第53話 勇者達の進行



 アルスター大陸に突如現れた〝漆黒の迷宮城〟に乗り込んだエレイン達一行は、次々と罠にハマりエレイン、メイメイ、シャルロットとジン、ゲイ将軍とサイモン将軍とバラバラになってしまった。

 孤立したメイメイはついに探し人であったゲシムと遭遇した。

 しかし、彼は魔王軍配下となり、魔王の血を分け与えられ魔族の力を付けていたのである。激しい戦いの末にメイメイは圧倒的な実力差でゲシムを撃破した。

 エレインら一行は実に面白い活躍を見せてくれるのぉ。

 さてさて、ここにもう1組魔王軍と闘おうとしている命知らずの人々がおる──。

 どれ、覗かせもらおうかの……。


 剣の道には、一瞬で決断を見極める判断力、そしてそれを培うだけの経験。素早い打ち込みや斬撃、瞬間的な判断で敵の攻撃に合わせるのに必要な瞬発力、敵の攻撃を捌くために必要不可欠な動体視力。

 そして己が実力と磨き上げた技を信じ抜く精神力。

 長時間神経を張り巡らせ続ける精神的スタミナと戦うためのスタミナ。

 心・技・体、全てを磨き上げ剣を己の一部と化す。

 そして、どの行動パターンにも必ず2つ目には筋力が必要不可欠だ。

 まず、もっとも重要なのは踏み込みだ。

 瞬間的に10の距離を0距離、すなわち己が間合いに入る為のダッシュ力、そして敵の攻撃を交わし続けるのも受け止め続けるのには、下半身の筋力が重要である。

 さらに言えば、余分な贅肉や肥満であるとその技その物が鈍り命に関わる。剣にのみ頼らず体術も時には必要とする。

 ゆえに臨機応変に対応が可能な肉体を必要とする。

 その全てを踏まえたトレーニングを考案した俺の息子は天才としか思えない。

 幼い頃から只者ではないと思っていたが、よもやここまでとは……。


「父さん。これを僕が一緒にいると思って毎日やってね」


 エレインはそう言って1週間分のトレーニングメニューを俺に手渡した。これを毎週やれと言うのだ。

 この道中、幾度も鍛えた筋力に命を救われた戦闘があった。息子に助けられたと言うべきか。

 剣士にとって必要な要素がしっかりと組み込まれていた。

 

「はぁ──はぁ──」

 残り15秒。

 厳しいトレーニングの5秒の長さは数時間の感覚に及ぶ。1秒、1秒、時間を意識すればする程に時間の感覚を狂わせる。

「ぐッ──はぁ」

 俺は毎日のメニューであるサーキットトレーニングに組み込まれているバービー・スクワットをこなしている。


「やっていますね」

 インターバルの合間を見計らい穏やかで気弱そうな少年が声をかけて来た。

「アレスもどうだ?」

 

 アレス・ディエゴは8代目の勇者だ。

 17歳とまだ若い。彼が歴代勇者達と違っているのは代々続く騎士の家系ではない。

 パッと現れた逸材だった。

 その穏やかでどこか弱々しい外見とは裏腹に優れた剣士だ。

 ユニークスキル【早食い】を持つ。早食いの影響によりどんな技も魔法もすぐに自分の物にしてしまう。俺の奥義である〝絶界〟もすぐに物にしてしまった。敵にしたら恐ろしい少年だ。

 しかし、その見た目通り優しさが仇となり幾度となく瀕死の重傷を経験している。

 何度、経験していてもその性質は変わる事はなく、優しさを貫く。非情になれない所は、長所でもあり、欠点でもあるところだ。


「僕もいいですか?」

「あぁ、次は腕立て伏せを30秒だ」

「サーキットですね」

「そうだ。あと5セットやるぞ」

「5セット!? ひゃ〜キツイですね」

 アレスは苦笑いをした。


 ◇◇◇サーキット・トレーニング◇◇◇

 

 ──筋トレと有酸素運動を休憩なしに続けることで、短時間でも脂肪燃焼効果・基礎代謝アップ・心肺機能と筋持久力の向上・筋力の向上と言った、たくさんの効果が約束された究極メニュー。サーキットトレーニング。

 組み合わせる種目によって、持久力や筋力、瞬発力、フィジカルも同時に鍛えることができるトレーニング。

 スポーツにおける競技力アップはもちろん、減量や体脂肪を減らすなどダイエットにも効果的だ。


 具体的な組み合わせのメニュー例。

 もも上げ、腕立て伏せ、バービー・ジャンプ、プランク、マウテンクライマー、シットアップ、ジャンピング・スクワットなど30秒単位で筋トレと有酸素運動を交互に行う。

 もっとも効果的なのは足の次は胸、その次は腹の様に鍛える部位をズラして行う。最初は5種類のメニューで1セットを組み、1セット後にインターバルを10〜60秒設ける。それを5セット目指してやってみよう。とてつもない脂肪燃焼効果を生む出すぞ。

 また自重トレーニングのみならず広々使えるジムや施設、器具があるならばウェイト・トレーニングを混ぜるのも効果的だ。

 

 ◇◇◇◇◇◇


「おッ! ジレン、アレス、やってんね」

「フィンさん!」

「どれ、俺も混ざろうか!」

 

 この金髪の腰まで長い長髪の色男は戦士フィン・マクレーン。世界でも30人しかいないSランク冒険者の1人であり、優れたランサーだ。この世界でフィン以上の槍の使い手はどこにもいないだろう。

 伝説の霊槍ゲイボルグを所有する。貫けば〝弱所必中〟と呼ばれる聖槍だ。

 武器もさる事ながらフィンはユニークスキル【矢避け】を持つ。

 どんな飛び道具でもフィンには当たらない。よって必然的にフィンの土壌で戦う事が決まる。

 

「次はジャンプ・スクワットだ」

「え? サーキットだった?」

「ですよ」

「うわっ! まじかよ。抜けようかな〜」

「ダメだ」

「うあー。しんどいわー」

「ははははッ」

「あら、これから魔界大陸に行くというのに元気ですね〜」

「マーリンさん!」

「マーリンも言ってやってくれよ。ジレンの奴は今からサーキットやろうてんだぜ?」

「フィン。あなたはもう少し鍛錬なさい」

「うぁ〜。手厳しいね〜」


 ショートボブで白髪。どことなく神秘的な雰囲気と大人の色気を漂わすこの女性の名は、賢者マーリン・ニコライ。

 年齢不詳。出身はアルスター大陸のソロモン10賢者の1人であり現在の最高法皇でもある。

 彼女についての詳細は殆ど謎だ。ソロモン王と同等の伝説の存在である。

 どこまでが彼女なのか、どこまでが魔法でスキルなのか、何ができるのか? その全てが同行している俺達にもわからない。

 しかし、もっとも頼れる仲間だ。


「あッ!」

 少し離れた場所から聞き慣れた声が聞こえた。

「申し訳ありませんッ!」

 ボロボロのローブに身を隠す男に頭を下げている女性が見えた。

 ローブの男は何も言わず、何もなかったかのように謝る女性の横を通り過ぎて行く。

「エルザッ!」

 フィンが声をかける。

「あッ! フィンさん!」

 エルザがこちらに駆け出してくる。

 そして、何かにつまづき勢いよく転び、顔面から地面に突っ込んだ。

「いったぁぁぁ〜」

「おいおい、大丈夫か?」

 手を差し伸べるフィンとアレス。

「ドジな聖女様だぜ」

「もう! フィンのせいよ!」

 エルザは顔を真っ赤にして怒る。

 

 この綺麗な真っ赤な髪を束ねる少しドジな女性は聖女エルザ・ハリム。世界で聖女の血を引く最後の聖女様だ。彼女を俺達は命懸けで守り通しながら魔王を倒す。封印には彼女の最後の力が必要になる。


「ところで今のは?」

 アレスがエルザに尋ねる。

「ちょっと、ぶつかってしまったのだけど……」

「例の?」

「えぇ、やはり記憶がないようでしたわ」

「また、虚な浮浪者か……」

 フィンは腕を組み考え込む。

「彼らはどこから来たのだろうな」

「ジレンは見た事がなかったのか?」

 フィンが俺に聞いた。

「いや、俺も見た事はあったが、気にした事がなかった。言われてみればと後から思い出す程度さ」

 

 虚な浮浪者。

 浮浪者はどこにでもいるが、この虚な浮浪者には共通の特徴がある。

 それは記憶がなく、意識がない。

 ブツブツと何かを言いながら徘徊する。施しを受ける事もなく、死んだ目をし、廃人のように歩き回る。世界各地に似た浮浪者が歩き回っている。


「そんな事よりッ!」

 エルザが胸の谷間から紙を取り出す。

「何だそれ?」

「どうしましたエルザ?」

「?」

「ジレンさんッ!」

 エルザの顔が数センチの距離に近づいてくる。

「な、なんだ?」

「これを見て下さいッ!」

 エルザが紙を広げると号外だった。

「なになに?」

 フィンが号外に見を通す。

「えーと、神獣討伐! オディナから現れた英雄、怪力で獅子の首を捩じ伏せる! 少年エレイ……」


「「「えぇぇーッ!!」」」

 一同が大声をあげ驚く。

「これって!」

 アレスが俺の方を見る。

「はははは」

 俺はエルザから号外をもらい【エレイン】の文字を確認した。

「俺達も負けていられないぞ」

 とんでもない息子だ。

 あの神獣の刹那の獅子を倒すとは……、今度会う時は魔王退治の土産話を持って語ろう。エレイン、お前の活躍を聞く機会が来る事を心待ちにしている。

 

「もういっその事、ジレンさんの息子に倒してもらった方がいいんじゃないですか?」

 アレスがいかにも名案を思いついたかの様に言う。

「コラコラッ、勇者がそんなんでどーすんだよッ!」

 フィンが肘でアレスを押した。

「はははは、ですよねー」

「それ名案〜」

 エルザが人探し指を立てて賛同する。

「聖女様が、それではいけませんよ」

「痛ッ」

 マーリンは杖でエルザの頭を小突いた。

「はははははは」

「ジレンも笑ってないでこの2人になんか言ってやれ!」

 俺は秦国で手に入れた2本の名刀ムラサキとサキミダレを腰に差し、マントを羽織った。

「さぁ、行こう。魔界大陸に!」

「おうッ!」

「「「はいッ!」」」




 ──これは数カ月前の話だ。




 ◇◇◇魔界大陸◇◇◇

 

 俺達は1度、魔王が住む魔界大陸に上陸を果たしていた。


「はぁ──はぁ──」

「大丈夫か?」

 アレスの息が上がっている。

 俺はアレスの背後を守るために背中合わせになった。

「はい!」

 周囲には、高レベル帯の魔物の群れが俺達パーティーをとり囲む。

「くそッ! この大陸の魔物はどいつもこいつも手強いぜ!」

 フィンが、さまよう騎士と交戦をしている。

「上よッ!」

 マーリンが俺とアレスに叫んだ。

 俺とアレスは上を見上げるとワイバーンが上空から俺達に攻撃を仕掛けて来ていた。

「エクスカリバーッ!」

 アレスは聖剣から聖なる波動を放つ。

「ぐぁぁぁぁぁ──」

 ワイバーンが波動を受け跡形もなく消え去った。

「ケルベロスよッ!」

 エルザが叫ぶと巨大なケルベロスが現れた。

「こ、こいつは……!」

「はぁ──はぁ──」

 アレスは次の攻撃でピークに達するだろう。ここは一撃で決めなくては分が悪い。

「イケるか?」

 俺はアレスに投げかけた。

「もちろんです」

「いい返事だ」

 互いに剣を鞘に収めた。

『ウオオォォォォー』

 ケルベロスが雄叫びを上げる。

 集中力を最大限に高め鞘に収まった剣先に魔力を込める。

 アレスと共に駆け出した──。



 【奥義 絶界】



 剣聖と勇者による奥義で魔物達はケルベロス諸共一斉に消え去った。


「はぁ──はぁ──」

「ふぃ〜危なかったぜ〜」

 フィンが座り込む。

「怖かったよ〜」

 エルザが半泣きで座り込む。

「うわッ、エルザちびったろ?」

「チビってないッ!」

 からかうフィンに顔を膨らませ真っ赤にして怒るエルザ。

「フィンさん……仮にも聖女様にそんな事を言っちゃダメですよ」

「そうだそうだー!」

「…………」

「どうした?」

 浮かれている皆を他所に黙り込むマーリンに俺は話しかけた。

「みなさん……」

 マーリンは重い口を開いた。

「このまま先に進めば私達の全滅は確定でしょう」

「…………」

「この大陸に来て気付いた筈です。今のままでは魔王はおろか四天王にも勝てません」

「…………」

 反論の余地はない。俺も納得だ。

「そうですね。マーリンさんの言う通りだと思います」

 アレスが言った。

「うぅ〜」

 エルザが頭を抱え込んだ。

「なら、どうするよ? 無理なら無理で次の手を考えないとな」

 フィンの切り替えの早さにはいつも驚かされる。この男の前向きの所は本当に評価が出来る。

「1度、引き返しましょう」

「引き返すって言ったってどこへ?」

「フィン、あなたは秦国の元・六代将軍のオロチ様の元で修行なさい」

「オロチだって!?」

「今のあなたに足りない物は〝剛の一手〟。しなやかさだけでは先ほどの様に防御力の高い魔物に苦戦を強いられてしまいますわ」

「確かにな……」

「私とエルザは、最果ての地にて大精霊シヴァ様にお力添えを頂きます」

「シヴァ様の?」

「それで僕達はどうすれば?」

 アレスが尋ねる。


 六代将軍はすでに俺が、武者修行時代に全て倒している。学ぶ事は六代将軍にはない。

 他に俺が必要な事があるとしたならば、剣ではない分野になるか……。


「俺は新たな分野への道を開く必要性が出てきたか?」

「いえ……」

 他にそんな剣豪がいたか?

「ジレンとアレスには、秘境ユーラ島に行ってもらいます」

「ユーラ島だと?」

 誰も何もない無人の秘境だと?

「そこに何があるんだ?」

「剣王レイチェル・エヴァン」

「は?」

 剣王レイチェル・エヴァン?

 初代勇者パーティーの500年前の人物だぞ。

 それに奴は……。

「初代勇者殺し、剣王レイチェル・エヴァンがいます」

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