第38話 俺だって広背筋には自信があるんです





「──ちょっと待つにゃ、今考えるにゃ!」


(いや、そんな余裕はない──あの男は今も俺たちの隙を伺っている──)


「ダメだ! そんな余裕はない! 仕掛ける!」俺は駆け出した──。


「──あっ!? 待つにゃ!!」


『風よ、我が声に答えよ──サイクロン!』敵の男は風の魔法で2メートル程の竜巻を起こした。


『迎え撃つぜ──二刀流! 風神烈華ッ!』俺は二刀を広げ小嵐のようにぐるぐる駒のように回りながらサイクロンをかき消しながら斬り込んだ。


「やるではないか、聖騎士殿!」敵はそう言いながら突っ込んできた。


「──なっ!?」剣と剣を掻い潜り膝下にタックルをかまされて俺は転がされた。──こいつエレインみたいな戦い方しやがって──。


「だから待つと言ったにゃ!」そう言ってリリィはすかさず俺の助太刀に割って入った。リリィは短刀を逆さに持ち二刀流のスタイルに右脚の踵にはもう1つナイフを忍ばせてあり、蹴りと同時に斬撃も与えるアサシンスタイルの戦闘を好む。スピードを活かしてリズミカルな攻撃を繰り出す。猫型獣人特有の体のバネはしなやかで見るものを翻弄する──。


「にゃにゃにゃ!」木から木を蹴り、空中を移動し男を翻弄する。


「甘いですね──、そのくらい、なんとでもなる」紳士の男は中指と親指でパチンと指を鳴らした。すると木に絡みついてたツタが伸びてリリィの足に絡みついた。

「──にゃ!?」リリィの全身には何本ものツタが絡みついてそのまま逆さまに宙吊りにされた。


「にゃってこった!?」


「失礼、紳士としてレディには手を出さないと決めておりましてね──そこで大人しくしていてもらいますよ」


(こいつは……まじでやばい)


 奥義絶界を使うか? いや相手は人間だぞ、絶界を使うなんて許されない。間違いなく死んでしまう。どう凌ぐか──。


『二刀流──紫電一線』俺は走りながら斬り上げた。


「──ふん!」柄を掴まれた。力が強い、解けない。すかさず俺は左手で顔を目掛けて殴りかかった。「──ふん!」男は反対の手でガードをした。


「軟弱な……それでも聖騎士ですか? 広背筋が弱すぎますよ」


「広背筋が弱いだと? 聞き捨てなりませんね……こう見えて俺だって背筋には自信があるですけどね」


 俺と彼で力と力で押し合う。俺だってエレインと一緒に鍛えていたんだ、こんなわけのわからん半裸のおっさんには負けてられん!


「ふん!」

「むん!」


 剣を置き掴み合い押し合いが始まった。敵も魔法は使ってこない。力のみで俺をねじ伏せるつもりか? 望むところだ。何で鍛えているのだか知らないけど、最近は稽古ばかりで筋トレをちょっとサボっていた──が、デットリフト最高250キロの力見せてやるぜ。


「ぐぬぬぬぬぬぬッ!」

「ふぬぬぬぬぬぬッ!」

「にゃにやってるにゃこいつら……」

「ふ──ん!」

「う──ん!」

「拉致があきませんね……少年よ、あそこに丁度いい高さの木があるのが見えるか?」


「それが何だって言うんだ!」


「ここは1つ、チンニング(懸垂)で勝負と行こうじゃないか」


「ほーう、面白いですね。こう見えて俺はチンニングには自信があるんですよ」


 この人が、何で懸垂を知っているのかはともかく今はこの人を力でねじ伏せなければ気が済まなくなっていた。負けず嫌いが全面に全開だった。組み合いをやめて俺は鎧を脱ぎ捨て身軽な身なりになり、その手頃そうな高さの木の前でお互いに懸垂の体制をとりぶら下がった。(懸垂※07参照)

 お互い睨み合う。「ふん」と相手側が体を持ち上げ、こちら見てニッと笑いながらゆっくり体を下ろす。──くッ、き、綺麗なフォームだ……反動をいっさい使わない、芯にブレがない。こちらも負けてはいられない。

 

「1、2、3、4────」


「ほぅ……やりますね」相手側もこちらを見て関心の目を向けた。


 勝負は単純、どちらが多くちゃんと懸垂ができるかの長期戦。


「20、21、22、23、24──」

 

「50、51、はぁはぁ──なかなかやるじゃ無いですか、52、53──」


「──君もね、54、55──」


(くそ──、この人まったく息が上がってない。筋トレをサボっていた事が悔やまれる、乳酸が腕と背筋に溜まってきた)


「88、89、90、はぁはぁはぁ──」


「にゃにやってんだこいつら……はぁ〜」リリィは宙吊りになりながら呆れていた。


「──あぁ──いたゴブ! ヨーゼフさん探したゴブよ、突然いなくなるからビックリしたゴブ。ん? 何してるゴブ?」


「──ゴ、ゴブリンキング!? しゃ、しゃべっている!?」


「にゃ、にゃんってこった!?」


 突然、ゴブリンキングが現れた。しかも言葉を話している。色々と驚愕してしまい俺は手を離して懸垂をやめてしまった。


「やぁ──ゴブタくん、ちょっと怪しい聖騎士がいたものでね。追い払っていたところである」


「追い払う? 懸垂でゴブか?」


「まぁ──これは成り行きだがね」そう言って半裸紳士の相手も懸垂をやめて降りた。


「──ふむゴブ」ゴブタと呼ばれたゴブリンキングがこちらを見ている。発達した僧帽筋、突き出ている大胸筋、丸太のような腕と足、とてつ大きな筋肉だ。ここの魔物は言葉を話す、道具を使う、徒党を組む、そして筋力が凄いどこかおかしい……何が起きている?


「──聖騎士殿、オラはこの森の長を務めていますゴブタと申しますゴブ。今回はどう言ったご用件でしょうかゴブ?」


(しゃ、しゃべっている……、意思の疎通ができるのか、敵意はないように見える)


「──えぇと、その前に上官殿を解放してもらってもいいかな?」


「いいでしょう」そう言ってヨーゼフと呼ばれたこの魔法使いは再び指をパチンと鳴らすとリリィをゆっくりと地面に下ろし解放した。


「う〜ん」リリィは何やら考えている。どうしようか、情報量が少なく、どうするべきか悩んでいるらしい。


「──感謝します。俺はミッドガル王国聖騎士団所属スヴェン・ラインハルト」


「同じくにゃーは、ミッドガル王国聖騎士団所属二等兵のリリィ・ハルバートだにゃ」


「──私は、ヨーゼフ・アルベルト。ビゼーの街からこの聖地ディズルの森に学びに来た者だ」


「ディズルの森? この森にそんな名前ついていたのかにゃ?」


「いや、初耳だ。今回我々の任務は──」コホンと俺は咳払いをしゴブリンキングを見た。「この森に近頃、ゴブリンキングやオークディザイアーと言ったハイクラスの魔物を見たという報告を受け調査依頼を受けました」


「オラ達の事ゴブね……あまり人目につかぬようにひっそりしていたつもりだったゴブが……」


「驚いたにゃね。誤情報かと思ったにゃが言葉を喋る上に知性があるにゃ、あにゃた達は何者にゃ?」


「それにヨーゼフさん、あなたは何を学びにこの森に? 失礼ですがどちらも街や王国、村に危険を及ぼしかねない。間違いなくあなたの魔法は危険だし、そちらのゴブリンキングも危険だ」


「──そちらを攻撃した無礼に対する非はお詫びいたします聖騎士殿」そういって右腕を腰に当て丁寧にお辞儀をした。


「──私はこの森の平穏を守るために聖騎士殿達を追い払うつもりでした。申し訳ない」


「さて、どうしたものか……」


「どうやら、オラ達か危険かどうか、その目で見てもらう必要があるゴブな──、オラ達の里に案内するゴブ、付いてきて欲しいゴブ」


(罠か? のこのことついて行くのはまずいな。一旦、引いて隊を連れてくるべきかもしれない)


「──ふむ、ゴブタ殿……いきなりついて来いは信用されていない以上厳しいでしょう」


「にゃはははは、その通りにゃ、のこのこついて行って危険がにゃいかはわからにゃいし……」


「──それもそうゴブね。ではこのディズルの森連盟の説明をここでいたしましょうゴブ」


 そうしてゴブタは俺たちにこれまでの経由を話してくれた。──3代目勇者ギリアスに前長老が救われ、勇者パーティに人間の文化を教わった事──、それ以来ここのゴブリンは人を襲わない掟ができた事──、俺がキングトロルを倒してからゴブリンとオークが対立していた事──、なんとそこにエレインとシャルロットが現れゴブリンを救った事、それ以来ここのゴブリンとオークは同盟になり同じ里でディズルの森として平和に暮らしていた事──、ヨーゼフさんは任務の途中エレインに救われた話を聞かせてくれた。正直、嬉しくて笑いが止まらなかった──、エレイン、君ってやつはどこまでも君らしい。


 俺の警戒は一瞬でとけた。だってエレインがいたのだから──。


「なるほど、それなら里にぜひ行かせて下さい」




 

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