第3話 ブロンズダンベル
──30分程の時間が経過しただろうか?
シャルロットは、ようやく泣き止んだ。
「落ちついたかい?」俺は優しい声色で問いかけた。
「うん。いつもごめんね」ヒクヒクしながら、まだ今にも泣き出しそうな震えた声でシャルロットは答えた。
「あんな奴らの言うことなんか気にすることはないよ。きっと、いつか魔法が使えるようになるよ!」
「ほんとかなぁ……、自信ないよぉ〜。エルフのくせに魔力が全くないんだよ?」俯くシャルロット。
「まずは、出来ると思う事が大切だよ」
「魔力っていつか出てくるものなの? みんな生まれつきだって言ってるよ。気にしないように頑張ってもまたイジメられちゃう……」
落ち込むのも無理もない……。
この世界では、職業の幅が狭い。
冒険者になるか、魔法使いになるか、王国騎士か、はたまた帝国騎士、商人、鍛冶屋、薬師、教師、牧師と職業が限られている。転生前の発展した近代社会に比べて生き方がシンプルだ。
インスタやユーチューブでもあればシャルロットもその魅力を生かした【何か】になれたかもしれない。
しかし、良い面もない訳ではない。
娯楽が少ないから誘惑が少ない。道をフラフラしなくて済む。
──だが、生き方がシンプルゆえに諦めは早い。それはそれで両極端だ。
この世界の住人は早い段階で、才能を見い出す。
その後は、その道を極めるの一択だ。常に才能ありきで物事を決める。
だから、すでに剣の道か、魔法の道か、商業か、殆どの人が道を見出して、その道に毎日励んでいる。
逆を言うと才能が見えない者は早々に諦めて他の道を行く。簡単になりたい自分を諦めてしまう。
努力を信じていない様にも思える。
生前の世界はコンテンツに溢れていて何になりたいかをも見い出せない者は多かった。道や選択肢は、いくらでもあった様に感じる。
だから迷う……、迷うし、戸惑う。
本当にこの道でいいのか? 本当にこれでいいのか?
信念を絶えず疑ってしまう様なキッカケで溢れていて、道を見失い、自分が何を成したいかもわからなくなった迷子で溢れていた。
異世界転生にチートスキルは付き物だ。
俺の成分表が見える能力もある意味ではチートだと思っている……、お、お、思っている。
思っているんだからね! チ、チートだよな?
だけど、どんな世界でも絶対に揺るがない目標や夢がある事が、もしかしたら一番のチートスキルなのかもしれない。
それがあれば、自分を信じ続けている限り人は、前に進めるのだから────。
「──ねぇシャルロット、よく聞いて?」
「……?」首を傾げるシャルロット。
「筋肉の世界にも才能っていう物が、やっぱりあるんだ」
「え? そうなの?」
「筋肉が付きやすい人もいれば、すぐ痩せちゃう人もいて、はたまた太ってしまう人もいるんだ」
彼女は黙って耳を傾ける。
「腹筋のブロックが生まれつき大きい人もいれば、いくら鍛えても小さいブロックの人もいてね」
「え!? お腹の形ってみんな同じじゃないの!?」
俺は頷いた。
「背中の広背筋の大きさも人によるし大胸筋に関しては人種で違かったりもする。ドワーフの人って発達しているでしょ?」
「確かに!」
「どんなハンデがあっても僕が憧れた異国のマッチョ達の夢は終わらない」
「そんな国があるの? 聞いた事がなかったよ」
俺はもう1度、服を脱ぎ半裸になった。
意味はない。
「腹筋のブロックが小さいなら、他の部位をさらに協調して、そのハンデすら美しく見えるようにボディメイクをするんだ」
「その人達は……、めげたりしないんだね」と、少し遠い眼差しのシャルロット。
「いや、みんな苦しんでいるよ。でも、コツコツ地道に試行錯誤しながらデメリットをメリットに変えて行くんだ」
「すごい人達だね……、私には無理かな……」
俺はシャルロットの言葉に首を横に振った。
「そんな事はない。その人達だって沢山苦しい思いをしている。ただ自分を信じ続けてダンベルをあげているよ」
キョトン、とした表情でシャルロットは俺の言葉を必死に理解しようとしている。
「自分で自分の人生を諦めてしまうのはいい。ただ諦める理由がデメリットとか環境で諦めてしまう事程の後悔はないんだよ」
「自分で……」
「環境とか周りの事を変えるのは難しいけど、自分は自分次第で変えられる。そしてダンベルは裏切らない!」
「ダ、ダンベル? ごめんね……、えっとね。あのね、わたし何を言ってるか……、ちょっとわからない……」彼女は苦笑いを浮かべた。
──ん──、この例えでは、伝わり難いか……。シュワちゃんが言ってたあの言葉はどうだ?
「限界を極めるのは自分の心だ。自分ができると思う限り、それは可能だ!」
「私にもできるかな……」
俺はもう1度、頷いた。
「諦めない。地道に行こう。筋トレもそうなんだ、2歩進めば1歩また下がる。1歩進んだら1歩下がる……、そんな日も多い」
そう……、毎日が進めるだけじゃない。時には自分と向き合う時間も必要だ。
「努力を疑わないで1%の努力をコツコツ続けた人が願いを叶えられると僕はそう思うよ!」
俺は、そうやって自分を信じ続けてきた。
今だって1ミリも疑っちゃいない。
だからミスターオリンピアにもなれたと思っている。
「1%の努力……。いい言葉だね! ありがとう。他のところは全然わからなかったけど、1%の努力 わたしも頑張って続けてみるね!」シャルロットは笑顔で微笑んだ。
「──ねぇエレイン? その筋トレって……、そんなにいいの?」
「もちろん! ほら、僕みたいに逞しくなれるよ。心も体も強くなるんだ!」俺は右腕で力こぶを作り上腕二頭筋を見せつけた。
「────エレインの事は凄いと思うし、とっても素敵だと思うのだけど、エレインみたいになるのは……、ちょっと女の子として嫌かも……」シャルロットは苦笑いを浮かべた。
◇◇◇◇◇◇
──その頃、ジレンは、オディナ大陸北部にある、迷いの森にいた。
「ジレンの旦那。あそこですぜ。人食い大トカゲの住処は──」茂みから弓使いの男がダンジョンの入り口を指差した。
弓使いと魔法使いとジレンは行動を共にしている。
「レーアさん。数は把握できそうですか?」ジレンが魔法使いの女に声を潜め投げかける。
「──ちょっとまってくださいね。今、偵察に出した精霊が帰ってきますので……」
洞窟から小さな光が、フワフワと宙を舞いながら、ゆっくりと魔法使いのレーアの元へ戻ってくる。
「おかえりなさいシルフ。いい子よ。数は……、えッ!? そ、そんな!?」レーアは罰が悪そうに黙り込んだ。
「どうしました?」ジレンは不穏を察し、レーアに聞く。
「──に、200頭です……、人食い大トカゲが200頭います」
「何だって!? 話と違いやすぜ!?」弓使いの男がそう驚き、考え込む。
「──不味いですね旦那。あっしらだけじゃ食い殺されるのが落ちです。一旦引きましょう、ギルドに報告して……」
「そうね。1度戻りましょう」
2人共、撤退の意思を示す。
「いえ、200頭くらいならなんとかなるでしょう」ジレンが、平然と答えた。
「「はッ!?」」2人は驚愕し、ジレンを睨む。
「旦那、なんとかなるわけないでしょう!? あっしら3人だけで相手にできる数じゃないですぜ!」
「そうよ。心中なんてごめんよ」
ジレンは爽やかに笑う。
「大丈夫ですよ。ギードさんとレーアさんは後方から支援をして下さい。前線は俺だけで行きますよ」
「────ちょ、ちょっと────!?」
ギードが引き止めようとしたが、もうそこにジレンの姿はなかった。
ずっと先にまで駆け出している。
高速で風を切るジレンのマントが靡きジレンの剣が2本チラッと見える。
二刀の英雄は、彼に相応しい異名であった。
一瞬で洞窟の入り口まで駆け抜ける。足音が後からついて回るように、瞬きをするとワープをしたかのように移動する。
ジレンは両手に剣を構える。片方を空高く、もう片方真横にかかげる。
「桜斬華ッ! はぁぁぁぁ──!」ジレンの技が炸裂する。
大トカゲの群れが一瞬で桜吹雪のように空を舞う。肉片と血の雨が豪雨になり大地が潤う。
「す、すごい──!」
「これが二刀の英雄……」2人共、呆気に取られた。
「──はッ!? ギードさん、見惚れてる場合ではありません。私達も支援しましょう!」
すぐさまレーアは我にかえり風の精霊シルフを呼び出した。
「風よ。精霊の契約者の名の下に我に聖なる裁きの風をもたらさん」
竜巻が、巻き起こる。
「おうよッ! あっし特性の弓をとくと味わいな!」
ギードは矢の雨を降らし、レーアは風魔法でジレンを援護した。ジレン達は造作もなく魔物の巣を制圧したのであった。
◇◇◇◇◇◇
初めて彼女をイジメから救った日からシャルロットを励ますのが日課になっている。
俺は、シャルロットと別れた後、街一番の鍛冶屋のドワーフの元に行く所だ。
この日のために大量のアルミラージの角を集めた。角は素材になり、武器や防具を作れる。
アルミラージの素材は手頃で初心者冒険者の始まりでもある。とても人気な素材だ。
現在、俺の手元に25本の角がある。
「こんにちはー!」勢いよく鍛冶屋扉を開ける。
「おうッ! ジレンとこの坊ちゃんかい、どうした?」鍛冶屋のドワーフが出迎えてくれた。
父のジレンは街の英雄なので、息子である俺も自然と顔を知られている。ただし────、変わり者の変人って意味で……だ。
「アルミラージの角を持ってきました! 25本あります!」俺は机の上に袋に詰めて持ってきた素材を置いた。
「ほぉ──! こいつはたまげた。10歳のひよっこがこんなにアルミラージを仕留めたのか! さすがジレンの息子さんだ」袋の中身を確認して褒めながら俺の頭を撫でた。
「ははは……(素手で殴り殺したのは内緒だ……)」俺は苦笑いで返す。
「これ素材全部、ブロンズと交換できますか?」
「ん? ブロンズ?」
「はい。何キロくらいのブロンズにできますか?」
「──んん? 坊ちゃんは武器が欲しいんだろ? ブロンズソードって事かい?」ドワーフは飾られた武器を指差す。
いやいやいや、俺が武器なんか欲しがる訳がない。そんなもんはいらない。欲しいのはブロンズその物なのだ。
「いえいえ、武器が欲しい訳じゃないんです。何キロのブロンズになりますか?」
怪訝な顔をするドワーフ。
「────おぉ……なら……、1本2キロのブロンズと変えてやれるよ」
1本2キロか……、まぁ上等だな……。
「じゃぁ、50キロのブロンズをこの形でいただきたいんですが──」
俺は、白い紙の上にペンで二つのダンベルの図面を書く。
「お、おう、なんだこりゃ? 武器じゃねーのか?」図面を見てドワーフが唖然とする。
フフフ。武器などいらん。
「ダンベルって言うんですよ。1キロの狂いもなく、25と25キロのダンベルを2個お願いします!」
ドワーフは困った顔をして頭を掻いた。
「──お、おう──」
そう困惑しながらも図面を見てじっと確認していた。手を仰いだり、宙で形取ったりして、その後すぐに作業に取り掛かりはじめた。
さすがは、街一番の鍛冶屋だ。仕事の取り掛かかりが早い。
まずは、最初のダンベルだ。
あと何種類かのダンベルも欲しいな……。あと10キロ、50キロ、もう1セットづつは欲しい。作るために必要なアルミラージの角は70本か……。
なかなか骨がいるな……。
──カンカンカンッ! と金槌でブロンズを叩く音が鍛冶屋店内に響き渡る。
俺は気分が、高揚し鼻歌を歌う。新しいサプリメントを初めて試すような新鮮さに心が躍る。
椅子の上で、足をプラプラさせながらダンベルの登場を今か今かと待っていた。
このドワーフのおっちゃん……、タンパク質量が【30,000】もある。
やっぱり武器職人ともなると筋肉量が多いのかな?
このカロリーとタンパク質が、わかる目は何故か自分の数値だけは測れない。鏡を見ても自分の事は表示されないのは唯一不便だ。
便利なことは自分の食生活に活かせるのは、もちろんの事タンパク質量が高すぎる魔物には近づかないようにしている。
筋肉量が多いというのは強いに違いないからだ。
ただ自分の数値がわからない以上は比較ができないのだけど。
「──はいよ! 出来たぞぉ!」
ドワーフがダンベルを持ってきた。──ゴンッと鈍い音が机の上に2つ並んだ。
「うはー! ありがとうございますぅー!」
俺はダンベルに頬擦りをする。
「なんだこれ? 随分重いが、こんな物を何に使うんだ?」
ドワーフはダンベルを眺めた。
「ダンベルって言うんです! 筋トレに使うんですよ!」
「はぁ? ダンベル……? 筋トレ……?」
ドワーフは困惑している。
無理もない。
この世界の人間は特化型だ。剣術をマスターしたいと思ったのなら只管剣術の修行のみをする。実際、その方が効率的でもある。
ムダな動きを削いで削いで尖らせていく。
だから、筋トレなんていう方法は取らないし、知らない。
だが、近代スポーツ科学は違う……。
昔のボクサーなんかは、筋肉量を増やすとスピードが落ちるとかパンチが鈍るなんて都市伝説が信じられていた。しかし近代のボクサー、フロイ◯メイウェザーやマニーパッ◯オだってウェイトトレーニングを取り入れている。剣士や魔法使いだって取り入れた方がいいに決まっている。
「ありがとうございました! またお願いしまーす!」俺は元気よく敬礼をした。
「おう! 気を付けて帰れよ!」
俺は店を後にした。
ついに自重トレ以外のメニューも取り入れられるぞ! これでダンベルワークができる。
2つで50キロのダンベルをもって10歳の俺は、ワクワクしながら街を駆けて行った────。
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