第4話 裏庭フィットネス


 ──グランデ家


 今日も我が家の裏庭で俺は、筋トレに励んでいる。

 ブロンズダンベルを手に入れてから、自重トレーニング以外にもダンベルワークが可能になった。


「うん。捗る……」


 俺は、いつの日にか全種類の筋トレ器具を鍛冶屋のドワーフに作ってもらい、この裏庭にホームジムを作りたいと思っている。


「────ねぇ、エレイン。それは何してるの?」

 大きな青い瞳をパチクリさせながら、不思議そうにシャルロットが尋ねてきた。

「これかい? ダンベルカールと言って──はッ! 上腕二頭筋の内側を鍛えてるんだよ」

 俺はダンベルを上げ下げしながらトップでまで上げて、ゆっくりと下ろし腕にしっかりと効かせた。


 ここ最近は、毎日のようにシャルロットが家に遊びに来ている。

 こんな交友関係は生前でも小学生以来だったかもしれない。

 なつかしくて心地良くて何だか少し照れくさい。



 ◇◇◇ダンベル・カール◇◇◇

 ダンベルを腕の肘から下で上下させ、上腕二頭筋・上腕筋・腕橈骨筋を鍛えるトレーニングだ。

 やり方は、その1、ダンベルを前腕回外位で持って、背筋を伸ばし胸を張りまっすぐ立つ。

 その2、脇を締めて肘を固定したまま、肘を曲げる。

 その3、肘が曲がり切ったところで、ゆっくり下ろす。下ろす前にトップで1秒静止するとより一層効かせられる。

 これ10〜15回を3セットやろう。

 ただダンベルを上げ下げしている様に見えるが、実は大切なポイントがある。

 腰や背中を反らしたりして反動をつけると、上腕二頭筋への負荷が逃げてしまうので動作はゆっくりと行う事を意識しよう。

 ◇◇◇◇◇◇



 俺は、10歳にして25キロでダンベル・カールができる。

 ちょっと自分でも信じられない。

 俺の体は素晴らしいマッスルパワーを秘められている。

 優秀なDNAのおかげなのか? この異世界の転生のギフトなのか? 

 どちらにしてもいい事尽しだ。


「──こうやって肩幅に足を開き、ダンベルをもってダンベルを顎のラインまで持ち上げて1秒キープする」

「へー。初めて見る動きだね」

「そしてゆっくり降ろすを繰り返す。この時、背筋はしっかり伸ばして胸を張る事がポイントだ」

 実際に実演しながらシャルロットに説明した。


「ふむふむ」

 シャルロットが頷く。

「どんな種目の筋トレでも呼吸はしっかり息を吸って、しっかり吐く。力んでしまって筋肉に酸素が届かなくなるのは良くない。すぐに筋肉が酸欠になって腕が上がらなくなってしまうからね」

「へぇー……、なんかよくわからないけど私でもできるかな?」

 俺は、シャルロットの問いに頷いた。

「もちろん出来るよ。軽いダンベルがあればね。さすがにシャルロットには25キロは無理かな」

 俺は手に持っていたダンベルを地面に置いた。


 そのダンベルを試しに持ち上げようシャルロットが、体を退け反らせながらダンベルを引っ張る。

「ゔーん! ゔー……お、おもい……ピクリともしないよ──!」

 と、その瞬間「きゃっ!」と言う声と共に尻餅をついた。


「──はははッ!」

 そりゃそうだ。

 10歳の女の子が持てる重さじゃない。持てたら逆に恐怖でしかない。


「こ……こんなのッ……、よく持てるね! ──ふぅ──」

 シャルロットはため息を吐く。

「──はははッ! さすがにシャルロットには、まだ無理だよ」

「だね〜。エレインは力持ちだね!」

「そうだなぁ……、まずは自重トレーニングの腕立て伏せからやってみる?」

「エ、エレイン見たいにムキムキになっちゃうの?」

 シャルロットはとても心配そうな顔をする。


「まさか、そんなすぐには絶対にならないよ」

「え? そうなの?」

「筋トレは地道な努力を何年も繰り返してようやく筋肉が付く。ちょっとやったくらいじゃ何ともならないさ」

「ふ〜ん。エレインはいつから始めたの?」

「僕はもうずっと昔からやっているよ(生まれた時から)」

 俺はサイドチェストのポージングをして見せた。


「う、うん…」

 反応に困っている。

「それに筋トレは筋肉作りのきっかけだね。栄養バランスと食生活も重要なんだ」

「へー」

「僕は、女性も少し筋肉をつけた方が健康的で素敵だと思うよ!」


 まぁ、俺の場合は魔物まで食ってるし……。


「(エレインは、筋肉がある女性がタイプなのかな!? )」

「──ん?  何か言った?」

「ううん。なんでもない! じゃぁ、私もその腕立て伏せをやってみる」


 ◇◇◇腕立て伏せ◇◇◇

 ──筋トレと言ったらまずこれを思い浮かべる人が殆どだろう。

 器具を使わず体のみで大胸筋・上腕三頭筋に効かせられるトレーニングだ。

 その1、うつ伏せになり、手幅を肩よりやや広めにし、足を伸ばし腕立て伏せの姿勢になる。視線は前方を見る。

 その2、肘を曲げ、胸が床につくスレスレまで体を下ろす。

 その3、1秒、静止した後に両手で床を押して体を押し上げ、はじめの姿勢に戻る。

 体をくの字に曲げたりせず、体は常にまっすぐに保つことが重要だ。

 ◇◇◇◇◇◇


「──まず、うつ伏せになって肩幅に腕を広げて腕で体を支えてごらん」

「うん」

 シャルロットは言われた通りにうつ伏せになり、腕立て伏せのポーズを取った。

「お尻は上げない! 真っ直ぐに1本の棒になったつもりでッ!」


「はい!」

 シャルロットは突き出したお尻を引っ込めた。

「目線はやや前を見る。だけど顎は上げない」

「はい!」


「腕の位置は胸元のラインを意識して──、ゆっくり体を降ろしながら息を吸って──」

「すぅー」

「腕で体を押し上げながら息を吐く」

「ふうー……」


「いいかい? まずは回数よりもフォームを綺麗に意識してしっかりやる事が重要だからね」

「──ッん──はぁはぁ────うんッ──」

 シャルロットは顔を真っ赤にして言われた通りに腕立て伏せをしている。


「そうそう! いいぞ! シャルロット! センスあるよ!」

「はぁ──、はぁ──、うぅん」

「イメージは体を持ち上げるんじゃなくて、大地を押す! 大地を押す! それ、イチ……、ニィー……、サン──」


 チャレンジしてる子はとにかく褒める。褒めたら嬉しい。楽しむ事は基本さ。


「ナイス! はい! もういっちょッ! 体を上げる時よりも戻す時にゆっくり戻す事を意識して〜」

「はぁ……はぁ……も、もうダメぇー……あぁ……」

 シャルロットの腕が、ガクガクしてきた。

「はい! ラストもう1回! ラスト! 頑張れシャルロット!」


「も、もう……、ダメだぁぁ〜……、プシュ〜……」

 シャルロットは潰れるように沈み込んだ。

「ナイス、ナイス! とても、よかったよシャルロット。頑張ったね」

 俺は拍手をしてシャルロットに近づいた。


「ちょっと、パンプして肩幅が良くなったんじゃないかな?」

「えぇッ!?」

「冗談だよ。あははは」

「もう!」

 シャルロットはフグみたいに顔を膨らませた。


「腕立て伏せは、二頭筋、大胸筋に効いて二の腕引き締めやバストアップにも効果あるんだ」

「へー(胸……大きくなるかな?)」

 シャルロットの胸の辺りを仕切りに気にしている。


「──おっ! ここにいたのかエレイン!」

 ジレンが討伐から帰ってきた。

「あッ! 父さん、おかえり。帰ってきたんだね」

 俺は、ジレンの元に駆け寄った。

「あぁ、つい今しがた帰ったところだよ。いらっしゃいシャルちゃん。いつもエレインと遊んでくれてありがとう」


「いえ、遊んでもらってるのは私のほうです。とんでもないです。お邪魔しています」

 シャルロットは、何回もお辞儀をする。

「2人とも何をしていたんだい?」

「筋トレだよ。シャルロットに腕立て伏せを教えていたんだ」

「──はっはっはっ! あのよくわからないやつだね。どれ、俺にも何か教えてくれないか?」


 ジレンは本当によく出来た男だ。男としても父としても尊敬できる。

 剣術も魔法も学ぼうとしない俺の事を本当は心配しているに違いない。

 それでもその事は責めず、俺がやっている【よくわからない事】を理解しようと努力してくれている。

 父としても剣士としても最高にかっこいい男だ。


「そうだなぁ〜、父さんは剣士だし、二頭筋より前腕も鍛えられるハンマーカールなんかいいと思うよ」

「どうやってやるんだい?」


「──これを使うんだよ!」

 俺は、25キロのダンベルをジレンの前に持ち出した。

「ほぅー、これかー」

「このダンベルを剣みたいに縦拳で握ってみて」

「──こうかい? お、お……重いなこれは……」

 言われた通りにジレンは両手にブロンズダンベルを握りしめた。


 近代の成人男性は10キロですら重くて持ち上がらない人も多い中さすがは剣士だ。25キロをちゃんと持てる。


「肩幅に足を開いて……」

 俺は、ダンベルカールと同じ容量をジレンに説明した。


 ◇◇◇ハンマー・カール◇◇◇

 ──ダンベル・カールはダンベルを横持ちにするが、ハンマー・カールの場合は縦持ちで持ち上げる。

 あとはダンベル・カールと同じ容量だ。

 ダンベル・カールは二頭筋にピンポイントで効かせるのに対してハンマー・カールは前腕筋も巻き込んで腕全体に効かせられる。

 どの種目にも言えることだけど上げたあとゆっくり降ろす事を意識する。剣術にはピッタリなトレーニングだと思う。

 ◇◇◇◇◇◇


「──ふん──ふん──ふん──」


 ジレンのパーマのようなウェーブがかった首もとまで伸びた長い髪が汗でびっしょり濡れる。

 集中してしっかりと効かせられている。はじめてやってピンポイントに効かせるのは難しい物だ。運動神経の高さを物語る。


「これは……きついな……こんな事を……、いつもやっているのかい?」

「そうだね。でも、最近じゃ全然物足りないんだ」

「──物足りない──だと? はっはっはっ! 逞しい限りだ。心配はいらないみたいだね。シャルちゃんも母さんも守れそうだ」

 そう言いながらハンマー・カールを続ける。


「ナナ、ハチ、キュー……、10回!」

「ひぇー、これはしんどいなエレイン。お前もしかして俺より強いんじゃないのか?」


 単純な力だけなら多分、俺の方が力は強いだろう。だけどジレンは英雄的な剣士だ。

 力で叶うとは思えないし、なにより父として強くあって欲しい。


 近頃の忙しい活躍のおかげで最近では、剣聖ジレンなんて囁かれている。

 生前に尊敬した筋肉レジェンドに劣らない俺の中のトップレジェンドと肩を並べている。

 フィル◯ースやロリーコール◯ン、ジレン・グランデみたいな感じか?


「はい! 父さんあと、2セットがんばろう!」

「──おいおい! エレイン。これをあと2セットもやるのかい? 勘弁してくれよ」

 シャルロットが、俺たちを見てニコニコ微笑んでいた。

「それよりもせっかくシャルちゃんもいるんだから、今日はお祭りに行こうじゃないか」

「お祭り……?」

「私もいいんですか?」

「もちろん」

「わーい!」


 そういえば、今日は年に1度の国王生誕祭だった。生前から筋トレばかりしていてお祭り事や行事には疎かった。


 なんせクリスマスもバレンタインも彼女の誕生日もジムにいた。

 さすがにそれが原因で何回も喧嘩になった。

 仕方がないのだ……、彼女より筋肉の方が大切なのは事実であったからだ。

 彼女よりダンベルの方が俺を大切にしてくれている。そんな気がした(気のせい)


 せっかくの機会だ。生前は楽しめなかった事はこの異世界でしっかり楽しもうじゃないか! 

 シャルロットもいるし、たまにはお祭りもいいかも知れない。


「そうだね! せっかくのお祭りだしシャルロットも行こう!」

「──うん! 行こう!」

「じゃぁ、ルイーダも誘って4人みんなで行こう」


 ジレンは、俺とシャルロットの手を握りルイーダの元へ向かった。


「ルイーダ、 生誕祭に行くだろう?」


 ルイーダはすでにおめかしをしていて準備万端だった。きっと待っていたんだろう。


「えぇ、行きましょう! 楽しみだったんですもの」

 ルイーダは嬉しそうにクルッと回ってジレンの手を握った。

 なんせジレンは最近、討伐遠征ばかりでほとんど家にいなかった。ルイーダもきっと寂しかったと思う。


 俺とシャルロットそしてジレンとルイーダ。

 4人は仲良くお祭りに向かった。

 ──のんびりゆったりとして、本当にこんな時間がいつまでも続けばいいと思っていた。

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