。

「ぅしッ!」

 アレスは腹を決めてネクロムを握った。

 その瞬間アレスは人形のように力をなくし項垂れた。

「アレス?」

 体がガタガタ震えている。

「う、う、う、こ、こんなッ──うっおおッ」

「お、おい」

 どうなっている?

 俺は1度レイチェルに視線を向けた。

 不気味な笑みを浮かべている。


『うおおおおォォォ──ッ!』

 

 アレスが発狂する。

「アレスッ!?」

「はっはっはっはっはっはっはっはッ!」

 レイチェルがゾッとするような笑い声をあげる。

「貴様、アレスに何をしたッ!?」

「何もするものか、私が何をしたという? ただここにいただけだ。貴様は見ていたはずだ」

 レイチェルの笑い声とアレスの狂った叫びが洞窟内を響く。

「くッ──、アレスッ! しっかりしろッ!」

『うおおぉぉぉぉ──ッ!』

 顔中の血管が浮き出て、瞳孔は真っ赤になり、目は真っ黒に変わる。

「浸食かッ!?」

 アレスの握った手が手首まで剣と同化していく。

『ああああああ──ッ!?』

「アレスッ!」

 アレスが苦しそうにネクロムを振り回す。

「くッ!」

 こちらに向かって斬りかかってきた。

 デタラメな太刀筋だ。捌くのは簡単だ、だが……。

「しっかりしろッ!」

 ネクロムの浸食が肘まで上がって来ている。

 このままではアレスが飲み込まれてしまう。

「おい、剣王ッ!」

 レイチェルは黙り込んであの死んだ目で、じっとアレスを見ている。

「おいッ!」

 黙りか……。

『グオオオオオオオ──、ギギギッギャァァ』

「アレスッ!」

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