第2話 ステータスは体の成分表?
転生してからどれくらいの月日が経つのだろうか?
寝返りができるようになって、首も据わった。
──中村は元気です。
転生したばかりの頃は、窓を覗くと雪がシンシンと降り積もっていた。
その雪も溶けていき庭の芝が雪から顔を出している。
首が据わった事を考えてみると、大体3ヶ月が過ぎたってところだろうか?
両親の会話も途切れ途切れだけど、話している言葉も短文なら理解ができる。
だけれど、ボディビルの国際大会で聞く様な、英語でもない、中国語でも、スペインでも、ポルトガル語でもない言語。
全く聞いた事もない斬新な言葉だ。
そして、俺の名前は〝エレイン〟と呼ばれている。性は〝グランデ〟
母親の名前はルイーダ・グランデで父親の名前はジレン・グランデ。
グランデ家の生計の立て方は、冒険者家業だ。
父ジレンは剣の腕が立つらしく、この街では1番の剣士らしい。
剣術教室を開いてもいて、生徒も多く、上々のようだ。
たまに母親に抱っこをされて街の散歩をする。
俺の街は〝シエーナ街〟と言うらしい。
この街の市場はとても活気があり、人の出入りがとても多い。治安も良い。街の中を元気に子供達が走り回っている。
「いらっしゃい! 見てらっしゃい!」
「安いよ! 奥さんッ見て見て!」
露店で活発に客引きをしている。
ルイーダに抱かれ、素通りして行く。
それから、この世界の住人達に驚いた。
人間だけじゃなく、エルフや獣人やドワーフという様々な種族が存在している。
はじめて見た時は、目を疑ったよ。
建造物は中世を想像させる作りで、各家庭にはもちろんエアコンや電気はない。
寒い時は、毛皮に丸まって暖炉で薪を焚べる。
人々の会話を聞いていると、外には魔物も住んでいて人を襲うらしい。
──おいおい……野生のライオンとかトラとか狼とかそこら中にいるのかよ。
街並みを歩く殆どの人は、剣だの、杖だの、斧だの、武器を持ち歩いている。魔法もあるらしい。
科学が発展した21世紀に比べると、とても信じられない。
最初は頭がおかしい人のコスプレ集団かと思ったよ。
当然ながら母親と街の散歩をしている中、どこを見渡して見てもフィットネスジムは見当たらなかった……。
戦士や武術家はたくさんいるのに筋トレの文化はない。
──残念だ……。
そして、人の頭の上に浮かび上がるこの数字。
これは人や動物だけではなく食物にも表示される。
りんごを見ると【54/0.2】と出ている。
バナナを見ると【84/1.1】と出てくる。
そして極め付けは、赤身の多い肉一切れは【270/25】と表示される。
転生してからずっと、この数字について考えていた。
試行錯誤した結果。
生前よく見ていた成分表が頭に浮かんだ。
左の数字がカロリーで右の数字が、おそらくタンパク質だと思う。
記憶にある元の世界の肉やリンゴのタンパク質は大体同じだった事を覚えている。何せ減量中は、何を食べるときも成分表を気にして生きてきた。
──転生者の特殊能力だろうか?
いやいや、もう少しマシなものが良かったなと思いつつも、この世界には成分表はないので筋肉の発達に必要不可欠な能力として一応、感謝もしている。
生体の数値は常に変動している。
摂取したり、動いたり、排出したりで、常に株価のように上下している。大体のベースの数字からは大差はないが、どうやら人や種族によってベースの数字そのものが大きく違う。
人間なら左の数字は、140,000〜200,000前後。
エルフは、50,000〜120,000前後。
獣人は、2,500,000〜320,000前後。
ドワーフは、300,000〜500,000前後。
しかし、同じ個体でも大気中の魔素含有量によって、カロリーやタンパク質に変化がある様だ。
例えば、地球の鳥ササミに例えるならば。
100グラム単位のカロリーは、平均120カロリー。
タンパク質量は、約20グラム。
しかし、魔素が高いと平均値が数倍に変化する場合がある。逆に魔素が低いと、半減以下に減る事もある。要はこの世界では、元の世界の常識は当てはまらない。
この街で見かける種族しか観測をした事はないが、きっと世界には上には上がいるのかもしれない。
そして右の数字は個体によっても全然違う。タンパク質量と考えれば不思議ではない。
デブもいればガリガリの奴だっている。中でもドワーフは筋肉量が多いようでタンパク質量が高い。
そして何よりも俺にとって1番の問題がある……。
──この世界にはプロテインがない……。
冷蔵庫がないので肉の貯蔵は困難。転生前に心配をする事が決してなかったプロテインについて、物凄い絶望感を味わっている。
「ただいま」
ジレンが帰ってきた。
「おかえりなさい」
ルイーダが出迎える。
ジレンは帰るなり着替えをすまして、夕食の席につきお酒を飲み始めた。
「さっきギルドで聞いたんだが、勇者がやられたらしい。これからまた魔王軍がどんどん勢力を増していくだろう」
「まぁ……勇者が……、これで7人目の勇者が亡くなった事になるのね」
──ッおいおいおい!
なんて物騒な話しをしているんだ。ベイビーの前だよ?教育に良くないと思うな〜。
勇者が死んだって? しかも7人目と来たか……。どんだけ魔王強いんだよッ! がんばれよッ! まだ見ぬ8人目!
「勇者が死んだ事により、西の村の魔物達がつけ上がって暴れている」
「また荒れそうね……」
「Aランク以上の冒険者が、ギルドに緊急クエストに招集された。俺も討伐部隊に編成された。これから忙しくなりそうだ」
「このところアナタも働き詰めね……、大丈夫?」
「大丈夫さ。それに次の魔物はギガンテスだ。敵じゃない」
──ジレンは強い! らしい……。
この街では英雄みたいなもんのだ。俺はそんな父を誇らしくも思う。
ただ、こんな物騒なところに働き詰めはごめんだ。
何より物騒だ!危険だ! 危険が、危ない!
俺は絶対に冒険者になんかならないぞ、そうたった今、心に固く誓うのであった。
「おっ、今日の料理は贅沢だな。これは霜降りだな」
ジレンはサラを見るなりニヤリとした。
「でしょ〜? いっぱい食べて精力付けてね。ウフフ」
ジレンもルイーダも仲睦まじい。2人とも素晴らしい人格者だ。
尊敬もしている。
願わくば、ずっと2人とも幸せのまま平和に過ごしてほしい。
俺の子供心なのか、友人的な感情からなのか、それはわからないが……、本心から2人の幸せを願っている。
さて、前世ならサラダチキンの時間なのだが、ここではそうは行かない。
俺もそろそろ首が据わったので、そろそろ腹筋ができるんじゃないか? やってやろうじゃないの、チャレンジをしよう。
──ふん……、うんんーッ! ぐぎぎぎぎぎ!
「ハァ……、ハァ……」
──ダメだ。くそ! まだできないのか? 気を取り直してもう1回だ。
レッツ トライ レップスッ!
うんんーんっ!
「アウアウアァ──(くそーできねぇーのか!)」
「あらあら……、起きたのね坊や。おっぱいかしら?」
ルイーダが、俺の声に気付き近づいてくる。
「アーアーウー! ハーフゥー!(違う、俺は腹筋がしたいだけなんだ! ほっといてくれッ!)」
──や、やめろぉ! 邪魔するなッ!
「──はぁい。坊や」
──はぁ………。
と、まぁこんな感じで時間はゆっくり流れていく。近代的とは程遠い生活環境ながらとても幸せを感じている。そして腰が据わり、ようやく四つん這いができるようになった頃……。
「見てアナタ! エレインがハイハイしそうなのよ?」
「おっ! 本当だ! でも、なかなか進まないな。さっきからうつ伏せになって起伏の繰り返しだ。もう少しなのに……」
──はい! 残念でした。
ハイハイじゃありません!
これは腕立て伏せをしているだけでーす!
それからまた数ヶ月が経ち。
「見て! アナタ! エレインが掴まり立ちして歩きそうよ!」
「あとちょっとだ! 頑張れエレイン! ほら……、よし! あぁーおしいッ! おっまだ、頑張るか? 頑張れエレイン!」
──ハイ残念! これは歩きたいんじゃない。
スクワットをしてるだけだよッ!
邪魔をしないでくださーい!
それからまた数日が経ち。
「見てアナタ。エレインが空を飛ぶ真似して遊んだるわよ? ウフフ」
「はははッ! いいぞぉーエレイン! 飛びそうだッははっ!」
──これはバックエクステンション……、背筋を鍛えてるだけだ……、邪魔しないでくれ。
と、こんな感じでどんどん月日が流れて行く。
そして俺は、この2人の愛情を一心に受けて10歳になった。
俺は頻繁に街の外をほっつき歩いた。
もちろん両親には内緒である。
外の世界が見たい、その好奇心が溢れた。
──絶句したよ……。
狼とかライオンとか、トラなんてモノじゃない! まさにドラ◯エで見るような魔物が存在した。火を吹く奴だっているし、ビリビリ電気をまとっている奴だっている。
街のすぐ外周辺にはアルミラージという弱い兎型の魔物がよく出現する。兎に角が付いている、よくゲームで見る奴さ。
しかし、エレイン物語りはここからが、よく知るファンタジーとは別の話だぜ。
このアルミラージは、かなり手頃で栄養価が高い。
【3,200/3,800】
2キロ前後の体重でこのカロリーとこのたんぱく質がとれる。しかもその味は、ササミのようで美味しい。
サラダチキンの代わりがこんなところで見つかった。この能力に感謝しかない。
俺は頻繁にアルミラージを殴り殺し、内臓をくり抜いてから丸焼きにして食べていた。
やはり内臓系統は日本でもそうだが、アタると怖いから食べない事にしている。
肉質は、冷めるとパサパサだがしっかりと熱を通すと外はカリとしていて中は、とてもジューシーだ。その辺りに生えているバジル草を付け合わせたりしてみると香りがよくなり食欲を更にそそる。
──いつか魔物料理店なんか出店してもいいかもしれないな。
もちろん、魔物なんか食ってる奴はまずいない。このシエーナの街を隅々まで探しても俺しかいないだろう。バレたらきっと大変な事になる。
──だが、そんなリスクは知った事か!
このハイフードの誘惑には勝てない。クレアチンもプロテインも他のアミノ酸もないこの世界にこれだけのハイフードをほっておくのはビルダーとしてどうかしていると思う。
ドゥエイ◯ジョンソンもジェイソン◯ティサムもシュワル◯ネガーもこの世界に来たら、まずアルミラージをむさぶり食うだろうと確信している。
とは、いっても人間の体は1度に摂取できるタンパク質の量が限られている。
基本的には1回の食事で40グラムまでしか身体が、受け付けない仕組みなっている。
──はずなのだが……。
どう言う訳か、この世界の身体の作りが違うのか? はたまた食物が違うのか? 食べれば食べるほど体に吸収されていく。
おまけに、ジレンとルイーダという優秀なDNAを受けついでいるので、肉体も凄い勢いで筋肉が付いていく。
これも、もしかしたら転生ギフト?
もしかしてこの世界の住人は、ちゃんと筋トレをしていたら全員オリンピアレベルなのかもしれない。俺もあと数年もしたら、前世の俺を超えてしまうかもしれないな……。
「うまぁいー! 」
俺は丸焼きにしたアルミラージの肉を貪った。
まぁこんな生活をしていても俺はまだ子供。
この年になるとこちらの世界でも学校に行く。
俺は剣術も魔法もみんなと仲良く学び友達もたくさん──────
──────たくさん?
とは、いかず─────
剣術も魔法も冒険者になる気なんてサラサラなかったので、全く学ばずに筋トレばかり。
────え? ────友達?
「エレイン? あぁ、いつも鏡の前で変なポーズをばっかりとっていてキモいんだよなぁ、あいつ」
「ジレン先生の子供のくせに全然剣術やらねーの。変なやつ!」
「魔法も全然やらないし、何をしに学校に来ているんだよ!」
「うわ──! また変なポーズとっているよ! キんモッ!」
と、こんな感じに倦厭されていてめちゃくちゃ浮いている。しかし俺には関係はない。
──それ、サイドチェスト!! それ、モストマスキュラー! それアブドミナル・アンド・サイ!
この……ん……、ポーズの……んッ……、美しさをわからない奴らなんかと……仲良くできるわけがない。
生前の世界では【1年生のうた】というものがある。
「友達100人できるかな〜」で有名なあの歌だ。
あれは俺にとっては友達を作るよりも【ダンベル100キロもってるかな〜】の方が重要だ。
鏡の前で上半身裸でポーズをとっている俺を横目に同級生達は「キモッ……」という言葉と共に通り過ぎていく。
しかし、こんな俺でも学校は必要だ。剣術や魔法に興味がなくても、やはり学びは重要だ。この世界の言葉の読み書き、常識を学ばなくては生活をして行く事が困難。
さて、俺も帰るか──、ん?
遠くから誰かの罵声と泣き声が聞こえる。
「まーた、やってんのかあいつら……」
泣き声と罵声のする方に走る。
これは日課のようなものだ。
いつもの校舎裏の林の方?
「やーい! この魔力なし!」
「エルフのくせに魔力なし!」
「学校くんなよー、魔力なし!」
「うああああぁぁぁぁぁーん!」
声の場所にたどり着くと泣いている女の子に向かって罵声を浴びせながら砂をかけたり、石を投げたりする3人組がいる。
──イジメだ。
やれやれ、どこの世界にでもいじめる奴といじめられる奴がいる。この世界も同じだ。生物の永遠の課題なのかもしれない。
「おまえらァ────!!」
俺は、怒鳴りながらいじめっ子3人組に駆け寄りラリアットで吹っ飛ばした。得意技の1つ。
3人は5メートル程の距離を吹っ飛ばされ、林に突っ込む。
「──ッ痛えッー! うわぁ──! ギガンテスエレインがきたぞー! きもい! にげろォ──!」いじめっ子どもめ一目散に退散して行った。
まったく懲りないやつらめ、何回ぶっ飛ばしても性懲りもなく同じ事をルーティンしている。もちろん手加減はしている。
ケガでもさせてルイーダとジレンに迷惑をかけたくはない。
「シャルロット大丈夫かい? ケガはない?」
このイジメられていた子の名はシャルロット 。
エルフ族の同級生の女の子。ゲームやアニメでよく見るような尖った耳に、腰まで長い金髪の髪に、とても目が大きくその瞳は青く透き通っていて、可愛いらしい顔立ちをしている。
エルフといえばあの魔法使いのエルフだ。
なのにどうした事か、彼女には魔力がない。
それでいつも同級生にイジメれている。
生前は、いじめられている奴にも原因があると思っていた事もあった。
「やり返さないからだ」「弱いからだ」「優しさと弱さを混同するな!」と、いつも思っていた。
しかし、生まれながらにして抱えてしまった問題で苦しんでいる人も中にはいる。俺はこの世界に転生して今頃それを思い知らされている。そんなどうしようない事情で、女の子をいじめるなんて……許せない。
「──えーん──、ぐすん──、エレイン──、いつもごめんね──、ひっぐ────」
「ほらほらシャルロット! 泣かないで? ね?」
──んー、中々泣き止まないな……。よしッ! ここはひと肌脱ごう! 俺は服を脱いだ。
「ほーら見て、シャルロット! 見てみて! ハイッ! サイドチェストッ! (決まった)」
サイドチェストのポーズをシャルロットの前でまざまざと見せつけた。──もちろんドヤ顔で──。
「──ナニゾレェ──ぇぇぇん!? わかんないよおぉぉぉぉ──────!」
あ、あれ? 全然、泣き止まない……。
「わ、わ、そんな泣かないで! ね? ほらほら、見てこの大腿四頭筋ッ!」
シャルロットの泣き声が更に大きく夕焼けに響いた。
どうしていいかわからない俺は、ただただシャルロットのそばで慌てふためいていたのである。
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