第18話 ゴブリン・ウォーリア


 ゴブリンジムに皆が来なくなってしまってから6日間が過ぎた。

 この6日間、ゴブタとゴブザエモン以外のゴブリンは誰1人としてジムを訪れて来ることはなかった……。


 俺は早朝、誰もいないジムで必殺技を考案しながらトレーニングをしていた。

 この時間帯には誰も来ないので広々と使える。

 しかし、今日は珍しくこの時間帯にトレーニーが来た。

 誰かな?

 

「おはようございますゴブ」

ジムの中にゴブザエモンが入ってきた。

「珍しいね、こんな早朝に」

「エレイン様は、いつもこんな早いんですかゴブ?」

「うん。僕は朝やる派なんだ」

 俺は鏡を見ながら左右に揺れていた。

「なるほどゴブ……えっと……、さっきから右へ左へ体を振ってますが、何にしてるんですゴブ?」

 俺のトレーニングを不思議がる。

「あぁ、これはちょっとね……気にしないで──、あはははっ!」

「は、はいゴブ」

 ゴブザエモンは、納得いかなそうな顔をしながら準備運動を始めた。

 

 肩回りが随分と大きくなったな……。

 ステータスを確認すると。

 

【115,000/22,000】

 

 タンパク質量が高くなっている。

 思っていた以上に魔物の成長は早い。

 この調子ならゴブザエモンは、目標値までたどり着くかもしれない。


「今日はゴブタくんは一緒じゃないのかい?」

「ゴブタは寝坊助ゴブから……、今日から俺はエレイン様みたいに1日2回にしようと思ってゴブ」

 ほぉ……、いい心掛けだ。

「それはおすすめだ。ダブルスプリットだね」

「だぶるすぷりっとゴブ?」


 ◇◇◇ダブルスプリット◇◇◇

 ダブルスプリットは午前と午後に時間を分けて行う筋トレ法で、時間によってそれぞれ違う部位を鍛えれば筋肥大に効果的とされる。

 ここでは、そのメリットとデメリットについて解説しよう。

 

 メリット1、筋肉がつく状態を作りやすい。

 筋トレを行った後は、筋タンパクの合成が促され、筋肉が増やしやすい状態だ。

 午前午後と2回に分けてトレーニングすれば、1回のトレーニングの時よりも、タンパク質の合成が促されやすくなる。

 メリット2、2回に分ける事で高い集中力を保持したままトレーニングができる。


 デメリット1、オーバーワーク。

 2回筋トレをするということは、単純計算で1回の時よりも疲労が2倍。疲労が溜まりやすい。

 疲労した状態でトレーニングを続けると、パフォーマンスの低下、フォームの乱れから怪我の心配も出てしまう。

 特に1回目でガッツリ鍛えると、2回目の時にはかなり疲労した状態に。負荷や回数、時間を調整しつつ筋トレする必要がある。


 デメリット2、カボリック。

  筋肉の分解が優位になる場合がある。

 筋肉が分解されてしまい、筋肉量が落ちてしまう現象を「カタボリック」と言う。日頃から筋トレを行っている人なら避けたい現象だ。

 自分のコンディションをコントロールして上手に取り入れよう。

 ◇◇◇◇◇◇


 そうしてゴブザエモンは、追い込むメニュー決めて、デットリフト 、チンニング、ワンハンドローイング、バックエクステンションとメニューを組んで背中を追い込んでいた。


「いいセットを組んでいるね。もう1種目いいメニューがあるんだ、ベントオーバーローイングっていうんだけど、どうだい?」


「べんとおーばーろーいんぐ……ですかゴブ?」


 ◇◇◇ベントオーバーローイング◇◇◇

  足は肩幅に開き、手幅は、外ももから指2本分ほど外したところで両手を構える。軽くお尻を出して腰を45度曲げる。

 背中が丸まってしまわないようお尻から首まで緊張させ、顔は斜め前を向ける。

 そしてその体制のままバーベルを引いてゆっくり降ろす。

 8回〜10回を3セットする。

 広背筋しっかり寄せて、筋肉の緊張を緩めずに行う。

 肩が上がり安いので下げたままを意識しないと効果は半減だから注意しよう。

 おもに広背筋にドンピシャに効いてくるがあげる角度を変えれば僧帽筋にも効く素晴らしい背中のトレーニングだ!

 ◇◇◇◇◇◇


「これはすごく背中に来るゴブね。デットリフトと同じくらい広背筋にくるゴブ〜」

「デットリフトのように腰を痛めやすくケガしやすいからアルミラージの毛皮(パワーベルト)をきつく腰に巻いてやるといいよ」

「はいゴブ!」


 その後、俺とゴブザエモンはトレーニングを終えてジムを出た。

 里のゴブリン達は起床していて、それぞれの生活の準備をしていた。


「やぁ! エレイン様、ゴブザエモン。 トレーニング帰りかい?」

「あら〜? ゴブタはどうしたゴブ? やっぱりゴブタはダメゴブか? ──あははは!」

「やっぱり、この里はゴブザエモンに守ってもらうしかないゴブな! ──はははは!」


 俺達を見ると通り過ぎるゴブリンの住民達は、激励と挨拶を交えて話かけてきてくれる。

 ゴブザエモンは黙って歩き、皆の前を通り過ぎて行く。

 

 きっと複雑な気持ちなのだろう。

 怒り、呆れ、虚しさ、色々と複雑な気持ちが絡み合っているのが表情からもよく汲みとれる。

 友達を馬鹿にされるのは誰でも気持ち良くない。 彼はやはり戦士だ……。我慢強い。


 話を早めに切り上げてそんなゴブザエモンについて行くと前方から、シャルロットとゴブタが歩いてくるのが見えた。


「あっ! エレイン様〜!」

「エレイン、ゴブザエモンさん、おはよう!」

 ゴブタとシャルロットが手を振り、こちらへ歩いてくる。

 

 ゴブタのステータスを確認。

 【270,300/17,500】

 思ったよりしっかりとタンパク質量を上げて来ている。

 皆が離れていって一時はモチベーションを心配していたが大丈夫そうだ。


「おはよう! ゴブタくん、シャルロット。ゴブタくんは今からジムかい?」

「はいゴブ。ゴブザエモンは、もうやってきたのかゴブ!?」

「俺はエレイン様ともう終えたところゴブ。ゴブタもしっかりやれよゴブ!」

「最近、ちょっと痩せてきたのが自分でもわかるゴブ〜」


 自分の見た目が自分でわかるほど変わる事は本当に嬉しい。この調子で頑張って欲しい。


「寝坊助ゴブタ。ゴブザエモン見習えよ! ──あっはははは」

 ゴブタを見つけた住民達は、いつものようにゴブタをいじり倒す。


「やっぱり、里の未来はゴブザエモンじゃなきゃ任せてらんねーなゴブ! ──あははは!」

「本当ゴブ〜! ──あっははははは!」

 ゴブタは恥ずかしそうに頭を掻く。

「えへへへ……」

 

 里のゴブリン達にとってゴブタのキャラはいわゆるイジられだ。皆から愛されてこんな感じに頻繁にからかわれている。

 その様子を見てゴブザエモンは、そそくさと行ってしまった。きっと嫌な気分だったのだろう。


「ゴブタくんは、今日は胸かな?」

「そうゴブ! きっと頑張っていれば里の皆んなもやる気になって戻ってくるゴブ! 頑張るゴブ〜!」 ゴブタは肩をぐるぐる回してジムに向かった。

 俺は少し不安になった。

「──エレイン?」

 シャルロットが俺の表情に気付き顔を覗き込む。

「ううん。なんでもない」


 そうして5週目の最後の週を向かえた。

 結局、その後もゴブタとゴブザエモン以外のゴブリンは来なかった。

 差し入れや応援はしてくれたものの誰もトレーニングに参加する者はいなかった。


『──ッなんでだゴブ!? ──どうしてだゴブ!? なんで里のみんなは一緒にやろうとしないゴブ! オラ達こんなに頑張っているのに!』

 ゴブタが珍しく地団駄を踏んで怒っていた。

「落ち着けゴブタ」

 宥めるゴブザエモン。

「俺達だけでもしっかりやればいいゴブ。決闘はゴブタ、お前がやるんだゴブ。お前がそんな気持ちでどうするゴブ!」

「──ッ、そんなのわかってるゴブよ!」

 ゴブザエモンの腕を払い除ける。

「でも、最初は里みんなでやっていたゴブ! なんでみんな他人事なんだゴブ! これは里の命運をわけるほど大切な事なんだゴブ!」


 いつもヘラヘラしているゴブタが感情のままに喚き散らしている。

 ゴブタの気持ちはわかるが、それが心というものなのだ……。

 1度離れてしまった心というものはそういう物なのだ……。

 

 何事も他人に期待してはならない。

 目標に前進するためには、この気持ちが大切だ。

 いつだって踏み出すのは自分の足で、新しいページを捲るのも自分の手なのだ。


『オラ達はこんなに頑張ってるんだゴブ! もうすぐ決闘なんだゴブ! 里みんなで一眼にならないとダメなんだゴブ!』

 ゴブタが全身で怒りを表し怒り狂う。

「ゴブタ……」

 ゴブザエモンは立ち尽くした。

「ゴブタくん!」

 黙っていたが俺は口を挟む事にした。

「情に訴えかけるな! 結果で見せろ!」

「エレインさま……」

「君は努力を評価されたいのかい? 結果を出したいのかい? どっちなんだ?」

「オ……オラは……」

 ゴブタは質問の答えに戸惑う。

 

「同情なんかじゃ心は動かない。動いたとしてもそんなのは一時でしかない。心を動かしたいのなら、結果を出すんだ!」

「結果……、でも……ゴブ」

「過程は結果が出て初めて評価される。悲しいけど過程がどんなによくても結果がなければ評価はされないんだよ。努力が報われる事を結果で見せるだ。自分のヒーローになれたのなら、次は誰かのヒーローになれ!」


 悲しいがそれが現実だ……。

 希望や憧れを抱かせるのに報われなかった過程を見せて自分もそうなりたいと思うはずがない。

 人の心を動かすためには結果を残して、その人のヒーローになる事だ。

 誤解しないで欲しいのは結果とは勝利する事だけではない。試合をして負けた選手でも人の心は動かせる。

 だけど、それはそ前提条件がある。

 その人がヒーローでなければならないのだ。

 すでに結果を残したヒーローでしか〝負けたという結果すら残せない〟1度も結果を残せない敗者は、ただの敗者でしかない。


「エレイン様の言う通りゴブね。オラはこんな自分を変えなきゃいけないんだゴブ!」


 【273,000/34,000】

 今のゴブタのタンパク質量は3万を超えた。

 これなら彼自身の壁を突破できるかもしれない!


「──よし、ゴブタくん。今日はベンチプレス300キロに挑戦しよう」

 俺は唐突に試練を与える事にした。

「さ、さん、300キロゴブかぁ〜!? む、無理ゴブよ!?」

「いや、僕の見立てでは1回は上げられるはずだ。やろう! そして変わるんだ。自分を超えよう!」

「でも……」

「君は変わりたいのだろ? いつ変わるつもりなんだい?」

 俺の言葉に迷いの顔を見せる。

「変わりたいゴブ……」

「自分を変えられるのは自分だけだ」

「わ、わかりましたゴブ」

 ゴブタは生唾を飲み、ベンチ台に横になった。

「よし!」

 俺はバーベルに300キロのプレートをセットした。ゴブタは深く息を吸い込み、呼吸を整えて集中し始めた。


「さぁ、行こう! 上げるんだ! レッツ トライ レップス!」

 俺は開始の合図を促した。

「──ッ──う……うぅぅーん…はぁはぁはぁ──」合図と共にゴブタがバーベルを持ち上げようと四苦八苦している。

 

「ふん!」

 上がらない。

「うー」

 ジタバタしてる。

「…………あぁ」

 諦めてしまった。

「や、やっぱり無理ゴブよ〜」

 ゴブタはベンチ台から逃げようとした。


「変わりたいんだろ? 今がその時だ。自分と向き合うんだ。君はそのままでいいのか? 本当は変わりたいと思っているくらい今の自分が嫌なのだろう。周りを気にして、自分を気にして、自分を諦めて、そんな自分を変えたいじゃないのかい? 君が君を諦めたら君はずっと変われない。変わるという事は自分を乗り越えて行く事なんだ。簡単じゃない、誰だって逃げたい。けど立ち向かおうとしている君を君が信じてあげないでどうする!」

 

 ゴブタは深く突き刺さったのか、俯いてしまった。

「本当にそうゴブね……変わりたいんだゴブ……」


 オラは……、オラは、本当はずっと嫌だったゴブ……。みんなにからかわれたり、みんなから馬鹿にされたり、みんなから「やっぱりゴブタはゴブタだ」なんて誰にも期待されない事が……。

 本当はずっとずっと嫌だったゴブ。

 悔しかったんだゴブ……。

 それなのに変われない自分の言い訳をずっと並べてきて、いつのまにか平気なふりをするようになったんだゴブ。

 負けてや悔しくなりたくなくて、ずっと競う事から逃げてきたゴブ。

 ヘラヘラ笑って変わりたい自分を誤魔化してきたゴブ……、ヘラヘラして本当の自分の気持ちを見て見ぬふりして来たゴブ。

 本当は気づいていたんだゴブ。

 自分の気持ちに……。

 でも、気づかないふりをしてきたゴブ。

 なんで? 怖かったんだゴブ……変わろうとして挑戦して変われなかった時の事を考えたら、もし変われなかったら、それを認めたら、オラがオラを見放す事が。


「あぁ……オラは……、オラは……本当はずっと悔しかったゴブね……ずっと我慢していたゴブね……うぅぅ…」

 ゴブタの目から涙が溢れた。

「ゴブタ……」

 ゴブザエモンがグッと拳をにぎしめた。

 シャルロットが優しくゴブタの肩に手を置いた。

「失敗しても大丈夫だよ。次はもっと上手に失敗して、一歩一歩成功に向かえばいいんだよ。失敗は経験だから失敗じゃないと思うの、私なんかいつも失敗ばかり」

 ゴブタが頷く。

「そうゴブね……そうだゴブ……、だからオラは筋トレを続けてきたんだゴブ。変われる気がしたゴブ……。この挑戦する自分が好きだから──!」

 俺はゴブタの熱い気持ちを感じ服を脱いだ。

『さぁ行こう! 君の筋肉は行きたがっているはずだ! レッツ トライ レップス!』

 ゴブタが深呼吸をした。

『うぉぉぉぉーーぉぉぉぉぉぉぉッ! 』

 再びバーベルを持ち上げようとする。

 足をしっかり踏みしめ、手をプルプル言わせている。

 手首の関節は限界と叫んでいる。手首は重さに耐えかね外側に反り返る。

 顔を真っ赤にして歯を食いしばる。

『おおおおおお──ッおおおお──! 負けないゴブ──!』


 オラは変わるんだッ! 本当はずっと悔しいかったことを誤魔化してきた大嫌いな自分を、大好きになりたいんだゴブ!


『おおおおおおッ──!』

 ゴブタの悲痛な叫びがジムに響き渡る。


「あッ!」

 シャルロットが驚き口を塞いだ。

「「おおぉ!」」


 ───ついに気合いと共にトップへバーベルが持ちあがった。

 彼は上げたのだ。

 無理だと言っていた300キロを。

 

 その時、突然ゴブタの体から凄まじい光が溢れ出した。

「「「うぁぁぁぁー」」」

「な、なんだこの光は!?」

 辺り一面、落雷が落ちたかのように真っ白になる。

「ま、まぶしいゴブ!?」

「キャッ──!」

 俺達は目を塞いだ。

 な、なんだこの神々しい光は!? 


 ジムの中はゴブタから溢れた強い光で目も開けてはいられない……。

 何が起きているんだ!?

 視界がようやく薄っすらと見えた時、ゴブタの影がうっすら見えた。

 心なしかちょっと大きく見える……。

 

 【260,000/62,000】

  ん? タンパク質が膨れあがっている。

  よく見ると体が全然違う。

  太っていたお腹が引き締まり、大胸筋は山脈のように突き出し、腕は丸太のように太い。

  かつてのゴブタより3倍程、フレームが大きくなっている。


「ゴ、ゴブタ……お、お前!?」

「ゴ、ゴブタくん!? その姿は!?」

「ゴブタさん! 凄いッ! 凄いッ!」

 俺達はゴブタの姿の変貌ぶりに驚愕した。

 

「見てくれたゴブか! オラ300キロ上げたゴブよ!」

 ゴブタは嬉しそうにこちらを見た。

「そ、それも凄いゴブけど……そうじゃないゴブ」 ゴブザエモンが声を詰まらせた。

 ゴブタが首を傾げた。


「お、お前あの【ゴブリンウォーリア】に進化したゴブッ!」

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