第19話 はい!ずどぉぉぉぉぉん!


「み、みんな! 300キロ上がったゴブ! 見てくれたゴブか!?」

 ゴブタは、喜びの感情をあらわにした。

 その姿は、培った自信を表したかのように、その体に変換をもたらしていた。

 

「そ、そんな事よりゴブタくん、その姿は!?」

 初めて魔物の進化を目にした。

 あまりの驚きに祝いの言葉を忘れた。

 ただただの頭の疑問を投げかけるだけだった。

 

「ゴブタさん! 変身しちゃったの!?」

 シャルロットも別人のようになったゴブタに驚いていた。

「ゴ、ゴブタが〝ゴブリンウォーリア〟に進化したゴブ……」

 ゴブザエモンもまるで神にでも出くわしたかのような顔をしていた。

「──ゴブ?」

 ただ1人、ゴブタだけが自分の変化に気付いていなかった。


 ゴブタは己を壁を突き破ったのだ。

 今まで、目を塞いでいた自身の弱さに、自分の嫌いなところに、本当の自分の気持ちに、向き合ったのだ。

 300キロのベンチプレスという成功体験が、自分の殻を突き破った。

 文字通り精神的にも、肉体的にも格段に成長した。


 【267,500/74,000】


 タンパク質の数値もかなり跳ね上がっている。

 これなら並のオークも敵ではないはず。


「ゴブタ、鏡を見るゴブ! お前は進化したゴブ!」

 ゴブザエモンがゴブタの腕を引っ張り立ち上がらせた。

「えぇぇぇ──ッ! こ、これがオラなのかゴブ!?」

 ゴブタは鏡に映る自身の姿に驚き戸惑った。

 そしてその次の瞬間には、感極まっていた。

 

 今までの突き出していたお腹は、影も形もない。

 見事としかいいようがない6パック。

 まるで盾だッ!

 

 大きくアンパンの様に丸みを帯び、まるでケツみたいな大胸筋。

 これぞ、グランドキャニオンッ!

 

 背中に羽が生えたかのように浮き出た広背筋は、まるで翼だ。

 君は、ゴブリンエンジェルッ!

 

 肩に小ちゃいミッドガル城が乗っかっているのかいッッ!(見たことはない)

 1人で2国の君主、三角筋エンペラーッ!

 

 唸り上がる大腿四頭筋は、もはや鎖かたびら。

 ハイッ! すどぉぉぉぉーん!(もはや意味はない)

 

 マシュマロボディから岩石の様に変貌を遂げた。

 君は筋脈を掘り当てた、莫大な筋遺産をもつ筋セレブだ。


「おめでとう!」

 俺はゴブタに握手を求めた。

「ありがとうございますゴブ」

 ゴブタの目がウルウルしていた。

「君は嫌いな自分の殻をぶち破ったんだ。本当に凄い事だよ」

「凄い、凄いよ、ゴブタさん! 頑張ったものね!  ちょっと感動しちゃった……ぐすん……」

 シャルロットの目にもうっすら涙が浮かぶ。

「おめでとうゴブ! 俺はゴブタを信じてたゴブ」

 ゴブザエモンも心の底から喜んでいた。


「「「とんでもねぇー事が起きたゴブッ!」」」


 外から様子を見ていたゴブリン達が、一斉にジムに流れ込んで来た。

 

 こんな事は、前代未聞だった様だ。

 長老のゴーブルまで現れて一瞬で里は大騒ぎになり、お祭り状態だ。


「うわぁぁぁ──! ご、ゴブタがこんなに逞しくなっちまってぇぇぇ──! 」

「こりゃぁ、たまげたー!」

「す、すげーぞゴブ!? 信じらんねぇーぞゴブ!?」

「で、伝説のゴブリンウォーリアじゃね〜かゴブ!」

「ゴブタ、サインくれゴブ!」

「オラも、オラもッ!」

「お、おい! 押すなゴブ、俺が先ゴブ」

「邪魔ゴブよ!」

 ゴブタは囲まれてもてはやされていた。

 皆が我先にも揉みくちゃになる。

 

「──ちょっと、みんな落ち着くゴブよ。順番に、順番に!」

 ゴブタは人気ぶりに慌てフタめいていた。


 その様子を見ていたゴブザエモンは終始黙って見つめていた。

 今までゴブタをバカにしてきた里のゴブリン達が、調子よくて腹をたてている様に感じた。

 何となくだが、そんな気がしたのだ。

 しかしこれはゴブタが同時に己の努力を証明した瞬間でもある。

 ゴブタはゴブタの結果を、成果を出した。


 ところで物事が毎日同じことの繰り返しなどで興味が薄れていったり、マンネリ化していく事を悩んだ事はないか?

 きっと誰もが、そんな経験をしているはずだ。


 いつも通る道をいつもと同じ道、同じ時間、同じ状況で通るとやっぱり、ただのいつも通りの道でしかない。


 ちょっとした視点の角度を変えて見る。

 それが、自分からは中々できないモノで……。

 しかし、視点の変化は突如として外から、もたらされたりもする。

 

 違う道から迷っていつもの道に出たり、朝通る道を夜通ってみたり、いつもは一緒にいない人とその道を通ったり、少しだけ何か違ったりして。

 いつもの道が一瞬、違う景色に見えたりする事がないか?


 〝入口からではなく出口から入ると同じ道だったはずなのに、見る視点が大きく変わる〟自分がまるで違う場所にいるかの様な錯覚を引き起こす。

 これは、どんな物事にも通じる。


 いつもと同じ事をやっているが、違う目標ができたり、憧れの人物の影響や、目標や夢とか。

 あとは、ほんの小さい変化でも言える。

 

 新しい服を着てみたり、新しい道具を新調したり、新しい友達ができたり、違う味のプロテインを買ってみたり、ローディングのいらないクレアチンに変えてみたり、アミノ酸を追加してみたり、新しい筋トレ器具が追加されたり、ジムに超絶美人が加入したり、ちょっとした変化が新しい視点をもたらす。


 結果を出したゴブタは、今まさにゴブリンの里にそのキッカケを与えたのだ。

 

(ゴブタみたいになりたい!)

(ゴブタでも、できるんだ!)

(ゴブタに負けていられない)

(自分にもできるんじゃないか?)

 憧れや嫉妬が、彼らにキッカケを与える。

 

 そうするとどうなるか……?


「「こうしちゃいられねぇ──!」」

「「オラも筋トレやるゴブ!」」

「オラも負けていらねぇ──!」

「「「オラも!」」」

「俺も!」

「ワシもじゃ!」

「「「筋トレするぞぉぉぉぉ──!!」」」

「「「オォォォ──ッ! 」」」


 ──と、皆の起爆剤になる。

 〝心を動かすのは結果〟だ。

 その結果がもたした現象が、今まで見向きもされなかった、〝ただの過程〟から〝心を響かす過程〟に昇華させた。


 里のみんなが再び筋トレに感情を燃やす。

 また一眼となってジムは大賑わいになった。

 ゴブタは落ちこぼれから、みんなのスーパースターに駆け上った。


「さぁー! みんなッ、今週末が勝負の時だ。オーク達を見返してやろう」

 俺は声を張り上げ喝を入れた。

「「「オォォォ──ッ! 」」」

 ジム内にみんなの気合いが響いた。


 ん? ゴブザエモンがいない。

 帰ったのだろうか?


 気づいた時には、ゴブザエモンの姿はジムにはなかった。

 そしてそのまま大勢のゴブリン達が、ゴブタを目指してトレーニングに励んだ。


 翌朝、俺は日が顔出さないうちの真夜中のジムに向かった。

 他の人がいないジムは気を使わなくていい。

 順番待ちもない。

 好きなメニューを組める。

 順番も気にしないでトレーニングに集中できる。


 あれ? 俺より早い時間にもう誰かいる?

 ジムに入ると俺よりも早くゴブザエモンが、すでにトレーニングをしていた。

 汗だくになりベンチペレスをしていた。

 

「おはよう、ゴブザエモンくん」

 インターバルの合間を見て話しかけた。

「おはようございますゴブ」


 セットの間に話かけて集中を切れさせてしまうのは俺の中では〝もはや犯罪だ〟


 気のせいか?

 心なしかゴブザエモンの表情が暗く見える。

 何かあったのだろうか?

 

 いつもは、もう1つ2つ下らない話をするのだけど……。

 何も言わず筋トレに戻った。

 焦りを感じる。

 トレーニング内容が少しオーバーワークに見える。


「少し無理しすぎなんじゃないかい?」

 俺はゴブザエモンが心配になった。

「大丈夫ゴブよ。俺も頑張らないと置いていかれちゃうゴブ。さぁ、あと二セット頑張るゴブよッ!」


 そう言って彼がインクラインベンチを始めた時に事件は起きた。

 突然、床に金属が叩きつけられる音がジム内に響いた。

 大きな音と共にバーベルが落下した。

 ゴブザエモンの体が、ひっくり返ってしまいベンチシートから転落した。

「ゴブザエモンくん!?」

 俺はすぐさまゴブザエモンの元に駆け付けた。


「大丈夫かい? ケガはない!?」

「……すいませんゴブ、大丈夫ゴブ」

 幸い怪我はなさそうだ。

「今日はもう休んだ方がいい。どう見てもオーバーワークだ。これ以上はケガをするよ」

「大丈夫ゴブ、もうちょっと……、あと2セットだけゴブ」

 ゴブザエモンは聞く耳を持たず、筋トレに戻ろうとする。

「やめないかッ!」

 俺は強く静止した。

 

 どう見てもこれ以上のトレーニングは、危険だった……。

 ウェイト器具は、落としたり、ぶつけたり、打ち所が悪ければ死だってありえる。

 無理じゃない範囲で無理をする。

 コンディションに気をつけて自分で自分をコントロールする術を身につけなくてはならない。

 ケガをしてしまっては元も子もない。

 一時の無理で半年間のケガをしたら本末転倒だ。


「も、もう少しだけゴブ……」

「君は、なにをそんなに焦っているんだ?」

 俺の言葉にゴブザエモンは俯いた。

「俺は……、自分が情けないゴブ……」

「そんな事はないよ」

「いえ、エレイン様……。俺は最低なゴブリンゴブ」

「何をそんなに責めているんだい?」

「あれだけゴブタを応援してきて、ゴブタを守ってきて、でもいざゴブタがゴブリンウォーリアになるのを見て嫉妬したゴブ……」

「嫉妬……」

「間違いなくゴブタは親友ゴブ。なのに、俺は悔しくて堪らなかったゴブ……」

「その気持ちはわかるよ」

「お、俺は大切な仲間の成長を喜べなかった自分が、情けないゴブ」


 彼の暗い表情の理由を理解した。

 気持ちはわかる。

 自分が、取り残されていく感覚。

 なのにゴブザエモンの凄い。

 普通ならば目を塞いで見て見ぬ振りをしたい自分の本当の姿を直視し、変わろうと努力している。


「君は、凄いな……。だいたいの人が、受け入れられない自分の姿をしっかりと受け止めて、変わろうとしている」

 ゴブザエモンは黙って俯いている。

「普通は嫌な自分を受け入れられず、捻くれてしまったりしちゃうものさ。そこが1番の問題なのに他の問題にすり替えてしまう。嫉妬は、怖いんだ。人を変えてしまう程に……」

「俺は情け無いゴブ……」

「いや、君は逃げなかった。それを誇って欲しい。君は君でいいんだ」

「俺は俺のままでいいゴブか?」

「そうだよ。ありのまま受け入れて今の自分が底だと思うなら……、もう上に上がるだけだよ」

 ゴブザエモンは俯いた顔を上げた。

 その目には、悲しみの表情は消えていた。

「誰もが、1度は自分に負けなければ自分がわからないものなんだ。負けた事のないやつの自信なんてものは、根拠がなくて脆いんだよ。自分の底を知ってようやく底からコツコツ積み上げた自信は絶対に揺るがない」

「俺は……やっとスタートに立ったのかもしれないゴブね」

「精神マッチョのゴブザエモンに足りないのは、栄養と休息さ。今は、栄養をとってゆっくり休む事だよ」

「わかりましたゴブ、なんだか少しラクになったゴブ」


 ゴブザエモンは丁寧に頭を下げた。

 そうしてジムを出た。

 俺もトレーニングを切り上げた。

 着替えている時にすごく眩しい光を感じた気がした。

 その後、彼を見送るために俺はジムの外に出た。


 遠くから見た彼の後ろ姿は、自分の本心を乗り越えて少し大きくなったような気がした。

 ん? 気が──いや──!?


 えぇぇぇぇぇぇぇ────ッ!?


「気のせいじゃなかった! ゴブザエモンは〝ゴブリンウォーリア〟に進化してんじゃん!?」


 ゴブザエモン クラス/ゴブリン・ウォーリア

【142,000/72,000】

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