第17話 死ぬ気でやるなよ死んじゃうから


「ナイスだ! ゴブタくん、ゴブザエモンくん!」

「60だゴブ、ふん! ふん! おおおお!」

 ゴブタは、ベンチプレスを60キロの重量でこなしていた。その横でゴブザエモンは、80キロのスクワットを黙々とこなしている。

 ゴブリンの里、皆で作ったゴブリンのジム。

 初めて見る筋トレというコンテンツに里のみんなは盛り上がっていた。


 はじめて見る事、体験する事は刺激的で新鮮だ。

 10キロダンベルで鍛える者からベンチプレスやパワーラックで鍛える者、腕立てや懸垂で自重をやる者。皆それぞれ楽しんで筋トレに触れていた。

 

 みんな笑顔でフィットネスをしている。

 転生前のジムの様な光景に俺は感動している。

「エニタイムゴブリンフィットネス……」


 ゴブリンの平均身長は100センチ前後だ。

 ゴブザエモンが80キロのスクワットができる事も、ゴブタが60キロでベンチプレスができる事も正直驚いていた。

 この子供の様な骨格で、最初からその重量でトレーニングができるのは凄い事だ。

 

 転生前の現代社会で、一般的に筋トレをしたことがない、身長170センチ前後、体重が60キロ前後の平均値の男性は、ベンチプレス40キロも持ち上がらない人が多い。


「2人共すごいよ。最初からその重量を持てるなんて凄い事だ!」

「もっと、もっと頑張るゴブッ!」

 ゴブタがガッツポーズで心意気を見せる。

「エレイン様は、どうして筋トレを始めたんだゴブ? こんな文化は知らないゴブ」

「始まりはオーガ……、僕はオーガになりたかったんだ」

「オーガ!? あのオーガゴブか!?(あの超凶悪な鬼の魔物!? )」

「あぁ、僕はオーガに憧れているんだ今でもね」

「エレイン様は、オーガより強いと思うゴブよ……」

「そんな滅相もないよ。まだまだだ……」

「オーガは確かに凶悪ゴブけど、エレイン様より強いオーガがいるとは世界は広いゴブね」


 地上最強の生物 範馬勇◯郎。

 またの名をオーガ。

 僕は彼になりたかった。


 ゴブリンジムのスタートは好調だった。

 シャルロットも腹筋をしたりプランクをしたり、今日はお腹周りを鍛えている。

 その横で鼻血を垂らしているエロゴブリン達。

 彼らは瞬きする事なく目を乾燥させていた。


「オーバーワークは禁物だ。1日2部位に分けてやろう。今日は胸と腕とか、今日は背中と肩とか、そんな感じで種目を分けてやろう」


 1度の筋トレで全身を鍛える事は実は非効率だ。

 筋トレにおいて効率は大切だ。

 決して筋トレはただやればいい訳ではない。

 デカくなるには明確なロジックとハートが必要だ。

 何をもって効率なのか?

 第1に念頭に入れるべきは継続ができる事。

 決して毎日じゃなくてもいい。

 

 毎日でも、3日に1回でも、自分で決めた回数を必ずこなす。

 つまりハートの部分は、自分に無理なくちょうど良いスパンと目標を決める事、これが大前提だ。

 いきなり無理難題や無謀な目標は、逃げる言い訳を作り出しやすい。

 志しは高く保つべきだと言う人も、もちろんいる。

 しかし、それをこなせる人はある前提が必要不可欠だ。

 もし「俺はできる」と一方的にできない人を見下す人がいたならば、それは大間違いだ。

 

 まず持続できる事自体が〝特殊な環境下〟である事を忘れてはいけない。

 人はそれぞれ色んな事柄や環境が複雑に絡み合って生活をする。

 持続できる人や結果を残せる人は、本人の努力も無論あるが〝たまたま努力できる環境下〟である事を忘れちゃいけない。

 

 生きている上で人だろうが、魔物だろうが、ありとあらゆる事情で、行動を起こす事が困難な人々もいる。

 自分のせいだと責めるのは簡単だが、まず周りの環境が行動を起こす事に適してるかをよく見た方がいい。

 自分に厳しくし続けるという事は大変な事だ。誰だって休みたいし、甘えたい時はある。

 その上で環境が適しいなかったら最悪だ。

 適した環境に変えられるのであれば、それが最優先だ。

 

 気合いや根性はトレーニングの時にだけ発揮すればいい。その他で発揮する者じゃない。

 やらなきゃいけない事や守らなきゃ行けない事もある。そこをしっかりと見極め少しづつ積み重ていく。


 そして次にトレーニングに波を作らない。

 例えば、今日は凄く調子がいいからやれるとこまでやろう! とか、少し無理ができそうだからもう少し頑張ってしまうような時がある。

 普段は2時間のトレーニングなのに今日は調子がいいから3時間やるとか、いつもは3セットなのに今日は10セットやるとか。

 これはいい事に思うかもしれないが、実はこれが罠だったりする。

 今日、もしくは今週、無理して決めた以上の事を続けて行くと疲れてしまった時にモチベーションが戻らない。〝燃え尽き症候群〟という現象が起きる。


 調子の波で次の週は疲れてやる気がなくなりダラダラやってしまうとか、最悪は休んでしまうとか。

 1週間、筋トレをしても、1週間休んでしまったら本末転倒だ。

 また波に乗るトレーニングに慣れてしまうと調子が悪い時に最低限のトレーニングもこなせないなどのムラが出てきてしまう。


 アスリートに限らず、夢や目標に向かう人達はモチベーションの上げ方を気にする人が多い。〝どうやったら高いモチベーションを維持できるか〟とか〝どうしたらモチベーションを上げられるか〟とか。

 そんな魔法があると思っている人が多い。


 断言しよう!

 そんな魔法はありえない。

 誰もが1番の敵は自分自信だからだ。

 誰だってモチベーションは下がる。

 残念ながら上げる魔法や高いモチベーションキープする魔法はない。


 大切なのは〝そんな魔法がないと言う事を受け入れる〟。

 そして〝それ以上、モチベーションが下がらない努力をする〟という事のみだ。

 無理矢理ジムに行くなり、無理矢理勉強するなり、とにかく動かすしかない。行動を起こす事でしか前には進まない。足掻くしかないのだ。


 だから黙々とこなす為にはその時の調子に振り回されないように勤める事が、大前提だ。

 まるでロボットのように黙々と感情を押し殺す。

 それができるようになってはじめて効率が生まれる。

 

「はーい! みんな2時間経過したから休もうー!」

「エレイン様、オラもうちょっとやるゴブ!」

 ゴブタが波に乗ろうとしている。

「ダメダメ。これ以上はケガの元だ。焦らない、休む事も必要なメニューだよ」


 筋トレは筋肉の発達のきっかけに過ぎない。

 筋トレだけしていたらデカくなる訳ではない。

 〝筋トレをして、栄養をとって、しっかり休む〟この3セットが揃って筋肉は成長する。

 どれか1つでも欠けてしまうと成長の妨げになる。


 とこで、魔物には筋肉痛はあるのだろうか?

 筋肉痛は、回復に48時間〜72時間かかると言われている。

 これは賛否あるが筋肉痛時の筋トレは回復するまでやるのはおすすめできない。


 理由は3つ。

 筋肉は回復後に強くなるので回復してからトレーニングするのが効率的。

 そしてもう1つはダメージによる痛みでフルパワーが発揮できない。筋繊維や関節がダメージで固まっているので可動域が狭くなり非効率。

 3つ目はやはり筋肉の疲労によるケガだ。

 やっぱり何事も無理はよくない。俺の合言葉は【死ぬ気でやるなよ、死んじゃうから】だ。


 筋トレをして普段から心身鍛えているような精神力を持っている人間が、死ぬ気で物事に取り組むと本当に死ぬ、現に俺は死ぬ気で減量して餓死している。


 これはアスリートだけではなく、責任感の強い人間、自己犠牲が強い人間、仕事が好きで好き仕方ない人間、いろいろなところにプロ気質は存在する。そういった人間にも広く当てはまる。

 

 常に己の体力、精神を過信しない事だ。

 自分を労われない奴が、他人も労われるはずがない。

 成長したいなら自分にも他人にも気を配れる人間を目指す事だ。


 これが目標や夢を達成するためのプランを継続するための秘訣。

 成功者の口を揃えて言う「コツコツ地道に」は、こういった意味合いが混ざっている。


「今日は初日だし、皆しっかり栄養とって、しっかり休む事!」


「「「はーい!」」」


 ──そうして着々と1週間が過ぎて行った。


 ゴブタ【293,000/12,080】

 ゴブザエモン【100,020/19,000】


 2人共、着々とタンパク質量が上がって来ている。

 どうやら魔物には筋肉痛はないらしい。

 とても効率的な体だ、羨ましい……!

 

 ゴブリン達は6日間、毎日かかさず筋トレを続けてきた。

 胸と腕の日、背中と肩の日、足と腹の日。

 各部位ニ箇所に分けて1週間で2周のサイクルと丸1日なにもしない休息日を設けた。


「さぁ! 今日もオラ達、頑張るゴブよぉ〜!」

「俺は今日はデットリフトをやるゴブ」

 ゴブザエモンは屈伸運動をしながらアップをしていた。

「みんな頑張ってね!」

 シャルロットも声援を贈る。


「いやー、なんかゴフロクも腕太くなったゴブねー!」

「ゴブゴブ。ちょっと痩せたゴブか?」

「筋トレするとよく寝れるゴブよ〜」

 ジム内のゴブリン達も体を褒め合っている。


 みんな毎日毎日、切磋琢磨し合っている。

 筋トレに慣れてきた証拠だ。

 しかし、慣れは怖い。

 緊張感をなくすとフッと嘘みたいに状況が変化する。


 ──突如、金属が激しく叩きつけられた音が響く。


  誰かがバーベルを落とした。

「大丈夫かい?」

 俺はバーベルを落としたゴブリンに近づき支えた。

「いや〜ダメだ〜。やっぱりオラには向いてないゴブよ。オラは今日はやめとくゴブ〜」

 賢明な判断だ。

 集中を切らすとケガをする。


「お前どうするゴブ? 」

「オラも今日は、疲れたかはやめたゴブ」

「んじゃ僕も今日はやめとくゴブ」

 1人また1人、ゴブリン達がみんなジムを離れていく。


「──え! ──え!? そんなぁ〜。みんな頑張ろうゴブ!」

 ゴブタがオロオロして皆を引き止める。

「んー、でも決闘するのはゴブタとゴブザエモンだゴブ! オラ達は応援するゴブよ! 頑張れよ二人共!」

「ん? みんな帰るゴブか? んじゃ俺っちも」

 みんな次々とバーベルやダンベルを置く。

「皆どうしたの? もう少し頑張りましょう」

 シャルロットも引き止めるが次々に皆、席を立って行く。


 そして1人また1人どんどんジムから離れて行く。

 気がついた時には、ゴブタとゴブザエモンだけになってしまった。


 そう、慣れは怖い。

 緊張感を失うと一瞬で集中力を掻っ攫う。

 俺はこの状況は予想できていた。

 

 誰かと始めた時にこの現象は起きる。

 熱意の差だ。

 熱量によって熱意がある人と熱意があまりない人が、一緒に始めた時に熱意のない人は飽きたり、やめてしまったりする。

 それに釣られて熱意が高い人でもモチベーションも駄々下がりになったり、引きずられてしまう事もしばしばある。


「ゴブタ、気にするなゴブ。俺達はやるべき事をやるだけゴブ」

「そうなんだけど……、なんか寂しいゴブね……」


 ゴブザエモンは戦士だ。

 精神的にはプロアスリートの域にある。

 自分で自分をコントロールできる。

 それに比べてゴブタは、環境や気分に振り回されてしまう。これは仕方ない事だ……。

 俺にはどうにもできない。


 この失意感が……。

 この絶望感が……。

 この自分だけ取り残されてしまってるよう感覚が……。


【────最初の壁、第1難関!】

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