第34話 ありふれた〝1〟


「準備はいいか?」

 サイモンが問う。

 俺は静かに頷く。


 神獣の住処のオアシスに、サイモン、ゲイ、レザード、メイメイ、シャルロットの俺達一行は再び向かった。

 リベンジである。アルスターリベンジャーズ!!


「──それじゃぁ、叩き起こすわよ! みんな離れて!!」

 ゲイ将軍が、目を閉じて詠唱を唱える。

 魔素が膨大な魔力に変換され、体の周りを不思議な光りが包む。


『──星よ、天よ、業火のしずくとなり降り注げ──メテオッ!!』


 空が暗くなり、大気が唸る。

 空が押し潰されんばかりの圧力を感じる。

 ゴオオオオオ! という音と共に頭上から、真っ赤に燃えた小さな隕石が1つ降りそそぎ──

 

 神獣の眠る穴に流星の様に落ちた。


 辺り一面が吹き飛び、地面がえぐれ──、地割れが縦に入りそこからマグマが噴水のように流れ出る。


「私には、このレベルが限界よ。ねぇさまの10分の1にも満たないわ」

 そう言ってゲイ将軍は、ツインテールを靡かせた。


「熱ッ!!」

 と、熱気に身悶えしながら、この凄まじい力の10倍を想像してゾッとする。



 カンカンデリの太陽、蜃気楼漂う灼熱の砂漠、そこにゲイ将軍の地獄のメテオ。

 オアシスがジューと音をたてて干上がっていく。

 水溜り程しか残らずに蒸発する。

 熱気で吹き上がった蒸気の湿気が、やかんの中にでもいるかのような気持ちにさせる。


 噴き出る汗、目を閉じて深呼吸。

 高まる心音、意識を眉間に寄せ、なんとなく集中力が高まった気にする。


「はい!」

 とシャルロットが、特製スポーツドリンクを差し出す。

「ありがとう!」

 そう言って俺は、ひと息に飲み干した。

 水分が全身を潤していく。


『ぐあぁぁぁぁぁぁ──』

 獣の怒り狂った絶叫が響く。


 ──恐ろしい鳴き声に、前回のトラウマが脳裏を過ぎる。

 覚悟を決めろ! そう心の中で、何度も念仏のように唱える。


「サイモンさん!」

「どうした兄弟?」

「レザードさんに言ってもらえますか? 戦闘中、僕に回復や補助の魔法をかけないでくれって!」

「なんだって!? いや、そんなバカな話が──」

 突拍子のない案を否定するサイモン。


「一瞬でも力が抜けないのです。回復や補助をもらうと一瞬集中が途切れてしまう。これが命取りに必ずなりますから……、大丈夫です。僕は勝ちます」

 俺は強眼差しで、頷いた。


 サイモンは、眉間にシワをよせて一瞬困った顔をする。すぐにため息を吐いて、納得せざる得ないと言う表現を浮かべ

「わかったぜ。たっく……、ムチャしやがるな兄弟」と言った。

 俺は親指を立てて無言の返事を返した。


『ガァァァああ!!』

 神獣が穴から踊り出た。


 翼の羽ばたきでメテオによって燃え盛った炎を吹き飛ばした。

 そして、何事もなくゆっくりと大地に着地し──

──俺を見た。


 刹那の獅子。

 まるで心の奥底まで見透かされたような真っ直ぐな眼差し。

 俺を見たのだ。

 前回と違って俺の存在を確認した。

 真っ直ぐ俺を見ている。敵意? そんなものは一切感じられなかった。


 ただ俺を見ている、いや──見透かしている?

 何もせずただ俺を観察している。


 余裕の高みの見物ってところか……。

 俺はニヤっと笑い上着を投げ捨て、右足を踏み出す。


「いっけぇぇぇぇ──!! ぶっ飛ばすねッ! エレちゃーん!!」

 メイメイの掛け声と共に俺は走り出した。


 怖くないなんて言ったら嘘になる。

 相手は魔王や勇者、3英傑のソロモンですら避けて通る最強のモンスター。怖いからこそ、躊躇できない。

 少しでもためらえば恐怖に支配されてしまう。

 闘う事が、怖くない奴なんかいない。

 それは命をかけた戦闘だけに言えた事ではない。


 どんな事だって同じ事だ、戦争、政治、発表会、ライブ、受験、プロポーズ、自分の人生の戦い、負けて失う事は誰だってある。家、名誉、命、お金、恋、故郷、自由、夢、出世、将来、大切な人──

 

 怖い、辛い、悲しい、怒り、嫉妬、不安、それぞれ色んな感情が、人生に壁となって立ちはだかる。


 それでも、なんだかんだ怖いけど立ち向かうやつが1番かっこいい!

 今の踏み出したこの足は、恐怖より少しだけ勇気が勝った事を意味する。

 

 ──戦闘開始、俺VS最強


 全力で神獣に向かって突き進む。

 神獣は微動だにせずじっと俺を見ている。

 近づく距離、15メートル──、10メートル──、5メートル──、3メートル、距離が近づく度に相手が、何倍にも増して大きく見える。


 事前に右手で握りしめた砂漠の砂を神獣に向かって投げた(目眩し)神獣は瞬時に下がってそれを避ける。


 予想通り。

 

 さらに左手の砂も投げる。

 それも神獣は見事に避ける。そんな小細工がまかり通る相手ではない。


 これも予想通り。


 さらに距離を縮めて神獣の目の前で砂を蹴り上げる。

「これが本命さ!」

「3の手!?」サイモンが驚く。


 神獣も予想していなかったのだろう。

 砂が目に入り視界を閉じた。


「ここだー!!」

 俺は額のど真中に右手でフルスィングの拳を叩き込んだ。

「やったの!?」

 ゲイが叫ぶ。

 

 手応えがない。

 これも予想通り、前回戦った時のデンプシーロールですら微動だにしなかった。


 打撃が通じないのは、最初からわかっている。

 神獣は聴覚、嗅覚で俺を把握して前足でひっかくように反撃してくる。

 少しでも食らえばまた体をもっていかれる、当たるわけにはいかない。


 神獣の反撃に対して、手首辺りを狙い、そこに拳を叩き込み攻撃をしのぐ。

 反撃の風圧を感じる度に、ゾッと背筋が凍りつく。

 一瞬の油断も許されない。ジリジリと後ろに下がらされる。


「おい! どうなってる、勝算は本当にあるのか!?」

 サイモンが叫ぶ。

「知らねーよ!! 今はエレちゃんを信じるだけアル! 黙って見てろボンクラ!」

 メイメイが怒鳴る。


 すでに、ジリジリと5メートル以上後方へ下がらされている。

 神獣は視力を取り戻していた。

 奴の左手の攻撃を流した瞬間、待っていたと言わんばかりに、噛み付く連続攻撃を仕掛けてくる。


「真っ直ぐ下がるな、エレちゃん!」

 メイメイが叫ぶ。


 前に教えてくれた。

 真っ直ぐ下がるのは、前進してくる敵に対して圧倒的にフリだと。

 後ろ向きにダッシュしても、通常のダッシュをしてきた相手が、有利なのは明白だ。

 また突進で押し込まれた場合、後進している体は踏ん張れない。


「回るネ、エレちゃん!」

 俺は、メイメイの助言通り、時計回りに動くことに徹底した。


「そこだー!」

 と、叫び噛みつきに対してカウンターを放つ。

 右の膝蹴りで奴の顎をかち上げる。

 奴の動きは、一瞬止まった。

 

 ──逃さない!

 追撃のフルスィングで右ストレートを鼻頭目掛けて放つ!

 しかし、微動だにしない。わかっていた。

 これは間合いから脱出するための攻撃。


 左にサイドステップし、ピンチを脱出した。

 嫌な汗が混じる。

 一撃を入れるもかわすも全てが、俺だけが命取りの攻防。こんな理不尽が、この世にあるものか──。


「はぁ……はぁ……」

 プレッシャーで体が泥のように重い。

 圧力で呼吸が、浅くなる。


 しかし、攻撃を仕掛けてくる事はない……。

 火の粉を振り払うくらいにしか考えていないのか?

 悔しいが……、俺は、まだ敵ですらないらしい。

 

「それでいい、油断していろ」

 俺は小さく呟いた。

 

 声に反応してか、刹那の獅子は微かに、耳をぴくりと動かした。

 俺は再び、攻撃を仕掛ける。

 首元に前蹴りを槍の如く突き刺さす。

 そのまま連続で左ミドルキックを顔面に入れた。


 噛まれないように目のラインを狙う。

 そして、サイド・ステップで避ける。


 近距離に長いは危険!

 ヒットアンドアウェイを繰り返す。

 打って、避けて、打って、避けて、打って、避ける。


「なる程な、だからあんなアホみたいに走りまくっていたのか、この死ぬほど熱い砂漠を」

 サイモンが、戦況を見て呟く。


「でも、このままでは状況は好転しません。エレインさんは、一体なにをするつもりなんでしょうか?」

 レザードが、ゲイに問う。


「あたしには、さっぱりわからないわ。果たして勝算が、あるのかもわからない」

 ゲイは、かぶりを振った。


「「「──あッ!?」」」

 一同が驚愕の声を上げる。


 神獣が回転し、尻尾で攻撃を繰り出した。

「ぐぅ──ッ!」

 俺は、そのまま投げ捨てられた。


 先端が、かすっただけで、この威力か。

 危うく腕の骨を持っていかれるところだった……。


「ダンベルと前腕筋に感謝だな……」

 と、言って深いため息を吐いた。


 再び俺は臨戦態勢を整えて挑む。

 吹き抜ける風が、死神の釜の風圧のようだ。


「おいおい、どんなスタミナしてんだ……、もう半日どころか12時間は経ってるぜ」

 と、サイモンが言った。気付けば日が沈んでいる。

「この暗さで闘えるのかしら」

 ゲイが言った。

「補助も回復も禁止されていますが、細やかながら……」

 レザードが、魔法の光で辺りを照らす。


 いつの間にか、神獣から攻撃を仕掛けてくるようになっていた。

 打撃は相変わらず効いていない。

 だが、この長期戦で奴の意識も変わった。

 〝虫〟から排除すべき対象に昇格したか?


「僕は君の何者かになれたかい?」

 そう言いながら俺は神獣の攻撃を凌ぐ。

 

 俺の狙いは1つ──、もう1度しっぽで攻撃する振り向き側──。その1点に全てを賭ける。


「ふぅ──」

 深く深呼吸する。

 最後のチャンスに備えて、スタミナの回復を試みる。

 破裂しそうな心音が、高鳴る。


「──今だ!」

 奴は尻尾で反撃するために振り向いた。その刹那、奴の背中に飛びつく。


「局面が、動いたアル!?」

 メイメイが叫ぶ。


 しがみつき奴の首元に腕を回す。

「待っていたぜ。この時を!」

 腕をクロスさせ、チョークスリーパーで首を絞める。

 神獣は俺を振り払おうと暴れ回る──、その衝撃で辺り一面はえぐれたり、砕けたり、木を薙ぎ倒したり、口から火を吹き出し、荒れ狂う。


「ま、まさか!? 兄弟の狙いはこれだったのか!」

「──でも、これでは、通じるはずがない!」

「ダメよ! エレちゃん! それでは通じないわよ!」

 仲間達の悲痛な叫び声が暗い空に響く。


『黙ってろぉぉ──! エレちゃんはやると決めたらやるアル!』

 メイメイの怒号が轟く。

「エレイン、頑張って……」

 シャルロットが、見守る。


 俺は、必死にしがみついた。

 どれだけ振り回されても、もがき岩にぶつけられても、頭をぶつけられ何度、意識を飛ばされそうになっても──。

 食らい付き、むしゃぶり付いた。


 どれくらい首を絞め続けたのだろうか……。

 徐々に首元に腕がら食い込み始めていた。

 しかし、神獣の暴れ回る力は衰えること知らない。

 今も俺を振り払おう足掻く。本能のままに暴れる。

「──ッ!?」

 これは、やばい!

 俺の感が叫ぶ。


 神獣は、空高く飛び上がり、背面を思い切り俺ごと岩に叩きつけた。

 ドゴンッ! と大きな音を轟かせ岩が粉々に砕けた。


「──ぐぁ!」

 俺は後頭部を強打した。

 その振動で砂が舞う。


 一瞬、意識が飛んだ。

 頭から血が流れ、視界が真っ赤に染まる。


 致命的だ……。

 もう、ダメかもしれない。


 死の感覚が迫る。

 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。


 チョークスリーパーを絞め続けた腕は乳酸がたまってパンパン、すでに、握力もホールドする力も限界を突破していた。


 諦めそうになった。

 その時──、腕が微かに深く、奴の首に食い込んだのを感じた。


 手応えが、0から1に。


 それだけでも俺には、自分を信じる理由として十分だった。

 何度、この1を信じて積み重ねてきた?

 1回、1歩、1秒、1パーセント、この1をどれだけ信じてきた?


 絶対絶滅のピンチとたった〝1〟のチャンスが天秤にかけられている。





「準備はいいか?」サイモンが問う。

 俺は静かに頷く。


 神獣の住処であるオアシスにサイモン、ゲイ、レザード、メイメイ、シャルロットの俺達一行は再び神獣の寝床に向かった。

 リベンジである。アルスターリベンジャーズ!!


「──それじゃぁ、叩き起こすわよ! みんな離れて!!」ゲイ将軍が目を閉じて詠唱を唱える。

 魔素が膨大な魔力に変換され、体の周りを不思議な光りが、包む。


『──星よ、天よ、業火のしずくとなり降り注げ──メテオッ!!』


 空が暗くなり、大気が唸る。空が押しつぶされんばかりの圧力を感じる。

 ゴオオオオオと音共に頭上から真っ赤に燃えた小さな隕石が1つ降りそそぎ──神獣の眠る穴に流星の様に落ちる。

 辺り一面が吹き飛び、地面がえぐれ──地割れが縦に入りそこからマグマが噴水のように流れ出る。


「私には、このレベルが限界よ。姉様の10分の1にも満たないわ」

 そう言ってゲイ将軍は、美しくツインテールを靡かせた。


「熱ッ!!」と、熱気に身悶えしながら、この凄まじい力の10倍を想像してゾッとする。



 カンカンデリの太陽、蜃気楼漂う灼熱の砂漠、そこにゲイ将軍の地獄のメテオ──

 オアシスがジューと音をたてて干上がっていく。水溜り程しか残らず蒸発する。

 熱気で吹き上がった蒸気の湿気が、一段とまたやかんの中にでもいるかのように錯覚させる。


 噴き出る汗、目を閉じて深呼吸。

 高まる心音、意識を眉間に寄せ、なんとなく集中力が高まった気にする。


「はい!」とシャルロットが、特製スポーツドリンクを差し出す。

「ありがとう!」そう言って俺は、ひと息に飲み干した。

 水分が全身を潤していく。


『ぐあぁぁぁぁぁぁ──』獣の怒り狂った絶叫が響く。


 ──恐ろしい鳴き声に、前回のトラウマが脳裏を過ぎる。覚悟を決めろ! そう心の中で、何度も念仏のように唱える。


「サイモンさん!」俺はサイモンを呼んだ。

「どうした兄弟?」

「レザードさんに言ってもらっていいですか? 戦闘中、絶対に僕に回復や補助の魔法をかけないでくれって!」

「なんだって!? いや、そんなバカな話が──」突拍子のない案に驚き否定をしようとするサイモン。

「僕の作戦中、一瞬でも力が抜けないのです。回復や補助をもらうと一瞬集中が途切れてしまう。これが命取りに必ずなります! 大丈夫──僕は勝ちます!」俺は強眼差しで、頷いた。


 サイモンは、眉間にシワをよせて一瞬困った顔をする。

 すぐにため息を吐いて、納得せざる得ないと言う表現を浮かべ

「わかったぜ、たっく……、ムチャしやがるな兄弟」と言った。

 俺は親指を立てて無言の返事を返した。


『ガァァァああ!!』神獣が穴から飛び出した。

 翼の羽ばたきでメテオによって燃え盛った大地と蒸気が吹き飛ばされた。ゆっくりと大地に着地し──

──俺を見た。

 目が合う。


 刹那の獅子。

 まるで心の奥底まで見透かされたような真っ直ぐな眼差し。俺を見たのだ──前回と違って俺の存在を確認した。真っ直ぐ俺を見ている。敵意? そんなものは一切感じられなかった。

 ただ俺を見ている、いや──見透かしている? 何もせずただ俺を観察している。


 余裕の高みの見物ってところか……。

 俺はニヤっと笑い上着を投げ捨て、右足を踏み出す。


「いっけぇぇぇぇ──!! ぶっ飛ばすねッ! エレちゃーん!!」

 メイメイの掛け声と共に俺は走り出した。


 怖くないなんて言ったら嘘になる。

 相手は魔王や勇者、3英傑のソロモンですら避けて通る最強のモンスター。怖いなら尚更、躊躇できない。

 少しでもためらえば恐怖に支配されてしまう──闘う事が怖くない奴なんかいない。

それは命をかけた戦闘だけに言えた事ではない。


 どんな事だって同じ事だ、戦争、政治、発表会、ライブ、受験、プロポーズ、自分の人生の戦い、負けて失う事は誰だってある。家、名誉、命、お金、恋、故郷、自由、夢、出世、将来、大切な人──

 

 怖い、辛い、悲しい、くそったれ、嫉妬、不安、それぞれ色んな感情が入り乱れ人生に壁となって立ちはだかる。

 それでも、なんだかんだ怖いけど立ち向かうやつが1番かっこいい! 今の踏み出したこの足は、恐怖より少しだけ勇気が勝った事を意味する。

 

 ──戦闘開始、俺VS最強


 全力で神獣に向かって突き進む。

 神獣は微動だにせずじっと俺を見ている。

 近づく距離、15メートル──、10メートル──、5メートル──、3メートル、距離が近づく度に相手が何倍にも増して大きく見える。


 事前に右手で握りしめた砂漠の砂を神獣に向かって投げた(目眩し)神獣は瞬時に下がってそれを避ける。


 予想通り。

 

 さらに左手の砂も投げる。

 それも神獣は見事に避ける。そんな小細工がまかり通る相手ではない。


 これも予想通り。


さらに距離を縮めて神獣の目の前で砂を蹴り上げる。

「これが本命さ!」

「3の手!?」サイモンが驚く。


 神獣も予想していなかったのだろう──砂が目に入り視界を閉じた。


「ここだー!!」俺は額のど真中に右手でフルスィングの拳を叩き込んだ。

「やったの!?」ゲイが叫ぶ。

 

 手応えがない。

 これも予想通り、前回戦った時のデンプシーロールですら微動だにしなかった。


 打撃が通じないのは、最初からわかっている。

 神獣は聴覚、嗅覚で俺を把握して前足でひっかくように反撃してきた。少しでも食らえばまた体をもっていかれる、当たるわけにはいかない。


 神獣の反撃に対して、手首辺りを狙ってそこに拳を叩き込み攻撃をしのぐ──、反撃の風圧を感じる度にゾッと背筋が凍りつく。

 一瞬の油断も許されない、同時にジリジリと後ろに下がらされる。


「おい! どうなってる、勝算は本当にあるのか!?」サイモンが叫ぶ。

「知らねーよ!! 今はエレちゃんを信じるだけアル! 黙って見てろボンクラ!」メイメイが怒鳴る。

 シャルロットは、固唾を飲み祈る。


 すでに、ジリジリと5メートル以上後方へ下がらされている。

 神獣は視力を取り戻していた。

 奴の左手の攻撃を流した瞬間、待っていたと言わんばかりに、噛み付く連続攻撃を仕掛けてくる。


「真っ直ぐさがるなッエレちゃん!」

 メイメイが叫ぶ。


 メイメイが前に教えてくれた。

 真っ直ぐ下がるのは、前進してくる敵に対して圧倒的にフリだと。

 後ろ向きにダッシュしても、通常のダッシュをしてきた相手が、有利なのは明白だ。

 また突進で押し込まれた場合、後進している体は踏ん張れない。


「回るネ、エレちゃん!」

 俺は、メイメイの助言通り、時計回りに動くことに徹底した。


「そこだー!」

 と、叫び噛みつきに対してカウンターを放つ。

 右の膝蹴りで奴の顎をかち上げる。

 奴の動きは、一瞬止まった。

 

 ──逃さない!

 追撃のフルスィングで右ストレートを鼻頭目掛けて放つ!

 しかし、微動だにしない。わかっていた。

 これは間合いから脱出するための攻撃。


 左にサイドステップし、ピンチを脱出した。

 嫌な汗が混じる。

 一撃を入れるもかわすも全てが、こちらだけが命取りの攻防。こんな理不尽が、この世にあるものか──。


「はぁ……はぁ……」

 プレッシャーで体が泥のように重い。

 圧力で呼吸が、浅くなる。


 しかし、攻撃を仕掛けてくる事はない……。

 火の粉を振り払うくらいにしか考えていないのか?

 悔しいが……、俺は、まだ敵ですらないらしい。

 

「それでいい、油断していろ」

 俺は小さく呟いた。

 

 声に反応してか、刹那の獅子は微かに、耳をぴくりと動かした。

 俺は再び、攻撃を仕掛ける。

 首元に前蹴りを槍の如く突き刺さす。

 そのまま連続で左ミドルキックを顔面に入れた。


 噛まれないように目のラインを狙う。

 そして、サイド・ステップで避ける。


 近すぎるのは危険!

 ヒットアンドアウェイを繰り返す。

 打って、避けて、打って、避けて、打って、避ける!


「なる程な、だからあんなアホみたいに走りまくっていたのか、この死ぬほど熱い砂漠を」

 サイモンが、戦況を見て呟く。


「でも、このままでは状況は好転しません。エレインさんは、一体なにをするつもりなんでしょうか?」

 レザードが、ゲイに問う。


「あたしには、さっぱりわからないわ。果たして勝算が、あるのかもわからない」

 ゲイは、かぶりを振った。


「「「──あッ!?」」」

 一同が驚愕の声を上げる。

 神獣が回転し、尻尾で攻撃を繰り出した。

「ぐぅ──ッ!」

 俺は、そのまま投げ捨てられた。


 先端が、かすっただけで、この威力か。

 危うく腕の骨を持っていかれるところだった……。


「ダンベルと前腕筋に感謝だな……」

 と、言って深いため息を吐いた。


 再び俺は臨戦態勢を整えて挑む。

 睨み合う互いの間に、吹き抜ける風が、命の危機を知らせているかのようだ。


「おいおい、どんなスタミナしてんだ……、もう半日どころか12時間は経ってるぜ」

 と、サイモンが言った。気付けば日が沈んでいる。


「この暗さで闘えるのかしら」

 ゲイが言った。


「補助も回復も禁止されていますが、細やかながら……」

 レザードが、魔法の光で辺りを照らす。


 いつの間にか、神獣から攻撃を仕掛けてくるようになっていた。

 打撃は相変わらず効いていない。

 だが、この長期戦で奴の意識も変わった。

 〝虫〟から排除すべき対象に昇格したか?


「僕は君の何者かになれたかい?」

 そう言いながら俺は神獣の攻撃を凌ぐ。

 

 俺の狙いは1つ──、もう1度しっぽで攻撃する振り向き側──。その1点に全てを賭ける。


「ふぅ──」

 深く深呼吸する。

 最後のチャンスに備えて、肺の回復を試みる。

 破裂しそうな心音が、高鳴る。


「──今だ!」

 奴は尻尾で反撃するために振り向いた。その刹那、奴の背中に飛びつく。


「局面が動いたアル!?」

 メイメイが叫ぶ。


 しがみつき奴の首元に腕を回す。

「待ってたぜ! この時を!」

 腕をクロスさせ、チョークスリーパーで首を絞める。

 神獣は俺を振り払おうと暴れ回る──、その衝撃で辺り一面はえぐれたり、砕けたり、木を薙ぎ倒したり、口から火を吹き出し、荒れ狂う。


「ま、まさか!? 兄弟の狙いはこれだったのか!」

「──でも、これでは、通じるはずがない!」

「ダメよ! エレちゃん! それでは通じないわよ!」

 仲間達の悲痛な叫び声が、聞こえた。


『黙ってろぉぉ──! エレちゃんはやると決めたらやるアル!』

 メイメイの怒号が轟く。

「エレイン、頑張って……」

 シャルロットが、見守る。


 俺は、必死にしがみついた。

 どれだけ振り回されても、もがき岩にぶつけられても、頭をぶつけられ何度、意識を飛ばされそうになっても──。

 食らい付き、むしゃぶり付いた。


 どれくらい首を絞め続けたのだろうか……。

 徐々に首元に腕がら食い込み始めていた。

 しかし、神獣の暴れ回る力は衰えること知らない。

 今も俺を振り払おう足掻く。本能のままに暴れる。

「──ッ!?」

 これは、やばい!

 俺の感が叫ぶ。


 神獣は、空高く飛び上がり、背面を思い切り俺ごと岩に叩きつけた。

 ドゴンッ! と大きな音を轟かせ岩が粉々に砕けた。


「──ぐぁ!」

 俺は後頭部を強打した。

 その振動で砂が舞う。


 一瞬、意識が飛んだ。

 頭から血が流れ、視界が真っ赤に染まる。


 致命的だ……。

 もう、ダメかもしれない。


 死の感覚が迫る。

 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。


 チョークスリーパーを絞め続けた腕は乳酸がたまってパンパン、すでに、握力もホールドする力も限界を突破していた。


 諦めそうになった。

 その時──、腕が微かに深く、奴の首に食い込んだのを感じた。


 手応えが、0から1に。


 それだけでも俺には、自分を信じる理由として十分だった。

 何度この1を信じて積み重ねてきた?

 1回、1歩、1秒、1パーセント、この1をどれだけ信じてきた?


 絶対絶滅のピンチとたった1のチャンスが天秤にかけられる。


 その1の重さを自分だけが、知っている。

 この1を掴み取るために過ごした〝無〟が、はじめて意味を持った瞬間。


「あ、朝になっちまったぞ!」

 サイモンが不安そうに言った。

「エレインさん、とっくに限界のはず……」

 仲間達は祈る様に見守る。


 朦朧とする意識の中、俺は過去の転生前のライバル達やジレン、スヴェン、ゴブタやゴブザエモン達を思い出す。

 

 ライバルが──、仲間達が──、家族が──、何より自分が──


 ──繋げた〝1〟だ!

 信じるしかねぇーだろぉぉ!


『うおおおおおお──!! 全力だぁぁ──!!』


 俺は体をのけぞらせパンパンの腕からも最後の力を振り絞り全力で締め上げた。

 血管が切れているのがわかる。


 目から血が流れ、鼻血が噴き出す。

 呼吸がさらに苦しくなる「ぶふぉ」息を必死に吸おうとするたび鼻血が飛び散る。


「ぐあああ!」

 ホールドしている左手の手首から激痛が走る。

 絞めすぎたせいで骨が折れた。


 それでも、やるしかねぇーだろ!!


 細胞1つ1つ、筋肉の端から端、俺は俺を信じて戦いぬく。

 信じろ、今までのトレーニングを! 信じろ、俺の筋肉を! 信じろ、二頭筋を! 前腕筋を! 細胞を! 精神を! 仲間が信じてくれている俺自信を! 信じろ! この繋げた〝1〟を!


『うおおおおおおおおおお──!!』


 戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え


「し、信じられないわ……」

 ゲイは口を両手で覆いながら涙を流していた。

「もう、まる2日ずっと首を絞め続けてるぞ!」

「エレイン……エレイン……お願い──」

 シャルロットは涙しながら祈り続けていた。

『エレちゃん──!! 負けんなぁ──!!』

 メイメイが拳を突き上げて叫ぶ。


 朦朧とする意識の中、かすかにメイメイの声が聞こえた。


「こ……い……だ……」

 もう声も出ない。

 ただ目的だけは、まだハッキリしている。

 俺は最強と戦っている。


 これが最後だ。

 これがダメなら……。

 もう無理かもしれない……。

 何回そう思っただろう?

 もうダメだと、何度も思った。


 (あっ!)

 フッと力が抜けた。

 その瞬間、チョークスリーパーをかけていた腕が解けた。

 あぁ……終わった、負けたのか……死ぬのか……。


「レイン──! エ──イン!」

 シャルロットの声?


「──エレイン、がんばったね!」

 腕を解いたのはシャルロットだった。

 泣きながら俺を抱きしめていた。


「お前がナンバー1アル!」

メイメイが顔も視界に映る。

「やったわね。あたし──感動したわぁぁーん!」ゲイも泣きながら抱きついてきた。


 あれ?


 すぐ隣には、息を引き取った神獣が横たわっていた。


 俺は、勝利したのだと悟った。

 地獄のような死闘を戦い抜いたのか。

 ありがとう皆、ありがとう俺の筋肉。

 もう泣く力も、起き上がる力もない。

 少しだけ、少しだけ、寝かせてもらうよ。


 ゆっくりと意識が消えていく──。

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