第21話 ヨーゼフの憂鬱①





 私の名前は、ヨーゼフ・アルベルト。

 オディナ大陸1の麗しき貴族の街ビゼーに安住している紳士である。

 世界に30人といないSランク冒険者の1人であり、かの10賢者にはなれなかったものの、それに等しい大魔法使いの実力を備えている。


 要するにエリート中のエリートである。


 そんな私のもとにギルドからSランクの討伐要請が舞い込んだ。

 近頃、噂になっていた〝邪竜〟の討伐の依頼だそうだ。ドラゴン系統の魔物は確かに群を抜いて恐ろしいものであろう。

ましてや〝邪龍〟である。そんじょそこらの冒険者では太刀打ちできなかろうに……。


 まぁもっとも、私からしたら高位魔法もろくに扱えない人間が、よく冒険者を志すモノだと思ってしまうがね。

 しかしながら──、こう見えて私は、この街で偉大な先生と崇められている。そんな事は口が裂けても言えないところがまた悩ましい。


 と、言う事で私は、トレードマークである青いマントとモノクル、そして青いハットを着飾り、討伐要請に向かうところである。


「あぁ! 良かったらヨーゼフさんが、来てくれた」

 ギルドのドアを開けるなり、ギルドマスターが私の元まで走ってくる。

 どうやら……、相当私を待ち焦がれていたらしい。


「さて、今回の討伐難易度はSだとお聞きした。どこへ向かえばいいのだろうか?」

 私は静かに言った。

「いつも面目ないです。まさか邪竜が住み着くなんて……、俺達では力及ばずです」

 横から別の冒険者が、申し訳なさそうに入ってきた。胸元には、Aランクのブローチが悲しく光っている。


「ふむ……、それで? 私はどこに向かえばいい?」

「北のバーデン山脈です。えっと……、パーティー編成のため、あと何人かに声かけますね」

 ギルドマスターが、名簿を開く。


「いや、結構……。私一人で行かせてもらうよ」

(低レベルの人間なんて足手纏いでしかないのでね……)

「い、いや、しかし邪龍ですよ!」

「私は、ヨーゼフ・アルベルトですよ?」

 私は、冷めた眼差しで睨んだ。

「わ、わかりました。それでは、荷馬車だけはこちらで手配いたします!」

 ギルドマスターは押し黙り準備を始めた。

「うむ、宜しく頼むよ」


 そういう訳で、私は邪竜討伐に馬車でバーデン山脈に向かったのだ。


 山の入り口から頂上を見上げ、辺りを見渡してみると不穏な空気が、重々しくのしかかる。


 スキル 探知


 なるほど……、探知スキルで魔物の気配を探るとたしかに厄介な気配を感じる。

 これは面倒な依頼かもしれない。私は、そのまま山を登り始めた。


 少し歩くとAランクの魔物【オーガ】に遭遇した。

 ツノをはやし、気性が荒く獰猛、非常に好戦的な鬼の魔物である。中でも高レベル帯のオーガにもなると剣、棍棒と言った武器に扱いに慣れている個体もある──、意思疎通も可能な個体もいるというが、私はまだ見たことがない。


 中でも魔王軍幹部クラスには〝鬼悪播衆〟と呼ばれる恐ろしきオーガの集団がいるらしい。


『ガァァァ──!』雄叫びを上げながら馬車馬のように突っ込んでくるオーガ。


「集え大地の指先に、バーストマイン」


 オーガの足元が魔法が発動。爆破魔法が炸裂し、足元がバクチクのように爆発する。しかし、止まる事なく突き進んでくる。


 ──次の手だ。


「氷の刃となりて撃ち破らん、フローズン」


 足元から郡の刃がオーガを突き刺さした。

 オーガの胴体に大きな穴が空いたが、それでも更に突き進んでくる。

 私は、後方に移動し程よい距離を保ちながらオーガの攻撃をひらりとかわす。


 ふむ……。

 これでもダメか、少々レベルが高いようだな。なら、出し惜しみはよくありませんね。


「凍えよ、大地よ大気よ、凍てつく伊吹とならん! ブリザードッ!」

 猛吹雪が、オーガを覆い尽くす。

「ぐおおおおー!」

 オーガは苦しそうに身悶えする。

 足元からピキピキと音をたてながら凍りついていく。まるで石像のように氷の塊となった。

「終わりです」

 私は、そのままステッキを氷の石像に突き刺さし、オーガを粉々にした。


 すると茂みから──、ガサガサ──、と音が聞こえる。私は警戒を強めた。

 今度は、何かね……?


「──あっ! 良かった! 人だ! 人がいたよ、シャルロット!」


 茂みからは、体の大きい茶色髪の少年が現れた。

 大きい? いや、筋骨隆々……、ずいぶんと体が発達している。

 装備の露出度が高すぎやしないか? 何故、半裸なのだ? しかも、武器はない、丸腰……。


 仮にもここは高レベル帯の魔物が、ウヨウヨしているバーデン山脈だというのに。

 鎧の一つも装備を施していないなんてどうかしている。もしや、魔物に装備を剥ぎ取られたのか?


「本当だぁ〜、良かった。すいません〜、私達、道に迷ってしまって──」

 後ろから金髪の少女も現れた。

 耳の特徴的な尖り方を見るからにおそらくエルフ族だろう。

 そうか、恐らくこの少女の魔法で凌いできたのだな……。


 ──ん? ──しかし、こんな危険な場所にたった2人で?

 この山は、Aランクの冒険者が10人以上が適正なのだが……。


「驚いた。たった2人で無事でいられたね。道というと──、ビゼーに向かいたいのかい? 生憎今、私は討伐依頼の最中で──」

「いえ、山頂に行きたいんです!」

 少年は笑顔で答えた。

「──は?」

 何を言っているんだ? この坊やは……。


「変な黒い大きい竜が、僕のバーベルを取っていったんで取り替えさないと!」

 バーベル?

 まて、まて、まて……、この少年は、一体何を言っている?

 邪竜に出くわして無事だったのか? 

 それが、奇跡的だというのにまた邪竜の元にいくというのか? 頭、大丈夫なのかね?


「コホン」と大きく咳払いをする。

「君達が、邪竜に出くわして無事だっただけでも奇跡的な話なんだ、その……、バ……バーベル? は諦めてお家に帰りなさい」

 私は、この頭のおかしい少年とはあまり関わりたくないと思う。


「えっと……、叔父さんは……?」

「私は、ヨーゼフ。ビゼーの魔法使いだ。訳あってこれより山頂に行くところだが、ここは大変危険だ。いますぐお家に帰りなさい」

「僕はエレインです、この子はシャルロット。お願いします。なんとか山頂に行きたいんです!」


 この子達は、自分が何を言っているいのかわかっているのか? ここは、Aランク冒険者でも10名ほどのパーティーが推薦される場所なのだが……。


ん? エルフの少女が、身につけているあの腕輪は……。


 スキル 鑑定


 〝ドルイド族の魔力の腕輪〟

 ──なんと!? あの伝説のレアアイテム……しかも3つも……!?

 さぞや、巧妙の大魔法使いに違いない。もしや賢者が1人とか?


「失礼、お嬢さん。性の名を伺ってもよろしいかな?」

「あっ! はいッ! シャルロット・ハーティーといいます」

 そう名乗った少女は、少年の影に隠れた。


 はて……?、ハーティー、ハーティー……、聞いたことがないな……。

 しかし伝説の魔力の腕輪を3つも所有する程の魔法の使い手なら私も少しは、楽になるかもしれない。


「──まぁ、巧妙な魔法使いがもう1人いるならよかろう……、ここからだと1晩は明かすことになるが構わないかね?」

 私の問いかけに顔を合わせ首を傾げる2人。

「巧妙な魔法使い? はい! 宜しくお願いします」


 更に山奥に進むと、今度はコカトリスに遭遇した。

 顔と足が鳥、体がトカゲ、翼がコウモリの魔物だ。

 魔力を持っていて魔法攻撃や石化攻撃も仕掛けてくる厄介な敵だ……、だが、私の敵ではない。


「──下がりなさい。私一人で十分です」

『氷の刃となり撃ち破らん、フローズン』


 氷の魔法を唱え、地面からコカトリスを氷の刃が突き刺さる。コカトリスは動けない。


「トドメです。我が指先はシリウスの弓となり撃ち砕かん シリウスの矢!」


 指先から火の矢がコカトリスを撃ち抜いた。コカトリスは、息の根を止めた。

 少年が、コカトリスの遺体に近づく。


「おっ! タンパク質、高いな! ヨーゼフさん、これ貰ってもいいですか?」

「かまわないが……。(タンパク質?)」

「コカトリスはビタミンが豊富だと聞いた事がある!」

 何やら少女は、大変嬉しそうである。


「そろそろ、日が暮れますね。ここでキャンプとしましょう……、夜はさすがに危険ですので……」

 私は荷物を下ろした。

「わかりました」

 2人共、その場所に腰を下ろす。

「ちょっと、結界を張ってくるので荷物を頼みますよ」


 私は、魔物避けの結界を張るため周囲をぐるり1周して結界を貼った。

 キャンプ地に戻るとエレイン少年は、焚き火で何かを焼いていていた。


──うん? 私の記憶だと彼は、手ぶらだった気が……、食料なんかもっていたのか?

目を凝らし手元をよく凝視する。


「──てッ、えぇぇぇ──ッ! コ・カ・ト・リ・スッ!!」


 信じられん──、この少年はあろうことにコカトリスを食うつもりらしい。

 思わず私とあろうモノが取り乱してしまった。

 ゾッとする……。


「き、君達は、これを(コカトリス)食べるつもりなのか?」

「はいッ! このサイズでタンパク質が、8万もあるんですよ。ヨーゼフさんの分もありますよ!」

「い、いや……、私は結構だ……(タンパク質ってなんだ?)」

「シャルロットは? どうする?」

 エレイン少年は、少女に問いかけた。

「うーん……、なんか見た目が……、私も大丈夫……」

 少女は苦笑いをしている。


 よ、良かった……、魔物を食べるエルフの少女なんか目も当てられん。


「じゃぁ、僕一人で食べちゃうね。いただきまーす!」

 少年は、おもいっきりかぶり付いた。


 ほ……本当に食べてるよ……。

 どこかの民族か?


 私は信じられなかった。世の中にはこんな野蛮な人間がいる事を……、一体どんな環境で育ってきたのだろうか……。

 さっさとこの任務を終えて、この2人から一刻も早く離れたくなっていたのである。


 食後、エレイン少年は何やら意味のわからない動きをしている。

 這いつくばって起き上がったり、立ち上がってしゃがんだり、寝そべって起きてみたり、理解不能だ……。


「エレインくん……、君はさっきから何をしているのかね?」

 私は思わず聞いた。

「う……んっ……はっ! ……筋トレです!」

「筋トレ?」

「体を鍛えているんです」

「ほぅ」

 なんて底次元の事をしているのだ。到底、理解ができない……。


「やりますか?」

「いや、結構……」

「シャルロットは、どうする?」

「私もやるーッ!」


「じゃぁ、今日はバーベルもダンベルも取られてしまってないから、最高の自重トレーニング【バービートレーニング】をしようッ!」


 ◇◇◇バービー・トレーニング◇◇◇

 ──スクワット、腕立て、ジャンプ動作など複数の運動を組み合わせて連続で行うトレーニング。

 筋力増強効果だけでなく心肺機能の向上など有酸素運動系の要素もある最強の自重トレーニングである。

 立った状態からスタート。素早くしゃがみ込み、両手を地面につける。両脚を同時に後ろに伸ばし、腕立ての姿勢に。

 1度、腕立てを行い、素早く脚を前に戻す。ジャンプして元の姿勢に戻る。これを繰り返す。

 30秒〜60秒で時間を決めた連続で行う。これを三セット繰り返す。

 心拍数、基礎代謝、運動能力向上と素晴らしいメリットが盛り込まれた最強トレーニングだ!

◇◇◇◇◇◇


「はぁ……、はぁ……、ふんっ……、はぁ……」

 2人の少年少女は、息を荒げながらジタバタしている。


 私は、理解不能である……。


 ただ1つ言えるのは、この2人を連れてきて事を物凄く後悔している事と、さっさと任務を終えて帰りたい事である……。


 ────私は、憂鬱である。









 

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