第46話 生きる為の魔法はないけど筋肉が全てを解決すると思います




 サイモン将軍の知り合いが営む宿屋は、他の建物と違い木造だった。そして、そこそこボロい。いやかなりボロい。砂嵐や経年劣化で外側が、かなり傷んでいた。


 他の宿を探そうとメイメイは、うるさく喚いた。しかし〝サンドストーム〟を前にどこの宿屋も埋まり切った状態で空きがなく、もはやこのサイモン将軍の知り合いのところに泊まる以外なかった。


 しかもこの宿屋、宿屋なのに工事中で殆ど部屋が使えなくて1室しか使えない状態だった。なんとか部屋にベットを5人分運んでもらうとベットでぎゅうぎゅうになってしまい俺たちは、エントランスのテーブルで食事やお茶をするハメになった。


「絶対、嫌アル……」メイメイは不機嫌そうに顎をテーブルに乗せて駄々をこねる。


「しょうがないさ。空いてただけラッキーだと思わないと」


「そうよメイちゃん、ほら見て! よく見たら結構、素敵な内装じゃない? ほら、あそこのシャンデリアを見て、オシャレだよ? 白のレースが散りばめられてるわ!」シャルロットは、宿屋のシャンデリアを指さした。


「蜘蛛の巣アル……」


「うん、蜘蛛の巣だね……」


「アハハハ、あれ? おかしいな? 見間違えちゃった」シャルロットは本気で見間違えたらしい。とても恥ずかしそうにモジモジしている。


「ま、あたしは別に平気よ。〝サンドストーム〟の中で過ごすよりだいぶマシよ」ゲイ将軍はお酒を両手で上品に呑みながら言った。


「この壁、本当に風に耐えられるアルか? 今にも吹っ飛びそうアルヨ」


「そんな事はないさ。仮にも宿屋だよ?」俺は立ち上がり軽く壁をコンコンと叩いた。


「ほらね?」その瞬間、叩いた壁が、突風によりトタン板1枚分吹っ飛んでいた。


「あれ?」空いた口が塞がらなかった。


「絶対、嫌アル……」


 カウンターの奥の控室から宿屋のオーナー、サイモン将軍の知り合いが飛び出してきた。


「あッ! やっべ! また吹っ飛んでちゃったよー!!」男は大慌てで飛んでいった壁を修理し始めた。その光景をまったく動じる事なくゲイ将軍は、上品にお酒を呑んでいた。


「はっはっはっはっー!! 腹いてえー、アハハハッ!!」サイモン将軍は腹を抱えて爆笑していた。


「おいおい、そんな笑うんじゃねーよ!」男は大慌てで作業しながら怒鳴った。


「悪い悪い、はっはっはっ、なんだってこんなボロクソな宿屋なんかやってんだよダッチ」


 ダッチと呼ばれた男は、サイモン将軍が率いた盗賊団〝死ね死ね団天誅ズ〟の元メンバーで副統領だったらしい。顔の額に十字キズがあり、いかにもと柄の悪い人相で下唇が突き出していて、腫れた一重瞼が、さらに人相の悪さを強調していた。


「まさか死刑囚だったお前が、十字軍の将軍になっちまうなんてな……、俺も逃げないで一緒にパクられればよかったか?」トンカチで釘を打ちながらダッチは言った。


「無理ね。だって、あなたブサイクだもの捕まったらアナタだけ死刑だったわ」とてつもない事をサラリとゲイ将軍は言った。


「ハハハッ! ちげーねぇー。あんたの事は覚えてるぜ。ゲイ将軍殿、なんせオラァあんたにぼっこぼっこにされたんだからな」


「そうだったかしら?」


「それじゃ、その額の十字キズはもしかして……」


「これか? あぁ、このキズは転んだ時、たまたまそこに十字型の石があってな。そこに刺さったんだ」


(うわッ………しょうもねぇ……)


 カウンターの奥の部屋からゴホゴホと咳をしながら杖をついた少年が出てきた。顔は青白く、いかにも病弱で血が通っていなそうなほど顔色は悪かった。


「父ちゃん、お客さん? ゴホゴホッ──い、いらっしゃいませ、ゴホゴホッ!」


「おい、ユージン大丈夫か?」ダッチは、慌てて少年の元へ駆け寄った。


「ダッチ……、その子は? お前、子供なんていたのか?」サイモン将軍は驚いていた。


「さぁ、ユージン。ゆっくり寝てな。今暖かい飲み物を持っていってやる」そう言ってダッチは少年を部屋に戻した。


「あの子は、戦争孤児だ。4年前にカサノヴァとの内戦があったろ? ユージンは、あの時に親を亡くしたんだ。病弱だったから貰い手もいねぇみたいでな。不憫に思ってオラァが引き取ったんだ」お湯を沸かしながらダッチは語る。


「内戦…………、言葉にできねぇな。すまなかった。俺たちが不甲斐ないばかりに……」サイモン将軍は申し訳なさそうにしていた。


「──よせよ、お頭、仕方ねぇだろ。お前は兵士だ。戦わなきゃならないし、守らなきゃならない。俺たち市民はお前らにいつも守られている。誰も文句なんか言わねぇーよ。悪いのはカサノヴァの奴らさ。お前ら十字軍は、ただ俺たちを守ってくれただけさ」


「…………」


「もう一杯ちょうだい」ゲイ将軍が空いたグラスをダッチに突き出す。


「この宿屋を切り盛りしてんのは、あの子のためかい?」


「あぁ、オラァも足を洗ったとは言え商売なんか向いちゃいねーんだ。だけど、どっかで安心した寝床がないとユージンは体が弱いからな。あの子のためさ。ちっと、飲み物をユージンに持っていくから待っててくれ」そう言ってダッチは、奥の部屋に行った。


「あの子……、ずいぶんと免疫がないみたいね。あの顔色の悪さは──この砂漠では長くはないかもしれないわ」ゲイ将軍が、少し残念そうな顔していた。


「──ッ、やめてくれ。ダッチの大切な子供だ」サイモン将軍から珍しく怒りの感情が見えた。


「そうね。呑みすぎたみたい……ごめんなさい」そう言ってゲイ将軍は、先に寝室に入っていった。


「またせて悪りぃーな」ダッチが戻ってきた。


「ありゃ? あのべっぴんさんはどうした? 酒今から作るぞ」


「先に寝るってさ。それにゲイ将軍は、あぁ見えて男だぞ?」


「──まじか……」ダッチは固まっている。


「あの……、あのユージンくんは、なんの病気なんですか?」俺は気を見計らって聞いた。


「おぅ、別に病気じゃねーんだ。ただ生まれつき免疫が弱くてな。万年風を引いてるんだ。可哀想に……ユージンはアルスター十字軍に入りたいって夢見てんだ。叶う事は無さそうだな……ぐすん」ダッチは目を潤ませた。


「──ぐすん、ぐすん、うぅぅ……ジンちゃん、どうにがならないのぉ?」シャルロットが涙で顔をグシャグシャにしていた。


「うーん。魔法は治療はできるけど、免疫となると話は別だねー。魔法ってそんなに万能なモノじゃないんだよ。生きるって事には便利だけど、生きるって事に魔法は関係ないのさ。君達、人間の前に向かって生きる力は魔法でどうこうできるものじゃない。──確かに蘇生魔法もある。だけど、元の状態で蘇生するだけであって免疫が上がるなんて事はない。残念だけど、生きるって事に魔法はないんだ。ごめんねシャルくん」


「うぅぅぅ──ぐすん」


 皆が下をうつむいてエントランスの空気が重くなった。俺は腕を組み考えた。免疫、免疫、免疫……。

体が弱い……弱い……弱いなら…………鍛えればいい。だから筋トレだ!


「そうだ! 筋トレだ! 筋トレをしよう!」俺は立ち上がり叫んだ。


「筋トレ? なんだそれ?」

 

「え?」


「は?」


「なんて?」


「始まったアル……」


「──なぁ、兄弟。気持ちはありがたいが、あの子は免疫が弱いんだ。だから筋肉をつけたって……」


「いや、筋トレを舐めちゃダメだサイモンさん。筋肉が全てを解決する。生きる為の魔法は確かにない。けど筋トレは生きて行く上でありとあらゆるものを変える事ができる。例えば──」


 ──筋トレは計画的に、継続的にやらないと効果が出ないので、筋トレを続けようと努力するうちに自己管理もうまくなっていく。

 

 筋肉がついて体が大きくなると自信がついて何かに挑戦する事や目の前の壁(物理的に)にもビビらなくなる。

 

 ジムに通って筋トレすると器具の貸し借りや筋トレの補助をする過程で様々な種族や人や魔物とコミュニケーションする必要があるので、自然とコミュ力もつく。

 

 筋肉をつけて健康的な体になったら若々しくなるし、やっぱりモテる。ね? 解決するでしょ?


「ちょっと何言ってるか、わからない……」


「つまりユージンくんは、筋トレをするべきだ!」

 

 

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