第32話ー心の在り方ー





「──負けたのか……」


 腕は……付いている……。良かった──。

ここは王宮だろう。あの後の事は薄っすらとだけど覚えている──。




「──うあああああああッ!」

「エレインさん!!」

「エレイン!!」

「──兄弟!?」

 

『大いなる大地よ、あたし達の盾になりなさい──グランドシールド!!』ゲイ将軍が辺りにシールド魔法を行使した。

「気やすめにしかならないわ! しっかりなさい!」


「エレイン! しっかり! エレイン!」シャルロットが駆け寄り俺を支えた。


「まいったね──、しかし──やっこさん、闘う気はないみたいだ。敵ですらないってところか? 虫を全部は殺さないように──」サイモンが俺をかばうように前に立ち、剣を構える。


「──そこのガキンチョ! 早く治すネ!」メイメイはレザードに怒鳴りサイモンの横に立ち構えた。


「やってます! ──大丈夫です。僕ならこの程度は治せる──あと──僕は210歳なので貴方より歳上です!!」そのまま詠唱を唱えた。

『──明瞭たる聖なる光よ、癒しの力となり彼を癒したまえ──リザレイヒーリング!』


 右腕のつなぎ目に光が宿った。とても暖かい……。


『さっさと行くわよ! 転移魔法発動! 時空風光闇大地をいざまたがん! ──ナジャメイジーン!』足元に大きな魔法陣が出現し俺たちは光に包まれた──。意識が──。




 ◇◇◇◇




 

  ──そうして今、俺はベッドの上に寝かされている。ドアが開く音がした──誰かが入ってきた。


「あっ! エレイン! 目が覚めた? 良かったぁ〜」

 

「エレちゃん! 目開いたね! 死んだかと思ったアルヨ」


 シャルロットとメイメイが部屋に入ってきた。ずいぶん心配をかけてしまったようだ。2人とも目が真っ赤で目の下にクマができている。


「心配かけてしまったね。ごめんね2人共──僕はどれくらい寝てたの?」


「まる2日寝てたアル、もう大丈夫そうか?」


「──2日も!?」


「目が覚めたのね。一応、レザードちゃんのフル魔法とあたしたち72人のおかま達のディープキスを駆使したから腕は元通りよ」ソロモン王も部屋に入ってきた。


「──え! 72の……」俺はまた意識が──


「冗談だわぁん──もう、可愛い」ソロモン王はウィンクをした。


「「本当によかったぁー」」シャルロットとメイメイは俺に飛びついてきた。


「心配をかけたね、2人とも……」


「──エレインちゃん、申し訳なかったわね。もう手を引いてちょうだい。わかったでしょ? 神獣は誰の手に追えるものじゃないのよ。あたしからふっかけておいて申し訳なかったわね……せめて、あたしの体を好きにしていいわ!! ──さぁ──!! 抱いて──!!」ソロモン王は両手を広げた。


「いや、結構です──、すいません皆さん、少し頭を整理したいから1人にしてもらってもいいですか?」


「そうだね──今はゆっくり休んでね!」シャルロットは察してくれたようだ。

 

 ──ドアが閉まる。皆が1人にしてくれた。俺はそのまま仰向けになり天井をじっと見た。

 

 俺は負けたのだ──。虫のように払われて、死にかけた……。はじめて死を意識した──怖かった。情けない声をあげて無様に這い回った。ソロモン王がゲイ将軍と賢者レザードを付けてくれていなかった間違いなく死んでいただろう……。しかも神獣は、敵とすら意識していなかった。耳元を飛び回る蚊を払うかのように片腕をもがれた。


 ──終わった。色々そう思った。今後の筋トレもできなくる、シャルロットを守れなくなる、旅も、夢も、終わった──と思った。恐怖が鎖みたいに全身を縛りつけるような感覚が俺を締め付けている。


「俺は……震えているのか……」


 ドアをノックする音がする──「ゲイよ、ちょっといいかしら?」とドア越しにゲイ将軍が問いかけてきた。「どうぞ」と一言返した。


 ゲイ将軍は部屋に入ってきて俺の顔を見て、横に座った。


「体は大丈夫そうね、無事でよかったわ──。でも、大切な物を失ってしまったようね……。引く事も勇気よ、今回の相手は悪かったわ。あたし達が全軍出しても勝てる相手ではないのですもの」


「……」


「恥じる事はないは、別になんのゆかりもないおねぇ様のお願いですもの、ねえ様も、もう引き止めているのだから──願いの件も、きっと精霊様以外の方法もきっと見つかるわ。この世界には不思議な事がたくさんあるもの、大丈夫よ」そっと肩に手を添えて続けた。


「──皆、天国に行きたがるけども、死にたがる人はいないわ、目標のために死ぬ必要はないのよ」そう言ってツインテールをなびなかせてゲイ将軍は部屋を出ていった。可憐だ──男だけども──。


 目標のために死ぬ必要はない──本当にその通りだ。割り切って次を目指そう! そうだ! 俺は勇者じゃないし、世界の命運をかけているわけでもない、俺1人が逃げたって何も変わりはしない。相手はあの化け物の神獣なんだ──逃げたって誰も責めはしない!! そうだ! そうだ! やめよう! こんな試練は割に合わない。シャルロットの魔力だってきっと他に方法があるはずだ。何もなくしていない、このままアルスターを出よう……何もなくしていないのだから……何も……なくして……。


「んなわけねぇーだろ!!」


 ──そんな風に割り切れるはずがない!!

 恋の傷は恋でしか癒せないように──、試合の借りは試合でしか返せないように──、なくなった筋肉は筋トレでしか取り戻す事はできないように、芸術家の誹謗中傷は作品でしか見返せないように──負けてもいい、失恋したっていい、サボったっていい、筆を休めてもいい──でも──、逃げてしまったら──このなくした自信はきっと一生取り戻せない。他の道に逃げて、この経験を活かす事もできるだろう、きっといい思い出話になる、武勇伝になる、それもいいかもしれない──、引退したビルダーのように、引退したボクサーのように、でも──今逃げたら、俺は自分を信じる事から逃げた事になる……きっと逃げた先でもよろしくやっていけるに違いない、人生は続くし、それしかないわけじゃない──人は忘れる事もできるし、新たな道を探す事もできる。

 でも、自分を信じられなくなる事程、虚しい事はない、こんな孤独はない。大好きな部分の自分と決別、それも敗北による諦めで……、良いわけがない。俺はまだやりきっちゃいない。真っ白に燃え尽きていない……! 満足したか? 全力を出せたか? 舐めていたよな? 間違いなく! 自分の信念を賭けていたか? 俺は生前ボディービルに命を賭けていた。大会に負けたって死ぬわけじゃないのに?


『そうじゃないだ!!』1人部屋で叫ぶ。


 ──次の大会で負けたらもうやめよう、次の試合で負けたらもうやめよう、そうやって選手達はいつも選手生命を懸けて闘っている。アスリートだけじゃない! 苦しむ芸術家達が次の作品がダメだったらもうやめよう──会社が次の商品が売れなかったら会社を畳もう──そうやって皆、自分達の生命を懸けて闘っている! だから強いんだ。相手もそうだから!

 神獣は舐めていた俺を相手にしなかった。きっとそういう事なのだ。覚悟が足りなかった……。次も続きも、自分が諦めてやめない限りはずっとある。

 だけど俺たちプレイヤーには、いつだって次も続きも、いつもない! もちろん勝負事には負ける時だってある、運や環境でも勝敗は別れる──敗北は次に活かせるさ。

 だけど、そんな事を考えて闘うやつはいない。最初からダメだった時を考えて闘う奴は大馬鹿野郎だ。負けた時の自分や相手に言い訳を用意してる奴は絶対に勝てない──皆、死に物狂いで勝利を掴みたいんだ。次なんて見ていないさ──そんな中に──優勝は目指していないとか、わざわざ低い目標を宣言したり、これが全てじゃないとか他の選択肢をチラつかせたりして──全てを注いできたやつに勝てる訳ないんだよ! 目の前に全てをぶつけて命を燃やすんだ。俺たちプレイヤーにはこの瞬間が全てだ! 


「もう一度、もう一度やってやるさ! 自分を取り戻せ! 俺は中村武志だった男だ!」俺は部屋を飛び出しソロモン王の元へ向かった。


「──ソロモン王!!」


「──あら、エレインちゃん? どうしたの?」


「あの部屋に筋トレ器具を作ってほしい。僕はもう一度やりますよ!」


 極限まで追い込む──追い込みと減量だ。まずは自分と闘うのさ。スヴェンやゴブタやゴブザエモン達が闘ってきたように──!!

 正真正銘の試練だ。乗り越えて見せるさ! 剣も魔法できない──相手には剣も魔法も効かない──良かった──幸いにも俺には筋肉があるじゃないか!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る