第16話 三種の神器


 誰かに頼るの事は、決して悪い事ではない。

 生物に完璧などありえない。

 時には助けも必要だし、どんな生物にも疲れていたり、弱っていたりする時がある。

 モチベーションしかり、逃げ出したい時だってある。


 逃げられる事なら逃げていいし、助けてもらえる事なら助けてもらえばいい。恥ずかしいと思う必要はない。

 全然それでいいのだ。

 しかし物事にはそれがダメな時もある。

 助けてもらえない時もあるし、逃げちゃダメな時、逃げられない時が必ずある。


 ──どんな時か?


 よくその目で、観察をするんだ。

 成長って奴が俺をじっと見ているはずだ。

 そんな時は決まって成長って奴が己を試している時だ。


 どんな時も逃げちゃ行けないなんて事はない。

 もし、それが可能であるなら、万全な状態で挑めるなら、万全にしてから挑めばいい。


 だけど、敵は弱っている隙をついてもくる。

 試合の相手が俺がケガをしているからと言って手加減するだろうか?

 戦争の最中、俺が片腕を落としたからと言って手加減するだろうか?

 自分ならどうだ?

 こんな絶好なチャンスはない。

 相手も必死だ。

 全力で勝ちに行くに決まっている。

 やらなきゃやられる。


 フェアな事の方が生きていく上では、ずっと少ない。同じ様に、不安や不幸な出来事も隙をずっと伺っていて試練となって襲いかかってくる。

 手加減なんてありない。

 生きる上で時には欲しいものだけではなく、欲しくないが必要な物が手に入る。

 それが時には試練や別れや、敗北だったりする。


 だからフェアと言う言葉にすがりついては行けないし、寄りかかってはいけない。

 助けを求める事はいい。

 しかし〝選択や権利を他人や物に委ねては行けない〟それを委ねてしまうと自分で自分の道を歩めなくなるからだ。


 自分の道を歩かないという事は、自分の成長の放棄したという事だ。

 成長のない人間に〝求めている明日は来ない〟

 だって今の自分では、そこにたどり着けないから目標であり、夢なのだ。

 たどり着きたいのなら、たどり着ける人間に成長するしかないのだ。


 だから俺は彼ら(ゴブリン)から選択と権利は委ねさせない事にした。


「君達、筋トレをしないか?」

「「き、筋トレ?」」

 ポカンとする2人を他所に俺は筋トレの説明を続けた。

「強くなれるなら里を守れるなら俺はなんでもするゴブ」

「オラだって! もう里をぐちゃぐちゃに荒されるのは嫌ゴブ!」

 ゴブタもゴブザエモンもやる気に満ち溢れていた。


「「ゴブタじゃ無理だゴブ」」

「ゴブザエモンにまかせようゴブ」

「やっぱり里を守れるのはゴブザエモンだゴブ」

 周りからはゴブタは期待されていなかった。

「「ゴブザエモンがんばれ!」」

 里のゴブリンはゴブザエモンだけを応援した。

 ゴブタはしょんぼりしている。

「気にするなゴブ」

 ゴブザエモンが気にかけて声をかける。


「いや、僕はゴブタくんにもやってもらうよ」

「オラでもいいゴブか?」

「1対1の決闘はゴブタくんにやってもらうつもりだし」

「「「え〜ッ!?」」」

 里のゴブリン達が驚愕をする。

「「「──なっ!? なんだってぇ〜!? 」」」

  ゴブザエモンも決闘は自分で闘うつもりだったらしく、少し驚いているようだ。


「え、エレイン様! 見てもわかると思うけどゴブタは里1番の肥満児だゴブ」

「そうだそうだゴブ」

「ゴブタになんかまかせられねぇゴブ」

「今までだってずっと人並みに出来た事はねぇんだゴブ。決闘は誰がどう見ても里1番の戦士ゴブザエモンじゃないのかゴブ!?」

 ざわつき不穏な空気が立ち込めた。


 ゴブザエモンのカロリーとタンパク質量は……。

 【100,020/15,000】

 それに比べてゴブタのカロリーとタンパク質は……。

 【320,060/7,850】

 明らかにタンパク質量が違い過ぎる。

 これは見た目からわかるようにゴブザエモンの肉体はすであらかた仕上がっている証拠だ。


 しかし、筋トレにそんな事は関係ない。

 太っていると言う事がどういう事か、筋トレの世界ではむしろ才能だ。

 体重60キロの奴が100キロの筋肉をつけるためにはまず100キロの体重を身につけなければならない。

 しかし、60キロの人間はいくら食べても食べても中々100キロにたどり着けない。

 太りやすいという体質は、デメリットではなくメリットに変える事ができるのが筋トレだ。

 もちろん体質改善にするためには食事のコントロールは必要で今まで通りの生活習慣ではデメリットをメリットに変える事はまず不可能だ。


 だがその要領が一度わかれば100キロあるという事は才能に変わる。

 100キロの脂肪があるという事は100キロの筋肉に変わるスペースがすでにあるという事だ。

 

 ゴブザエモンのようにすで引き締まって仕上がっている場合はさらに増量してから筋肉に変えるスペースを増やさなければいけないのだ。

 だから俺はゴブタに目をつけた。

 しかしケガをする可能性もある。

 決闘候補は最低でも5人は欲しい。


「僕にはゴブタくんが原石に見えるのさ」

「原石ゴブか?」

 ゴブタが不思議がる。

「もちろんゴブザエモンくんにも筋トレはしてもらう」

「はいゴブ!」

「あと3人! 誰かこの里を守るって気持ちのある人はいないかい?」

 俺は里の全員に呼びかけた。

「ははッ」

 皆の反応に思わず心の中で笑いが出てしまった。

 里のゴブリン全員が手をあげたのだ。


「よっし! 今からみんなで作って貰いたいものがあるから素材を集めて欲しい。やるぞー!」

「「「オーッ!」」」

 この里には大量のブロンズだけはあった。

 武器にしたら大した素材じゃないが目的は筋トレだ。オリハルコンだろうが、ブロンズだろうが、アロンダイトだろうが、重さがあればなんだっていい。


「まずはバーベルを10本。それぞれ300キロになるプレートを3000キロ分それからベンチシートになるベンチ台を10台。それからパワーラックを5台、ダンベルを10、20、30キロをそれぞれ3セットずつ」

 俺は必要な物を紙に書き出した。

「んーそうだなー、合間みてできるチンニングスタンドも2つくらい作ろうか」

 更に付け加えて行く。

 器具に必要な材料と重量、器具の形などを図面を描いて、鍛冶屋のゴブリンに見せた。


「ひ、ひぇ──ッッ! とんでもねぇ素材の数だァァゴブ!」

「こりゃぁーたまらんゴブー!」

「急げ急げー!」

「お前はダンベルを作れゴブ」

「オラはプレートゴブ!」

「あっしはパワーラックゴブ!」

「あー忙しい忙しい」

 忙しい悲鳴が聞こえる。

 

 総勢200匹の里のゴブリン達は3日3晩かけて素材を集め、同時進行で鍛冶屋達も3日3晩かけて俺の要望したウェイト器具を、いや、ウェイトウェポンを完成させた。


 俺は猛烈に感動している。

 さながらフィットネスジムの様だ。

 やっとこの世界に来てこんな光景が見れた。

「す、すごいね!」

 シャルロットもびっくりしていた。


「次は食料だ!」

「食料? ならいっぱいあるゴブよ」

「違ぁぁぁぁう!」

「ッ!?」

「食事を舐めるな!」

「は、はいゴブ」

「いいかい? 筋トレも大切だがバランスが大切だ」

「バランス、ゴブか?」

「筋トレ・栄養・睡眠この3つを兼ね備えて初めて効果が出る」

「なるほどゴブ」

「みんなでタンパク質の高い食料を用意して、これから1カ月それを1日5食は食べてもらう」


 1回の食事量をどれだけ多く摂取しようと1回の栄養の吸収値は限られている。40しか吸収できないのに100とっても60は栄養として体に吸収されない。だから回数を増やし、小まめに吸収の回数を増やす。

 筋トレ・栄養・睡眠をコントロールして始めて1人前だ。

 故に〝身・筋・体〟(全部体)の三位一体なのだ!


 ──次の日、ゴブリン達は早朝から俺の事をジムで待っていた。

「おはよう!」

「おはようございますゴブ」

「「「おはようゴブ」」」

「さぁーエレイン様! オラ達に筋トレを教えて下さいゴブ!」

「本当なら色々やる事は山ほどあるけど……」

「はいゴブ!」

 

 しかし、時間は1月を切っている……。

 魔物の肉体を信じて集中的にゴブザエモンとゴブタにはあれをやってもらおう。

 

「ゴブタくんとゴブザエモンくんには、BIG3だけをやってもらうッ!」

「……ビックスリーごぶ……?」

「うん! 2人にはこの三種目だけ徹底的にやってもらう」

「「わかりましたゴブッ!」」


 ──3種の神器という言葉がある。

 日本では草薙剣、八咫鏡、八尺瓊の勾玉。

 家電で言えば、スマホ、洗濯機、冷蔵庫。

 食べ物? ゆで卵、ササミ、ブロッコリー。

 え? モテる秘訣? かっこいい筋肉、優しい筋肉、逞しい筋肉の3つの筋肉だ。


 これさえあれば大丈夫と言われる三種の事だ。

 筋トレにも三種の神器と同じように【BIG3】がある。

 ベンチプレス、デットリフト 、スクワットの3種目。その3種目をとりあえずやれば体を強くなる。


「まずは、ベンチプレス!」

 俺はシャルロットにアイコンタクトをする。

「説明するからシャルロット実演お願い!」

「はいッ!」

 シャルロットがベンチ台に仰向けになる。


 ◇◇◇ベンチプレス◇◇◇

 大胸筋メインに、三角筋や上腕三頭筋などを同時に鍛える筋トレの華。みんなが大好きベンチプレス。

 その1、バーが目線の位置にくるようベンチへ仰向けになり頭、肩、お尻、両足をしっかりとベンチの面につける。

 この時、しっかり肩甲骨を寄せ、胸を張った姿勢を維持したままバーのラインに中指を合わせて握る。

 背中からお尻はしっかりつけるが腰だけはアーチ状を作る様にお腹をつき出す。そうすると自然と胸を張った姿勢になる。

 

 その2、バーベルを目線の高さからゆっくり息を吐きながら水落ちよりやや上に下げていき、息を吸いながらまた元の位置までバーベルを押し戻す。

 大胸筋をメインに三角筋、上腕三頭筋と1度にたくさんの部位を効かせられる。

 怪我をしない様にしっかりとアップをしてからやろう。8〜10回を3セットを目安に行うと良い。

 ◇◇◇◇◇◇

 

「はぁ……んんっ……ぁぁ……はぁ……はぁ……」

シャルロットはバーベルのみでベンチプレスを十回実演して見せた。


「まずは、これを10回3セットだ!」

「「「おぉぉぉぉぉ──!」」」

 パチパチと皆が拍手をする。

 シャルロットはとても恥ずかしそうに俺の後ろに隠れた。


「そして次にキングオブエクササイズと呼ばれている、スクワットだ!」

「きんぐおぶえくささいず?」

「シャルロットまたお願い!」

「はい!」

 シャルロットはプレートなしのバーベルのみを担いだ。


 ◇◇◇スクワット◇◇◇

 ──大臀筋・太ももの前側の大腿四頭筋・太ももの裏ハムストリングス・ひふく筋・ヒラメ筋・脊柱起立筋を鍛えることができる。

 しかも足幅を大きく広げてスタンスを変える(ワイドスタンド)と・太ももの内側の内転筋・股関節の奥の腸腰筋・お尻上部の中殿筋も鍛えることができる。


 その1、肩幅に手を開きバーベルを僧帽筋と手で支えて足を肩幅より少し広めに開く。

 スタンスは足の爪先は少し外側に向ける。

 

 その2、次に股関節を曲げ、お尻を真下に落とすイメージで膝を曲げるお尻を後ろに突き出し、膝が爪先より前に出ないように椅子に座るイメージで息を吐きながら行う。顔を上げ、胸を張り、背筋を伸ばす。

 その3、太ももと床が平行になるまで腰を落とし、膝を軽く曲げたところまで立ち上がる。

 これを繰り返すが、ポイントは息を止めない事。

 下ろす時に膝を内側に入れてしまう人が、たまにいるがこれは間違ったフォームだ。

 初心者はこれを10回3セット行うと良い。

 ◇◇◇◇◇◇


「……ん……はぁ……ぁぁぁぁ……はぁはぁ……」

 再びシャルロットは実演をする。

 皆がシャルロットのお尻に釘付けになっている。

 鼻血を出すゴブリンもチラホラ。

 未熟者め……。

 シャルロットが実演を終えるとまた拍手が巻き起こる。

「「「おぉぉ──ッ!」」」

「基本的には、どのトーレニングも限界10回の3セットを目安にやる」

「なるほどゴブ」

「次はデットリフトだ。これは僕が実演しよう」

 俺は合計600キロのプレートを付けて実演した。

 ◇◇◇デットリフト◇◇◇(※12/旅立ちを参照)


「──と、こんな感じに背筋を曲げないでやる事だ。デットリフトは、とても危険なトレーニングであるため腰にアルミラージの毛皮などキツくしばって腹圧をかけて行うといい」


 俺は、実演を終えてバーベルを下に置いた。

「600キロゴブよ……」

「あんなん持てるゴブか?」

「あの人、本当に人間ゴブ?」

 会場が騒つく。

 ゴブリン達が心なしか引いている様に見えた。


「よし! さっそくみんな取り掛かろう! ケガをしないで無理をしないようにね」

「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉ──!! 」」」

「頑張ってくださーい!」

 シャルロットも声援を贈る。


 ゴブリン達は、筋トレをスタートした。

 オークとの決闘は今から残り27日。

 ばっちり仕上げられるだろうか?

 通常の人間だと最低でも結果が出てくるのに3ヶ月はかかる。

 しかし彼らは魔物だ。

 魔物の体質を信じるしかない。


 みんな頑張れ!

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