第20話 マッチョの旅々


 美しい透き通るような青空に、茶色の髪をそよ風になびかせて、通り過ぎる誰もが二度見をしてしまい、ため息を溢してしまう程の逞しい大胸筋の持ち主は、誰でしょうか?


「そう──私です(エレイン)」


 今、俺の右脇にはゴブタが、そして左脇にはゴブザエモン、そのちょっとうしろにシャルロット 、そしてその後ろには、里の総勢200のゴブリンが勢揃いで仁王立ちをして控えてる。

 目の前には、大軍のオークの集団が立ちはだかり、

真っ向から対立し睨み合っている。


 今日は、期日の〝決闘〟の日だ。

 里と里の維新をかけて、そして未来の命運をかけて、それぞれの大将を1人だけ選出し、1対1の恨みっこなしの勝負が、火蓋を切って幕を上げようとしている。


『行くぞぉ──! エンジェル達ッ!(ゴブリン)』

 俺は200のゴブリン達に向かって叫んだ。

「「「「オォォォ──ッ!」」」」

 ゴブリン達の白熱のシャウトが響く。

『天使の翼を広げるみたいにッ! 』

「「「「ダブル・バイセップス・バックッ!」」」

 

 俺の号令と共に総勢200のゴブリンが、一斉に掛け声と共に満面の笑みで、ダブル・バイセップス・バックのポージングをとる。

 オーク達に上腕二頭筋と翼の様な広背筋を見せつけた。

 皆、自信に満ち溢れたさわやかな笑顔を漂わす。

 

 シャルロットも細い体で真似をしてポージングをした。

 体をプルプル震わせ頬を膨らませていた。

 まるで小動物みたいで、そこだけは威厳のカケラもない。

 思わず「プッ」と笑ってしまうくらい可愛いらしい。


「な、なんだぁ!? こいつらぁ!」

 オーク達はゴブリンサイドの気迫にビビっている。

 ザワザワと騒めいた。

 

 薮を突いてヘビが出てきたかのような表情……、ではなく、どちらかと言えばUFOに遭遇したかの様な顔だ。


『大精霊の様に神々しく──ッ!』

「「「「アドリミナル・アンド・サイッ!」」」」


 今度は、アドリミナル・アンド・サイのポージングを一斉にとった。

 彫刻の様な6パックの腹筋と鎖かたびらのような大腿四頭筋の筋肉を見せつける。


『押し寄せる津波の様な──!』

「「「「サイド・チェスト──ッ!」」」」


 次にサイド・チェストのポージングでダイナミックな大胸筋の胸チラを満面の笑みで見せつけた。


『はい! ずどぉぉぉぉぉんッ!』

「「「「モストマスキュラ──ッ!!」」」」


 最後に神々しい彫刻のようなエキサイティングな全身の筋肉をモストマスキュラーのポージングで表現し、オーク達を威嚇した。

 

 皆、終始笑顔を崩さない。

 文句なし!

 笑顔まで筋肉!

 

 向こう側は、ざっと見積もると50くらいの人数か? 


「みんなッ、僧帽筋が威嚇しているよー!」

 シャルロットもトドメの声援を贈る。

『ヤァァァァ──ッ!』

 その言葉に感極まって俺は雄叫びを上げた。

 意味はない。

 

 俺の雄叫びを華麗にスルーし、オークの群れをかき分けて代表らしきオークが先頭に現れた。

 オークの中でも際立って大きい。

 自信が纏うオーラからも滲み出ている。


「おうッ! それで大将はどいつだ!? こっちからは俺が行くぜ」

 そのオークは堂々たる仁王立ちで俺達の前に立ちはだかった。

 口元の緩みが余裕を物語る。


 片目に獰猛な魔物に爪で引っ掻かれたかのような3本ラインのキズ、そして胸元には、大きな剣傷がある。

 【450,000/62,000】

 なるほど、オークの中でも歴戦の猛者ってところだろう。

 他のオークよりも約1万前後、タンパク質量が高い。

 だが、問題ない。

 こっちの大将のゴブタ。

 【267,500/74,000】

 笑顔まで筋肉だ。


「アニキ、なんか見かけねぇゴブリンがいるぜ」

 他のオークが大将にそう言った。

「ん? 本当だな……。おい、そこのお前ら誰だ?」

 大将はゴブタとゴブザエモンが、わからないらしい。

「オラが、わからないみたいだなゴブ。オラはゴブタだゴブッ!」

「そして俺は、ゴブザエモンだゴブッ! 」


「なぁ〜にぃ〜ッ!? あのデブゴブタとザコザエモンが進化だと!? 所詮はゴブリンだろ。──なぁ ?」

 大将のオークが仲間のオーク達に声をかける。

「「「ブフッ──わはっはっは」」」

 オーク達が一斉に失笑した。

 しかし、そんな態度にも微動だにせずゴブタは堂々たるや前に踏み出した。

「こっちの大将はオラたゴブ」

 ゴブタに対してヤジと笑いが飛んだ。

 両者お互いに睨み合う。

 今までの臆病なゴブタの姿はそこにはなかった。

 

 ゴブリンサイドは腕を組み沈黙を守っていた。

 里のゴブリン達もゴブタに絶対的な信頼を置いているのが、その姿勢からもわかった。

 ゴブタの勝利を信じ、ゆるぎない自信を確信しているに違いない。


「この旗を下ろしたら決闘の合図だ。ルールは簡単、どちかが3回ダウンさせるか、または戦闘不能にしたら勝ちだ」

 俺は両者の真ん中に入り、ルールの説明をした。

「へっ……、簡単なルールでいいや。殺しても文句、言うじゃねぇぞ? 死んだら言えねぇけどな!」

 オーク達の嫌味な笑いが漂う。

「その言葉、そのままそっくり返すゴブ。もう今までのオラだと思うなゴブよッ!」

 ゴブタは一瞬も目を離さず言い返す。

「生意気だな……。コロス……」


 お互い視線を外さない。

 バチバチに睨み合う。

 まるで大晦日の格闘技を見るようなピリピリした緊張感だ。

 俺は静かに旗を掲げた。


「──レディー…………、ゴォォォォ──ッ!」


 旗を勢いよく下ろす。

 合図と同時にオークが先手を仕掛けた。

 左手でゴブタに目隠しをし殴りかかった。

 

「ゴブッ!?」

 

 ゴブタが予想外の動きだった事を「しまった」と言う表情が物語る。

 すかさず両手でガードをしようとしたが、寸前で間に合わず顔面に拳がクリーンヒット。

 ゴブタの体は勢いよくのけぞった。

 足元に血が数滴、雫の様に落ちる。

 オークはニヤリと笑った。

 まるで勝ちを確信したかの様に見えた。


 そう……。

 今までだったら……。

 今までだったら、これで終わっていただろう。


「油断したゴブね……、オラは全然効いていないゴブよ」

 のけぞっていた体を何事もなかった様に戻す。

「なっにぃ!?」

 オークは驚愕した。


 今までだったら、白目を向いて地面にめり込んでいただろう。

 彼は顔を殴られても倒れる事もなく、松岡◯造バリの暑くるしい笑顔を見せた。


「今度は、こっちの番ゴブよぉぉぉぉーッ!」


 ゴブタは、その身長差を活かして懐に潜り込んだ。

 スクワットで鍛え抜かれた大腿四頭筋は、バネの様にしなやかさを魅せる。

 更に鍛えら抜かれた広背筋を唸らせ渾身の右アッパーがオークの顎を捉えた。

 

【10万馬力パンチ】


 オークの体が浮き上がる。

 顎は見事に跳ね上がった。

「──ッ──ぐぉぉッ!!」

 しかし、オークもまた踏ん張る。

「まだ、倒れないゴブか!? ならッ──!」


 すかさず左手を大きく振りかぶった。

 300キロの重量と皆の思いを乗せた大胸筋から左フックが放たれた。


「まだまだぁー!」

 更に左フックから右フックに繋ぐフックの猛攻。

「ゴブゴブゴブゴブゴブゴブゴブゴブゴブゴブァァァッ!」

 

 オークは白目を剥き膝下から崩れ落ちた。

 トドメにフルスィングの一撃を入れようとした時──、ゴブザエモンがその拳を受け止めて静止した。


 ゴブザエモンはゆっくりと首を横に振った。

 

 オークは仰向けに倒れ込んだ。

 そのまま指1つ動かす事がなかった。


「お前の勝ちゴブ……。オークは気絶してるゴブ……」

「──勝者ッッ! ゴブタァァァーッ!!」

 俺は高々にゴブタの勝ち名乗りを上げた。

「「「「うあああぁぁぁぁ────ッ!!」」」」


 ゴブリン達から拍手と大歓声が上がる。

 皆がゴブタに駆け寄り、胴上げが始まった。


「「「ゴブタッ! ゴブタッ! ゴブタッ!」」」


 巻き起こるゴブタコール。

 オークが目を覚まし起き上がった。

 他のオーク達に、肩を担がれゴブタの前まで来て握手を求めた。


「負けたぜ……。完敗だ」

「お前も、いいパンチだったゴブよ」

 2人は固い握手を結んだ。


「俺の名前は十兵衛。これより俺達オークの里は、お前らゴブリンの里の傘下入る。今まで悪かったな……」


 ここにゴブリンとオークの同盟が成立した。

 今後ゴブリンの里とオークの里に争いは起きないだろう。


「ところで何で、お前たちゴブリンは急にそんなに強くなったんだ?」

「それはゴブね……。せ──のッッ!」

 ゴブタは皆に向かって合図を出した。

「「「筋トレッ!」」」

「筋トレ?」




 ◇◇◇◇◇◇




 それからゴブリンの里とオークの里は合併して〝ディズルの森連盟〟となった。

 今後の方針と大まかな掟は俺が決めさせてもらった。

 

 まず第1に、無闇に人を襲わない事、奪わない事。

 勇者ギリアスの誓いは今後も掟として残す方針だ。

 だが、少しだけ改良させてもらった。

 悪意のある人間により、攻撃された場合は抵抗してもいい事を追加した。

 ただし、殺しはダメだ。

 

 その2、このディズルの森の里に今後もジムを置いて皆でしっかりフィットネスを続ける事。

 ゴブタとゴブザエモンには細かいトレーニング方法を教えて専属のトレーナーになってもらった。

 

 その3、常に清潔である事。

 器具などが汚れて劣化してしまったら大怪我につながってしまう。

 なので、器具も自分も清潔を保つ事。

 マッチョは清潔であれだ。

 

 以上、3条を〝エレインジム第1号店 ディズルの森連盟支部〟の盟約とした。

 異世界初の1号店だ。

 

「よかったねエレイン、はじめてのジムだね」

 シャルロットも嬉しそうに言った。

 オーク達もゴブリン達に教わりながら筋トレをしている。


(これは、暴論かもしれないが……)


 生物の平等という理想郷は、本当にありえるのか?

 残念ながら俺は、転生前も今も、そんな理想的な世界を見たことはなかった……。

 真に平等であったのは、【同じ条件で、同じステージの上で、同じポージングをしている時】その瞬間だけでしかなかった。


 それは、誰もが、同じ体重で、その日付で、その期日で、自分なりの最強に鍛えて来るという条件が揃った場合のみだ。

 そうして初めて、平等で競い合う事が許される。

 つまり平等を主張するには、同じくらいの力がないと成立がしない。


 性別、年齢、関係、地位、力、そのありとあらゆる面で力関係は存在する。

 社会では、パワハラやセクハラが横行し、罪なき学生や社会人がいじめに悩み続けている。

 正社員やアルバイトでも力関係はあるし、上司と部下でも、もちろんその力関係は成立される。


 もっと、言えば親と子供、先生と生徒、常に対等な位置関係は友人にすら真の平等は許されない。

 平等を求める事すら、弱者は許されないのだ。

 平等を主張できるのは、平等を必要としていない強者でしか許されないのが悲しい現実だ。

 

 これはゴブリンとオークの関係でも言えた事だった。

 弱者だったゴブリンが、強者に転じてはじめて対等になれたのだ。

 弱者ばかりに目が向けられガチだが。

 平等を主張するのであれば、〝強者にとっても〟平等でなければならない。

 しかしwin-winのバランスを取るのは別に同じ事で張り合わなくてもいい。


 頭が優れたやつには、肉体で力を主張する。

 地位の高い人間には、その仕事ぶりで主張する。

 友人関係にも自分のスキルや個性で主張する。


 (そんなものは、自分にはない……)もし、そう思う人がいるのなら、俺は片っ端から筋トレを進めたい。


 筋トレというツールは、自分の肉体や精神を強者に導いてくれるスーパーツールなのだ。


 ◇◇◇◇◇◇


「ん──もうちょっと、右がいいかな?」

「このへんかい?」

「ギリアスの像のちょっと右あたり……、そう! そこ!」

「ここでいいゴブか?」

「いいね、いい感じ」


 オーク達は、破壊した【3代目勇者ギリアス像】を作り直してくれた。

 ゴブリン達は、このディズルの森代表として俺の石像を作りたいと言われたが、恥ずかしいので変わりにモストマスキュラーのポージングをしているジェイソン◯ティサムの石像を置いた。


「僕達はもう出るけど、仲良くやるんだよ?」

「色々と世話かけちまったな、エレイン様」

「エレイン様、また立ち寄って下さいゴブね」

「もちろんさ」

「本当に色々ありがとうございました。またいつでもお立ち寄り下さいゴブ!」

 里のみんなが別れの挨拶をしてくれた。

「俺達は、いつでもエレイン様のお戻りをお待ちしていますゴブ」

「ちゃんと筋トレ続けるんだぞー!」

「「「はーい!」」」

「じゃあ、行こうかシャルロット!」

「みんなまたいつかね! バイバーイ」

 シャルロットは大きく手を振った。


 そうして、俺達はディズルの森の里を出発したのだ。


 ──マッチョの旅々は、まだまだ続くのである。

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