第15話 君達、筋トレしないか?


「ようこそ、ゴブリンの里にいらっしゃいました」

 ゴブリンの里の長老ゴーブルは改めて深々とお辞儀をした。

 目を覆う太い真っ白い眉毛と胸元まで伸びた真っ白な髭がとても特徴的なゴブリンだ。


「近頃、オークの連中達がワシらゴブリンの里を荒らし始めまして………」

「大変みたいですね」

「ご覧通り200ぐらいのゴブリンが里におりますが老ぼれと貧弱なゴブリンしかおらなくてですね。ゴブザエモン以外は戦えるレベルではないのです。よくぞ、よくぞ! ゴブタを救ってくれました!」

「いえいえ、助けを求められたので助けたまでです」

「魔物のゴブリンを躊躇なしに助けたエレイン様は立派なお方です!」

「いやいや、そんな……」

「改めて、本当にゴブタを助けていただいてありがとうございます」

「こちらこそ、今日はお世話になります」

「今日はおもてなしをいたしますので存分に寛いでいったくだされ! ──ゴブタや」


「はい!」

「客の宿に案内してやってくれ!」

「わかりましたゴブ。ささ、二人ともこちらへ」


 再び用意された客の宿とやらに案内され、俺達は長老の家を出た。長老の家を出ると何やら大騒ぎが聞こえてくる。里の入り口に大勢のゴブリン達が集まって何やら揉めていた。


「やめろぉ! ヤメロォ──ゴブ!」

「それだけはやめてぇぇぇ──!!」

 ゴブリン達の悲鳴が聞こえる。

「何ごとだゴブ!?」

 ゴブタが慌てて駆け出した。

「ど、どうしたのかな? エレイン行ってみよう」

「何かあったみたいだな」

 俺達も騒ぎ起きている入り口へ駆け出した。


「オラオラオラッ!」

「へっへっへ」

 近くまで行くと10匹のオークが里の前で暴れていた。

 勇者ギリアスの石像が粉々に砕かれ、ゴブザエモンがボロボロの状態で倒れていた。

 ゴブタはゴブザエモンを介抱しようと駆け寄った。

「ゴブザエモン!?」

「あいつだ!」

 オークがゴブタを指差す。

「てめぇ、デブゴブリン! さっきは人間に助けられていい気になりやがってぇ!」

 オークはゴブタを見つけるなり、ゴブタ目掛けて拳を振り上げた。

 あの時のオークか?

「ゴブタぁ──ッ!」

 周りのゴブリンが叫ぶ。

 ボロボロだったゴブザエモンがゴブタ突き放し庇った。

「ぶぶォォォ」

 拳がゴブザエモンの頭を直撃しその体ごと地面にめり込んだ。ゴブザエモンは白目を剥き泡を吹いてひっくり返った。


「ご、ゴブザエモンッ!」

「へっへっへッ」

 ゴブタをオーク達がニヤニヤしながら囲む。

「くそー」

 他のゴブリン達がゴブザエモン囲みゴブザエモンが更に追撃されないように身を挺して壁になった。


「──エレイン! 私、助けたい!」

 シャルロットが心配そうに言った。

「……」

「──ねぇ、エレイン! 助けよう!」

「……」

 これは里の問題だ。

 どちらか一方に肩入れしてもいいのだろうか?

 

「オラ!」

「このゴブリンども今日こそ里もろともぶっ壊してやる!」

「俺はこっちの入り口を叩き壊してやるぜ!」

「グホホホホホ!」

 他のオーク達も暴れ始めた。

 ゴブリン達が、オーク達に負けじと突っ込んで行くが次々と返り討ちに合いまったく歯が立たない。


「うぉぉぉぉぉ──ッ!」

 単身でゴブタがオークに突撃していった。

「グホホホホホッ!」

 オークの蹴りが勢いよくゴブタの腹に直撃する。

 ゴブタは泡を吹きバウンドしながら後方に吹っ飛ばされた。


「──え、エレインってばッ!?」

「……」

「わ、私は助けるよ!」

 シャルロットはフライパンを片手にオークの前に駆け出した。

「弱いものイジメはやめて、もうやめてぇ!」

 震えながらフライパンで防御体制をとる。

 やれやれ……。

「何だこのエルフは? おもしれぇ〜、この女は俺がもらっていいか?」

 オーク達がニヤニヤしたり顔でシャルロットを囲む。

「ん? ──あぁッ!?」

 さっき吹っ飛ばしたオークが大声をあげた。

「この女! さっきの人間といた冒険者だ! やっちまえ!」


 オークがシャルロットを襲おうとした時、ボロボロだったゴブザエモンとゴブタが、シャルロットの前で両手を広げてオークの前に立ちはだかった。


「オラの恩人にだけは触れさせねぇーゴブ!」

「俺達の恩人には死んでも触れさせないゴブ!」

 この状態でシャルロットを守るか……。

「そんなに死にてぇのか? じゃあ死ねぇー!」

 そう叫びながらオークが拳を振り下ろす。

 俺は一瞬で距離を詰めてその拳を片手で受け止めた。


「──こっから先は、もうダメだ。僕が許さない」

「て、てめぇはさっきの!? こいつだぁ! 生意気な冒険者はこいつだぁ!」

「なぁにぃ? たった1人の人間だ! やっちまえ!」

 オークは一斉に俺を目掛けて突撃してきた。

 

 俺はキングトロルにも負けない程の四股を踏んだ。

「ドスコイッ!」

「!?」

「な、なんだ?」

 オーク達を睨みつけた。

 オーク達が気迫に押される。

「ま、待て!」

 1匹のオークが他のオークを静止する。

「その人数でくるなら……、僕も手加減はできない。覚悟があるやつだけ前に出ろ」

「ぐぬぬぬ……」

 オークがゴブリン達を睨む。

「てめぇら人間の助っ人なんぞ卑怯だぞ! 人間の手を借りて守られて魔族の恥だ! 恥ずかしくねぇ〜のか!?」

「勘違いするな。僕が今助けたのはゴブリンじゃない。僕の連れのシャルロットだ」


 オークが10匹と少ない人数で来ているのに対してゴブリンは里総勢でかかっていった。

 条件で言うならむしろフェアじゃないのはゴブリン達の方だった。


「じゃぁ〜人間、俺達はその女には手を出さない!だからすっこんでいろよ!」

「お、おう、そうだ、そうだ!」

「すっこんでろ!」

「これは魔族同士の問題だ!」

「そうだ! そうだ!」

「部外者の、ましてや人間の出る幕じゃねぇよ!」

 オーク達が喚き散らす。


 オークの言っている事はごもっともだ。

 俺はイジメは許さない。

 ゴブタがオークにイジメられていた事と違って今回は、圧倒的にゴブリンサイドが有利なはずなのだ。

 それでこれだけコテンパンにやられているのは、もはやゴブリン達の弱さが悪い。


 しかしながらオークに比べて今のゴブリン達は非力過ぎた。正直なにがフェアなのか俺には、もうわからない。自然の摂理に従うなら手を出すべきではない。


 そこで俺は1つ考えた。


「僕はしばらくこのゴブリンの里でお世話になる予定なんだ。だからその間だけは里を荒されるのは困る。それに僕はフェアな条件での対立には手を出す気はない」


「フェアだと? グホホホホホッ!」

 オークが高笑いをする。

「他勢に無勢はゴブリンどもの方だろ! 俺達オークはこの人数で出向いて来てるんだからよぉ!」


「だね。だからフェアの条件を整えようと思う」

「は?」

 オーク達が怪訝そうな顔をする。

「1ヶ月だ」

「何がだ?」

「1ヶ月したら僕達はこの里を出る。その時は君達オークとゴブリンの里サイドで1対1の決闘をしよう」

「はっ! 決闘だと!?」

「もちろん僕は参戦しない。君達オークが約束を破らない限りは絶対に手を出さない。それでどうだい?」

「オークとゴブリンが? 1対1だと?」

「「「グホホホホホッ!」」」

 オーク達が大爆笑をしている。

「おい、人間。笑わせんなよぉ〜」

 オーク同士が目を合わせながらゴブリンを見てニヤつく。

「その1対1敗れた里がなんでも言うことを聞くって事でどうだろうか?」

「正気じゃねーぜこの人間」

「そんなおいしい条件でいいんだな?」

「もちろんだ」


「「「──ッ──う、うそだろ!?」」」

「そんなの無理に決まってるゴブ!」

「やばいゴブ、無理だゴブ!」

「だ、誰が決闘やるゴブ!?」

 俺の理不尽な提案にゴブリン達がざわつく。


「グホホホホホッ! うけてやるよ。今から1ヶ月後、楽しみしてるぜ。約束は守れよ人間!」

 オーク達は肩を叩きあい大笑いをしながら去って行った。


「冒険者様、そんな簡単に言われてもオラ達がオークに勝てるわけないゴブ!」

「「もうダメだぁ──」」

「「終わりだ──」」

 ゴブリン達の悲痛な叫びが聞こえてくる。

 大勢のゴブリン達が絶望している中、ボロボロのゴブザエモンとゴブタだけは黙っていた。

 ──パンッ! と俺は大きく手叩きし、周りを静かにさせた。


「やる前から諦めるなんてそんなのはただの甘えだよ。いつも何かの助けを待って、奇跡や偶然に期待して、やらない理由を探して動かないなら、それはもう自分で自分の可能性を奪っているのと同じだよ!」


 かの哲学者、ソクラテスは言った【世界を動かすならまず自分を動かせ】と……。


「君達が今嘆いていても状況は何も変わらない。僕達がたとえ今、助けても僕達がいなくなった後はどうするの?」

「そ、それはゴブ」

「でも……」

「どうすんだゴブ?」

 再びゴブリン達が騒つく。

「君達が変えるしかない。状況は変わらないのなら自分達が変わるしかない。そして、それは自分で変えるしかないのさ!」


 俺が例え今、助けたとしても俺達が里を去ったあとの結末は何も変わらないのだ。

 ひとときの時間稼ぎにしかならない。

 人生の壁というのは、どんなに逃げても結局いつかぶち当たる。いつかは超えるしかない事の方がずっと多い。


 ベンチプレスの重力が増えないからと言ってずっと60キロ以上に挑戦しないとしたら、それはもう自分に負けていて、状況はずっと負けたままだ。

 100キロなんか上げられるようになるわけがない。


 試合に負けるのが怖いからと言って、試合にずっと出場すらしないのなら、それはもう誰かに負ける以前に自分に負けているのと同じだ。

 1番負けてはいけないのは昨日の自分なのだ。

 

 成長の諦めは、可能性の放棄。

 自分に負け続けると人はどうなるのか?

 それはもう自分が信じられない人になる。

 この里のゴブリン達が今まさにそうだ。


「──どうせ自分は」とか「──やっても無駄だ」とか、何にたいしても投げやりになってしまう。

 そうする事でしか自分を肯定できないのだ。


「──ほらな! 言った通りだろ」

「──やっぱり、思った通りだ」と自分を否定する事だけでしか自分を肯定できなくなる。


 そんな悲しい事でいい訳がない。

 やったらやった分、返ってくるべきなんだ。

 信じたら信じた分、自信になるべきなんだ。


 多くの人は結果やゴールに囚われていて自分がどれだけ進んだかの自覚がない。

 目標やゴールというのは同じだったとしても、環境、状況、など自分以外の原因でスタート地点が違う。


 オークとゴブリンなんて産まれた時点で大きくステータスが違うように、スタートからゴールまでの距離が違う。

 他人と比較する事は大切だが、1番の比較対象が過去の自分である事を忘れてはいけない。


 20回しかできなかった腕立て伏せが21回できたらいい。昨日の自分に1回でも勝つ。

 その積み重ねが自信になり人を強くする。


「そ、そんな事言ったってオラ達どうすればいいんだ」

「そ、そうだよな。ゴブリンがオークに勝てるわけないゴブ」

 ゴブリン達が悲観にくれていた。

 しかしゴブザエモンとゴブタだけは違った。


「エレイン様!」

 2人共諦めていない。

「オラ達どうすればいいゴブ?」

 ゴブタの目に闘志が宿っている。

「俺達に教えて下さい。里を守れるのならなんでもやります!」

 ゴブザエモンもボロボロな体を奮い立たす。


 ゴブタとゴブザエモンだけは、変わる未来を選択した。1人でも変わる意思があるなら変わる。

 そのために俺はいる。

 そのために1ヶ月オークから時間をもらったのだ。

 俺から彼らに期待する選択はこれしかない。


「────君たち! ────筋トレをやらないか?」

「──き、筋トレ……?」

 2匹のゴブリンはキョトンとしていた。

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