第5話 怪力無双腕相撲大会
年に1度の国王生誕祭。
今日は我らが、ミッドガル国王アーサー王の生誕祭だ。
このオディナ大陸であれば、どこの街でも、王国でも、村でも、お祭りを一斉にしてお祝いをするのが、この大陸の慣わしだ。
もちろん、俺達が住むシエーナ街でも、今日はお祭りで賑わっている。
俺は、ジレンとルイーダ、そしてシャルロットとお祭りに向かっている──。
◇◇◇◇◇◇
「──号外ッ! 号外ッ! 8人目の勇者が現るッ!」
祭り会場前で獣人が、号外を配っている。
「何かしら?」
ルイーダとジレンは号外を受け取った。
「久しぶりの勇者が現れたみたいだな」
「8人目の勇者が、やっと現れたのね」
「この10年の間、勇者不在で治安は悪くなったからね」
「勇者は、2年後に討伐に旅立つそうよ」
「名は……、アレスか……」
「今度こそ、魔王を討伐できたらいいわね」
「そうだな。勇者が現れたのなら、俺も少しは休めるかもしれない」
これまでの勇者パーティーは、7部隊も全滅しているらしい。
普通は異世界ファンタジーと言ったら、勇者が圧倒的な強さなのだけど、この世界の事情はちょっと違うらしい。
魔王がチートなのか? はたまた勇者が雑魚いのか……。真相はわからないけど、8人目が現れて本当に良かった。
「──ねぇ! エレイン、人がいっぱい!」
シャルロットが、大はしゃぎで人集りを指差す。
「なんだろう? 凄い人だね」
俺は、首を長くして覗き込もうとしたが、背が届かなくて見えない。
罵声や歓声が、飛び交い人が入り乱れ、お祭りの中に更に、お祭りがあるように賑わっている。
通り過ぎる人も気になって、人集りを何度も振り向き、通り過ぎる。
「行ってみる?」
俺はシャルロットに聞いた。
「うん!」
「凄い人だね」
「何かな〜? 何かな〜?」
シャルロットが、俺の手を握り人集りの方へ向かった。
握られた手を見て俺は、少し恥ずかしくなった。
女の子に手を握られるなんて、いつぶりだろうか?
なんか照れるな……。
「すいません。すいません」
人集りを掻い潜る。
「すいません。すいません」
やっと、先頭だ。
それにしても、凄い人の多さ……。
先頭に出ると、ステージの上に2人の男が並んでいた。1人はメガホンをもって大声を上げている。
もう1人は、ドワーフだ。
何やら自信満々に、腕を組んで偉そうにしている。
その佇まいには、貫禄を感じる。
「さぁー! さぁー! みんな注目だぁー!」
メガホンを持つ男が、拳を掲げて叫ぶ。
「「「うあああ──!」」」
会場の人達は、熱狂する。
凄い熱気、白熱している。何が始まるのかな?
「今年もチャンピオンは変わらずこいつだ──!」
司会の男が、ドワーフを手で仰ぐ。
チャンピオンだって? あのドワーフ何者だろう?
「この天下無敵の腕相撲チャンピオン。ドワーフのエルゴに挑戦者はいないかァ──!?」
おッ! 腕相撲だって!?
「──ほう? 腕相撲か、面白そうじゃないか……どれ、──俺がやろう」
ジレンが、クールに名乗り出た。
あのドワーフのタンパク質量は、3万──。
それに比べて、ジレンのタンパク質量はここ最近、上昇してはいるが……、22000と差がある。
うん……、ジレン負けるな……、はは……。
「凄い! ジレンさんが、出るって! 勝てるかな!?」
シャルロットが、両足をバタつかせて目を輝かせていた。
「あなた〜! 頑張ってね〜! 勝てたら今日はご馳走にしますよ〜!」
ルイーダも両手いっぱい広げて声援を送る。
「「「誰だ? 誰だ?」」」
会場が、どよめく。
「──おぉ〜と!? 名乗りでた挑戦者はなんと〜!? ……あの、剣聖ジレンだぁッ──!」
司会者の男が、興奮している。
「「「うおぉ──!」」」
「「「ジレンだ──!」」」
「「「こりゃ、おもしれぇ──!!」」」
名乗り出たジレンを見るやいなや、会場は大盛り上がり。
この街で、ジレンを知らない人はいない。
英雄だからスーパースターさ。
「「「ジレン! ジレン! ジレン! 」」」
ジレンコールが鳴り響く。
ジレンは会場に一礼して、ドワーフのエルゴの前に歩み寄った。長い髪を靡かせるその姿は、うん……、クールだ。
「息子の手前なんでね。勝たせてもらうぞエルゴ」
「ほぉ〜う? こりゃ悪いことしちまうなぁ〜」
「何がだ?」
「いやな、家族の手前赤っ恥かかせちまうことになるからよ。はっはっはっー!」
「大した自信だな。だが、俺も来る前にバッチリ鍛えて来たんだ」
「剣が握れなくなっちまわねぇーように気を付けな! はっはっはっ!」
ドワーフのエルゴは、勝ち誇り高笑いをしている。
「両者いい感じにヒートアップしていますね。さぁここへ、位置について!」
司会者の男の指示により、両者ステージ中央の机の上に、互いの腕を組み合う。
「やっちまえーエルゴォォォ!」
「ジレンさーん! エルゴをぶっ倒せぇー!」
「ジレンせんせーい、頑張って下さーい!」
「おいエルゴー! 負けんなよぉぉー!」
それぞれの声援が、会場を包む。
それと同時に、もう一方のイベントが始まる。
「ジレンにかける奴はこっちだぜ!」
「エルゴに張る奴はこっちだ!」
「俺はエルゴに張った!」
「私はジレンよー」
「よっしゃ、俺はエルゴだ」
「ジレンに500だ!」
「エルゴに1000だ!」
場内で観客達が、どちらが、勝つか賭けが始まる。
面白いなー! と、俺は現場の雰囲気が楽しくて仕方ない。
「凄いねー!」
シャルロットは、飛び跳ねている。
ははッ、タンパク質量が、わかる事が少し残念だ。
「──レディース&ジェントルマン!」
「「「うおおぉぉ──!」」」
「これよりチャンピオンと挑戦者ジレンの試合が始まりま〜す!」
「「「うあぁぁぁぁ──!」」」
「──レディー……………」
会場が静まり返り、両者の拳の上に司会者の手のひらが置かれた。
「…………」
「──ゴォォォォ──ッ!!」
ゴーの掛け声の合図で、司会者の腕が上がると同時に、闘いの幕があがった。
両者とも一歩も譲らず、中央で右往左往し、戦況は硬直する。
「──思ったより、や、やるじゃねーかジレン……」
「こっちも伊達に剣士をやってないんでね……ふん!」
「うおッ!」
一瞬、エルゴの腕がやや倒れ気味になった。会場が、どよめく。
これは、もしかしたらジレン、行けるんじゃないか?
「──な〜んてな………」
エルゴが、ニヤリと笑った。
え、演技!?
その瞬間、瞬殺でジレンの腕が、反対方向にねじ伏せられた。
「ぬおッ!」
ジレン絶句。
「「「ああぁ──ぁ──」」」
ジレンに賭けた人達の、ため息が漏れる。
わずか15秒程度で、試合は終わってしまった。
「がっはっはっはっ!」
エルゴが、立ち上がりガッツポーズを見せる。
「く、残念だ」
ジレンが、悔しそうに項垂れた。
「あと10年、早ぇーぜ! はっはっはっはっ!」
「参ったね……、さすが街の怪力エルゴ。負けてしまったよ」
ジレンが、頭を掻きながらステージから降りてきた。
「あなた、惜しかったわね」
「ジレンさん、惜しかったね〜」
2人が、ジレンを励ます。
あのドワーフになら、もしかして俺……、行けるんじゃないか?
「エレイン?」
シャルロットが、俺の顔を覗く。
「──よっし! 今度は、僕が行こう!」
俺は、高々と右手を上げ名乗りをあげた。
「ジレンの息子、エレインやります!」
「息子に仇をとってもらえるかもしれないな」
ジレンは、笑顔で俺の肩を叩いた。
「きゃ──!! エレイン、 頑張って──!」
シャルロットが、大はしゃぎをする。
「おいおい、ジレンさんの所の息子じゃないか!」
「はっはっはっ! 可愛い坊主だ!」
「度胸あるなー!」
「はっはっは! 頑張れー坊主!」
会場の大人達は、俺を歓迎した。
完全に俺を、子供扱いしている。まぁ、子供だしね……。
「エルゴ! 今度は、お前が、赤っ恥をかく番だぞ!」
勝ちを確信したジレンが、エルゴを挑発する。
「はぁんっ!」
エルゴが、挑発に身を乗り出す。
「この俺が、こんな坊主に負けるってー?」
「おい、エルゴ負けんなよぉー! ふははは」
「はははは」
今度は、打って変わってエルゴを揶揄う声が飛ぶ。
「なぁにぃ? おい坊主。俺に勝ったらどんな武器でも、防具でも1つ、オリハルコンで作ってやるよ!」
「「「オッそりゃいいなー」」」
「「「太っ腹じゃねーか!」」」
盛り上げるのが上手い。一気に風格を出す。
それにしてもオリハルコンだって? めちゃくちゃ高級素材じゃないか、これは全力で行くしかない。
エルゴと机の上で腕を組み合う。
「──さっきの言葉に嘘はないですね?」
俺は、念を推してもう1度聞く。
やっぱりあれは、なしなんて言われた堪らない。
「──あん? おいおい、勝つつもりでいんのか?」
「負けると思っていたら、やりませんよ」
「面白れぇ坊主だぁ……、ドワーフに二言はねぇよ」
裏はとった。安心して全力が出せる。
「──レディー……」
司会者の手のひらが、俺達の組んだ腕に乗る。
「──ゴォォォォ──ッ!」
司会者が開始の合図を放つ!
「──ぬぉ!? うぉぉぉぁ──!?」
合図と同時に、俺は一瞬で、エルゴの腕をねじ伏せた。
「し、信じられん……!? バケモンか!?」
「「「うぉぉぉぉ──!!」」」
「「「やりやがったあの坊主!」」」
「「「化け物だ──!」」」
「「「さっすがジレンさんの息子だぁ──!」」」
「「「エレイン! エレイン! エレイン!」」」
──会場からは、エレインコールが鳴り響く。歓声は俺を讃え賞賛した。俺は一礼して照れながら、ステージを降りる。
「エレイン、すごーい!」
シャルロットが、俺に飛び付く。
「はっはっはっはっ! さすがは、俺とルイーダの1人息子。エレインならやると思ってたよ」
「今夜は、ご馳走ね。ウフフ……」
ジレンもルイーダも嬉しそうに話す。
「──せんせーい! ジレンせんせーい!」
ジレンを呼ぶ声が、聞こえる。
ん? 誰だろう?
声のする方向に視線を寄せると、髪の青い短髪の同じくらいの、歳の少年が、ジレンの元に駆け寄ってきた。
「先生、こんばんわ!」
「やぁスヴェン。君もお祭りを楽しみに来たんだね」
「はい。先生も腕相撲、惜しかったですね」
そう言うと、スヴェンは、俺とシャルロットを睨みつけた。
なにガンつけてんだよ。こいつ苦手なんだよなぁ……。
駆け寄ってきた少年は、同じクラスのスヴェン・ラインハルト。ジレンの剣術教室の1番弟子らしい。
この街でも貴族の部類だ。
シャルロットの事は別にいじめたりはしないが、助けもしないし、ただ何故か、いつも遠くから俺達を睨んでいる。
なんなんだ一体……、俺達が何かしたのか?
「──それじゃ俺は行きますね。また明日よろしくお願いします」
スヴェンは、ジレンにお辞儀をして、また俺とシャルロットを睨みつけて去って行く。
なんだよ……、意味わかねーよ。
シャルロットは怖いのか、無言で俺の袖をギュと握りしめている。
「いやー、参った参った。完敗だ!」
エルゴが俺達の所に歩いてくる。
「ここまで完封されちゃ〜気持ちがいいってもんだ!」
「なぁ、言っただろ?」
ジレンは得意げな顔する。
「約束は約束だ。ドワーフに二言はねぇ。オリハルコンで、なんでも作ってやる」
「オリハルコンだって、すごーい」
シャルロットは、興味津々に前のめりになる。
「剣か? 盾か? 鎧か? さぁー好きなもん選べ!」
「凄いじゃないかエレイン。オリハルコンなんてA級冒険者以上の装備だ。何にするんだい?」
武器だって? 鎧だって? ノーノーとんでもない。俺は冒険者じゃない。
そんな物には、興味はない。
俺が欲しい物は、もう決まっている。これを作ってもらう事をどれだけ夢みた事か……。
「書く物ありますか? 図面を書きたいんですが……」
「おう、あるぜ!」
エルゴが紙とペンを受けとる。
「ありがとうございます」
受け取ったペンと紙で図面を書き始めた。
一同が、俺の手元を覗き込む。
「──ん?」
「なにかしら?」
「──なぁに、これ?」
「お、おう……、武器じゃね〜よな?」
「──エレイン、これは、なんだい?」
皆が、初めてみる図形に困惑している。
そう……、俺が欲しい物は、これだ!
「──はいッ! 【ベンチプレス】って言うんです!」
「「「ベンチプレス〜!?」」」
むふふふ……、なんて贅沢なんだ。
オリハルコンのベンチプレス……、たまらん!!
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