第47話 出来ない事がやらない理由にはならないと筋トレが教えてくれる





「ゴホゴホッ、ゴホッ」咳き込むユージン。


「大丈夫かい?」


「お、おい! 兄弟、やっぱりやめた方がいいんじゃないのか?」サイモンがユージンを心配して俺に助言をする。


「英雄さんよ、いくらあんたの意見でも、もう無理だ。これ以上の負担はユージンにはもう荷が重い」宿屋のダッチもユージンを心配してやめてくれとせがむ。


 一晩宿屋で明かした後、俺はユージンを呼び出して腕立て伏せを教えていた。ユージンは想像以上に華奢な体で自分の体すら支える事が困難な程に痩せ細っている。咳きが酷くて眠れないのだろう。真っ青な顔色の目の下にはクマが目の印象を消していた。彼は腕立て伏せが1回も上がらなかった。寝たきりで1日のほとんどを十字軍に夢を見ながらベッドの上で過ごす。そこで俺は、彼に膝立て伏せを教えた。


 ──膝立て伏せ──


 文字通り、膝がついた状態での腕立て伏せ(ハーフプッシュアップ)膝が床に着いている事以外は、全部腕立て伏せと同じだ。床に膝がついている事により本来の腕立て伏せより軽い負荷でプッシュアップができるぞ。もし通常の腕立て伏せができない人でも簡単に誰でもできるぞ!


「ゴホゴホッ」ユージンは、咳き込むみながらも膝立て伏せを続けていた。


「さぁ、頑張れ! ユージンくん! それ、5、6、7……」俺は周りの声をよそに彼を応援しながら回数を数えた。


「もういい、止めようユージン」横からダッチが声をかける。

 

「さぁ──ユージン。ゆっくり休もう。もうやめよう」ダッチがユージンを止めようと手を出した。俺はその手を静止した。ダッチは「何をするんだ!」と少し声を荒げた。


「努力を見守りませんか?」


「──ッ!?」


「彼は今がんばっているんです。前に進もうと足掻いてる人間を止めるだけが優しさではないと思います。足掻いてる人間をサポートしてあげる事もまた優しさなんじゃないですか? 道の石を退けてあげるより、道の石のどけ方を教えてあげないと人は生きていけないんです。生きるって事は、ただ呼吸をして何もしないで生きる事を言うわけではないと思うんです」


「だけどユージンは──!」


「彼は今、自分の人生と戦いはじめたのです。自分の人生を生きたいんです。だから僕のトレーニングを受けると言ったんですよ。きっともう諦めたくないんだと思います」


「ッ!?」


「やめてください父さん! ゴホゴホッ! はぁはぁ──僕はもう、諦めたくないんです! 僕はずっと身体を弱さに嘆いてたくさん諦めてきた。でも、エレインさんのくれた希望だけはもう離したくないんです!」真っ白い細い腕で、グッと拳を握りしめてダッチに向かってユージンは叫んだ。


「──ユージン……」一同が見守る。


 そしてユージンは、また黙々と膝立て伏せをはじめた。俺は一旦彼を止めた。


「おっと、ユージンくん。休憩も大切だ。1セット終わったらまずは30秒くらいのインターバルを挟もう。やればいいって訳じゃない。大切なのは全力を尽くす事を繰り返す事だ」


「はい!」




 ──昨夜


「筋トレだ? サイモン、このにぃーちゃんは何言ってんだ?」


「あ、あぁ、今アルスター王国で大ブームになってる筋トレってのがあってな。このエレインが火付け役なのさ、なんせあの──」


「──ッ!! 何ぃ!? お頭ッ、まじかよ。エレインってあのちょっと前に大ニュースになった神獣殺し!?」ダッチは驚愕し両手を上げたきりビックリしている。


「おぉデブッチ、この人があのエレイン・グランデその人アルヨ。握手か? サインか? まずこのメイメイを通すアルヨ。握手1000ギル、サイン1000ギルでいいアルヨ」突然メイメイが、商売を始めた。しかも俺の許可なく……。


「ダメよ、メイちゃん。そんな事しないの!」優しくシャルロットがメイメイを諭す。


「まぁそのエレインだ。なんせ剣も魔法も使わずただその身1つで討ち取った文字通りバケモンさ。強さの秘訣はその見た目まんまの肉体さ。それを手にいれる秘訣は筋トレって奴をひたすらやる事なんだ」サイモンはダッチに説明をしていた。


「────ッ、そ、それは本当ですか!?」カウンターの控室からユージンが現れた。


「ぼ、僕にもできるんですか!」


「やる気があるのなら、どこでも、誰でもできるよ」俺はゆっくり頷きユージンに向かって言った。


「ゴホゴホッ、こ、こんな病弱でもですか?」


「もちろん。筋肉は心までマッチョにしてくれる」


「マッチョ?」


「鋼の肉体と鋼の魂の事さ」


「ぼ、僕やりたいです! 強くなりたいです!」


「今より強くは確実になれる。だけどねユージンくん。筋トレは魔法の様な効果をもたらすが魔法じゃない。時間もかかる、地道にコツコツと積み上げていくしかない。突然、強くなったり、突然、ムキムキになったりする事はない。すごく地味な物なんだ。その地味な事をコツコツ続けて行く気持ちが一番君を強くする。ド派手な魔法や剣技なんて物は僕も使えない。僕は剣も魔法もできない。だけど筋トレは誰でもできるし信じて続けている人には誰でも強くしてくれる」


「僕やります!」







 ──そうして彼は今、目の前で筋トレをしている。生まれて初めてかかる負荷だ。もしかしたら明日、体調を更に壊すかもしれない。筋トレは魔法の様で魔法ではない。何故なら根拠とロジックしかないからだ。しっかりとした手順にそり、それに連なって時間もかかる。サボればなくなり、睡眠も必要であり、栄養の補給も必要だ。だからこそ心技体すべてに効果をもたらす。魔法ではないが魔法みたいに自分を変えて行く。だが、それは他の誰でもない〝自分が変えていく〟のだ。


「今日は腕胸にしよう。次はディップスだ。この筋トレは同じ高さの並行な棒や椅子があればどこでもできる」俺はそう言って宿屋の椅子を俺の左右に2つ並べた。




 ──ディップス


 ディップスは、平行棒か椅子を使用する。通常のディップスは、体を上に持ち上げる動きが強く、大胸筋下部に刺激が入る。

体を前側に倒すよう角度を変えるとさらに負荷がかかるので効果的だ。


平行棒や椅子を両手で掴み、肘を真っ直ぐに体を浮かしてバランスを取る。やや前傾姿勢になり、足は軽く曲げる。ゆっくり息を吐きながら肘を90度くらいに曲げる限界まで曲がったら息を吸いながら上体を戻す。これを10回から15回3セット繰り返す。

 ディップスを大胸筋に効かせるコツは上体の傾きにある。上体が真っ直ぐだと上腕三頭筋に。逆に角度をつけて前傾することで大胸筋に強く刺激が入る。

大胸筋をしっかり刺激するためには、上体を前傾させて負荷をかけるよう意識してやってみよう。


「ハァ、ハァ、ハァ……、ん、ハァ」

 

 ユージンは俺の真似をしてディップスを始めた。腕がプルプルしている。片足の爪先が床に付いている。フォームはデタラメだ。最初は、それでもいい。まずはやる事が大切だ。できない事はやらない理由にならない筋トレがこれを1番、教えてくれる。この場にはそれを笑う人は、誰もいない。挑戦する人間を誰が笑おうものか……。


 俺にも覚えがある。何かを始めようとした時にやりたいと思っていても知識がないからとか、時間がないとか、他に違う事をしているからとか、基本を覚えてからとか、周りの目を気にしたり、そんな言い訳を並べていつかやろうと思ったままずっと始められない事があった。そして気付いたらデタラメでも頑張っている人間をバカにしていた。そんな自分が嫌で生前の自分は足掻いたものだ。戦っていない者が戦って負けた人間を笑ってはいけない。だから俺は筋トレと共にそんな自分をも変えてきた。


「さぁ、あと1セットだユージンくん! 今、君は輝いているぞ!」


「は、はい! ゴホゴホッ」




 

 

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