第四章

第四章

その女性教師の住んでいる浮島地区は、何だか急に過疎化が進んでいるというか、売り土地と看板が立っている水田ばかりが目につく場所であった。タクシーの運転手に、その教師、鈴木妙子が住んでいるところに、乗せて行って貰ったのだが、やっぱり教師という職種の人が住んでいる家らしく、大変豪華で、周りを押さえつけるように立っていた。

「ごめんください、ちょっとお尋ねしたいことがありまして。」

蘭は、そう言いながら、その家のインターフォンを押すと、

「はい、どちら様でございますか?」

間延びした女性の声だった。

「あの、すみません。斎藤雅江さんのことでお伺いしたいことがありまして。」

と、蘭がいうと、

「ああ、警察の方ですか、警察の方にはもうさんざんお話ししたんですけどね。」

と、女性は、面倒くさそうに言った。

「僕らは警察ではないよ。医療関係でもありません。ただ、斎藤雅江さんのことで、どうしても知りたくてお伺いしたんです。少なくとも、彼女が亡くなる前に僕らの家に訪ねてきたことは確かなんです。どうしても、わからないことがあって、それで、お伺いしました。」

蘭が急いでそういうと、

「じゃあ、カウンセリングの先生とかそういう方ですかね。まあ、とりあえず入ってください。」

と女性は、玄関のドアをあけて、蘭と杉ちゃんを中に入れた。

「はじめまして、僕は伊能蘭と申します。そしてこっちは、」

「はい、親友の影山杉三で、杉ちゃんです!」

と、杉ちゃんは明るく言った。

「まあ、細かいことはどうでもいいや。其れよりも、僕たちが知りたいのは、斎藤雅江さんという人物が誰かに恨みをかうようなことをしなかったかどうか、聞きに来たんだ。彼女、お前さんが受け持ったとき、どんな生徒だったか教えてくれ。優等生だった?それとも、不良性だった?」

「とんでもございません。かわいそうな位、まじめな生徒でした。今思えば、もう少し彼女に手を飼えてやれば、こんな事件は起こらなかったかもしれません。あまりにも、まじめな生徒だったんで、何も声をかけずに放置してしまいました。こんな事いうなんて、おかしいかもしれないけど、ほかの生徒を、黒板の方へ向かせるために、何十分もついやして、時には大声を出さなければならないほどで。その時、彼女はもしかしたら、辛い思いをしていたのではないでしょうか。」

杉ちゃんの問いかけに、鈴木妙子先生は、そう答えた。

「そうだったんだね、確かに、不良性ばかりを何とかするのに気をとられて、優等生の方へ手が回らなかったのか。まあ確かに、優等生は、自分でやれると誤解されがちだが、それは違うかもしれないな。それで、彼女は、そういうわけだから、友達もできないでいつも一人でいたんだろ。先生ばかりが味方じゃ、それでは、いじめの原因にもなりかねないな。まあ、不幸な要素が重なったとしか言いようがないね。」

と、杉ちゃんがいうと、

「では、彼女、斎藤雅江さんの進路状況はどうだったんですか?進学する予定だったんでしょうか?それとも、就職するつもりだったんでしょうか?」

蘭は続いて聞いた。

「ええ。彼女は、就職するつもりだったそうです。なぜなら、まじめな生徒ではありましたが、数学や化学などが苦手でして、長年勉強をつづけるより、働いて、自分のことを人に評価して貰いたいとよく言っていたんです。」

「はあ、其れも又妙だな。それでは、よっぽど貧しい家から通っていた生徒さんだったんだろうか?」

と、杉ちゃんが聞くと、

「ええ、そうですね。ほかの生徒と比べると、あまり裕福な家庭ではなかったのではないかと。父親は、いたんですが、仕事が忙しくて、ほとんど留守をしていて、母親が彼女の面倒を見ていたようですから。」

と、妙子さんは言った。

「つまり、父親はいるようでいなかったというわけですね。経済的な為とは言え、彼女は辛かったでしょう。」

蘭が急いでいうと、

「ええ。そうだったと思います。」

と、妙子さんは答えた。

「なるほどね。学校にも家庭にも居場所がなかったというわけか。それじゃあ確かに、リスクは大きいわな。まあ、そうならないようにしたかったんだろうけど、お前さんも、問題児相手に大変だっただろ?」

杉ちゃんはちょっとため息をついた。

「ええ、彼女から見たら申しわけないことをしたと思います。雅江さんは、ほかの生徒にあるような、スカートを短くしたりとか、わざとネクタイを変な風につけるとか、そういう事も一切しませんでしたし。そういう彼女をもっと後押ししてあげれば、こんなふうになってしまわなかったかもしれない。今から思うと、彼女には。」

と、鈴木妙子さんはいった。

「そうですか。もう吉永高校神話も形もなくなっているということですか。」

蘭は、ちょっと残念そうにいう。

「そんな過去の神話に溺れているから、斎藤雅江さんは救われないよ。そういう思想はな、とうの昔に捨てちまうのが一番いいんだ。それは、お前さんも、教師という職業だったら、わかっておくべきだったんだけどな。それをしなかったから、今回のようなことが起きちまうわけ。彼女はつらかった

と思うぞ。学校でも誰も助けてくれないし、家でもお母さんと二人きりで自分のSOSを出すのも難しかったんだから。少なくともさ、お前さんが忘れてはいけないな。教師として、情けないことをしたとな。」

杉ちゃんにそういわれて、鈴木妙子さんは、申し訳なさそうに頭を下げた。

「はい、それは私も、よく心得ています。そう言えるかわからないけど、彼女のことは、忘れないつもりです。でも、残念ながら、彼女のお宅に行って、彼女にお線香をあげることはできませんでした。親御さんから、来ないでくれとはっきり言われてしまいました。何だか、彼女のご両親はすごい人間不信になっているようです。」

「まあ、まあね。そういうことになってしまうのは、仕方ないと思うんだが、でも、ここは、頭から水を被る覚悟で、彼女の家に行って貰えないだろうか。彼女が、本当はお前さんたちにとって必要だったという事実こそ、ご両親を助けることになるし、彼女を助けることにもなるんだよ。だから、御願い何だけど、もう一回彼女にお線香をあげさせて貰いたいと言ってやってくれないかな。」

と、杉ちゃんが、妙子さんに、いきなりそういうことを言いだすので蘭も黙ってしまう。

「ほんと、頭から水を被ったっていいんだ。それをされて当たり前だと思っていいんだ。頼む。」

「そうですね。」

と、妙子さんは、何かわかってくれたようで、そういってくれた。

「そうですね。私は、それだけのことをしたんでしょう。彼女、斎藤雅江さんのお宅にもう一回行って謝らせて貰います。」

「うん、そういってくれて嬉しい。僕も、そうして欲しいと思っている。」

杉ちゃんは、にこやかに笑ってそういうことを言った。

一方、製鉄所では。

水穂さんがまた布団に座って、天童先生の直伝霊気なるものを受けていた。それを見学させて貰っていた由紀子は、水穂さんが、せき込み始めたので、心配になってしまうのであったが、

「大丈夫よ。はいたものが詰まってとか、そういうことは、起こらないわよ。」

と、天童先生はにこやかに言って、水穂さんの背中をなでたり、軽く叩いたりするのであった。

「大丈夫だから、ゆっくり吐き出してごらん。」

そうやさしく声かけする天童先生に、由紀子は、ゆっくり吐き出していられる余裕など、水穂さんにないのではないかと、思ってしまうのであった。水穂さんは、確かに、せき込んで苦しそうだ。それを和らげてあげるなんて、果たしてできるのであろうか?

「ほら、ゆっくりね。いきなり全部吐ききることはできやしないわよ。ゆっくり、落ち着いて吐き出してね。」

そう言いながら、天童先生が水穂さんの背中をなで続けてあげていると、急に水穂さんが激しくせき込んだ。天童先生は、それを予言しているかのように、水穂さんの口もとを拭いてあげた。せき込んだのと同時に大量の赤い液体が、水穂さんの口もとからあふれ出た。

「水穂さん大丈夫!」

と由紀子は急いでそういうと、

「あんまりしゃべらせないほうが良いわよ。もう一回やってみて。頑張ろう。」

と、天童先生は優しく言って、水穂さんの背中をなでると、ううと言って水穂さんが又せき込んだ。今度も同じものをだした。天童先生は又口もとを拭いてあげた。

「よしよし、たまっているものを全部だした。」

天童先生は、ほっとした顔で言う。

「しばらく、大丈夫だとおもうから、できるだけ楽な恰好で過ごさせてあげてね。このまま眠ってしまっても良いからね。じゃあ、水穂さん、横になりましょうか。大丈夫よ。あたしたちがしていることは、違法な宗教とか、そういう事でもないんだし。少し前に、地下鉄でテロを起したような宗教とは違うのよ。」

そう言ってくれるけど、由紀子は、何か、不安でならなかった。

「ほら、横になって。眠ってくれてもかまわないわよ。」

天童先生は、水穂さんを、布団に寝かせてやり、かけ布団をかけてやる。

「ありがとうございました。」

水穂さんは、そういった。由紀子は、水穂さんに天童先生は何をしたのか、知りたいところであった。「一体水穂さんに何をしたんですか?」

と急いで聞いてみる。

「前にも言ったかもしれないけど、水穂さんの体の良くなろうとしているところを、めぐりを良くしてあげただけよ。」

「あの、すみません。それはたとえば、マインドコントロールみたいなことにもつながるんでしょうか?」

由紀子は、しまい込んでいた疑問を言ってみた。

「何もないわよ。ただ、水穂さんのこと落ち着くようにしてあげただけよ。」

と、天童先生がいうと、

「じゃあ、これはどう説明なさいますか?」

由紀子は、ある週刊誌を鞄の中から出して、天童先生に渡した。

「はあ、霊気ヒーラーのマインドコントロール?」

と、天童先生はその週刊誌を読んでみる。

「まあ、こんな物がよく、週刊誌に載るわね。この人は、今話題になっている、女性のヒーラーよね。」

と、天童先生は、その雑誌に乗っている美女の写真を見た。

「この人、よく話題になっているけど、この人がやる霊気というのは、直伝霊気ではないわ。彼女がやっているのは、あくまでも外国から持ち込まれた霊気でしょ。日本の直伝霊気とは全然違うものよ。」

「そうでしょうか。でも、この記事に書いてあることが本当なら、水穂さんのことを何かしているのではありませんか?ヒーリングの前に、カウンセリングとかして、弱みを握って、それを施術することで、それから解放させるという手口で女性を捜査しているって、この記事には書いてありますよ。」

由紀子が、疑い深い目で天童先生を見ると、

「そういう風に思ってほしくないわ。あたしたちは、ただ、体を良くしてあげようということで、霊気をやっているだけなのよ。」

と、天童先生は言った。

「それに、宗教でも超能力でもなんでもないの。ただの、癒しの手法なのよ。それだけなのに、どうしてこういう風に、マスコミっていうのは否定的に書くのかしらね。だから、私たちのクライエントさんだって、辛い思いをしてしまうんだわ。」

「まあ、それはそうかもしれないけど、こういう風に、疑惑が持たれるんじゃ、本当に効くのかどうかもわからないじゃないですか。」

由紀子はそう抗議すると、水穂さんが、静かに眠っている音が聞こえてきた。多分、詰まっていたものがとれて楽になってくれたのだろう。それをしてくれればまだいい。由紀子はそう思いなおすことにした。

「それにしても、この大槻富士子というヒーラーは、ちょっと私たちがしてほしくない方へいってるわね。こういう女性は、きっと成功しないわよ。ヒーラーというのはね、重い症状の人を治すけど、それを私がしたのだと、思ってはいけないのよ。つまり、表舞台に出てはいけないの。それをしたら、ヒーラーという名ではなく、悪徳な治療者とでも言うべきものになっちゃうのよ。」

天童先生は、ちょっとため息をついた。

「いま、テレビでも、彼女はよく出てるけど、そういうことはヒーラーとしてやって良いものかしらね。私は、そうは思わないわ。この雑誌に書いてある通り、クライエントさんの意思まで、操作してはいけないわよ。」

「そうですか。天童先生が、そういう気持ちでいてくれてちょっとほっとしました。私、そういうのをやってくれる人が、皆そう思っているのかと思って、すごく不安だった。」

由紀子は初めて、本当の気持ちを言った。

「まあね、こういうひとは偉い人のように見えるけど、最近はそういうことはないわよ。大した人生経験していない人が、ヒーラーを名乗ったり、サークル立てたりしているんだから。」

「ありがとうございます。天童先生。私、ほんと楽になりました。」

天童先生はにこやか言ってくれたので、由紀子もほっとしたのである。

「いいのよ。あたしたちは、恐怖政治をしてはいけないと思っているから。其れより、水穂さんはしばらく、苦しむことは無いと思うけど、もし、何かあったら連絡頂戴。それは私にも責任があるし。」

と、天童先生は言った。その間にも、水穂さんの静かな眠っている音が、由紀子たちの間で聞こえてくるのだった。

由紀子たちが、そんなことを言っている間、熱海市の山間部にある、ヒーリングオフィス、「クマの家」では。

「じゃあ、ヒーリングに入る前に、お話しを聞きましょうか。何か、悩んでいることや、辛いことを話してみてください。」

と、大槻富士子が、クライエントの女性に、お茶を出してやりながら、そういうことを言った。

「ええ。悩んでいるというか、自律神経が乱れていると言われたんです。なんでも、神経神経って医者は言いますけど、それは言い逃れをしているとしかおもえません。医者なんてそんな物ですよね。薬は出してくれるけど、それ以外の症状を和らげるということは、してくれないで。」

と、女性はそういうのだった。確かに医者のいうことも間違ってはいないだろう。でも残念なことに、神経がどうのと言われてしまうことは、原因がわからないで、本人だけに異常があらわれているというだけの事だ。それが、周りの誰かにも分かって貰えないから、クライエントは、苦しむのだった。

「そうなんですね。あなたの家庭環境を話してみて下さい。家族は、どんな方なんでしょうか?恋人はいますか?」

と、富士子がいうと、

「ええ。私は、つきあっている人はいないです。なんか男性って好きじゃないんですよ。だって、お金は確かに作ってくれるかもしれないけど、それ以外逆をいえば何もしないでしょ。私の話を聞いてくれる事もなくて、いつも仕事のことばっかり。それを、女の人に押し付けて、何とかしろしか言わない。だから、男性って、信じられないんですよね。」

と、クライエントさんは言った。

「確かに、父がいて、母がいて私なんでしょうけど、母は確かに私を産んでくれたかもしれないんですが、父は何をしてくれたのか思いつかないので、私には、親とみなせません。」

そういうことを、いうクライエントは珍しくなかった。

「だから、父が母に、威張っているのを見ると、困ってしまうんですよね。何か父を見ると体調が悪くなってしまう。」

「そうなのね。それじゃあ、そのあたり、癒してみましょうか。そういうことを話してしまえば、きっと、心も楽になるわ。」

と、富士子は、クライエントさんに言った。そういう風に00してみようとか、提案をするような言い方をするのも、西洋のやり方でもあった。

「では、ちょっと、こちらにいらしてください。」

富士子に言われてクライエントさんは、椅子の上に座った。そして、天童先生と同様に、体をなでたり、軽く叩いたりし始めた。そこだけは、天童先生と同じ手法だった。それを、30分くらい繰り返して、作業は終わる。それをすると、クライエントさんは、

「ありがとうございます。とても楽になりました。嬉しかったです。」

と、言った。

「そうなのね。嬉しかったと言ってくれてとても嬉しいわ。でも、体を癒したら、本格的に自分に向き合わないとね。」

富士子は、そういって、彼女にまたお茶をだした。

「体には悪いところはなくても、症状が出ているということは、心が辛い思いをしている証拠よ。今さっきの話を聞くと、もう親のそばにいなくてもいいんじゃないかしら。あなたは、あなたの人生を歩いて行っても良いと思うの。もし、男性が信じられなかったらそれでもいいじゃない。男性は、あなたを救えないというのは、ある意味間違いじゃないわよ。」

富士子の発言は、何か意味深な物であると感じだのだろうか。富士子は普通に話しているだけなのに、クライエントは悟りを開けたような、そんな感じの顔をしているのだった。

「じゃあ私は、家を出てもいいのですね。今まで、父が母のことをほとんどかまわなかったのは、私の責任ではないのですね。私の人生を歩いて行ってもいいのですね。」

と、クライエントさんは嬉しそうな顔をする。

「ええ、それで良いと思いますよ。私たちは、そのために生きているんですから。誰でも他人のために生きているわけではないでしょう。それでいいと思うのよ。」

富士子がそういうと、女性クライエントは、にこやかに笑った。

「ありがとうございます。先生がそういってくれてすごくうれしいです。これでやっと家を出る勇気が出ました。」

「そうね。親に頼りっぱなしの自分よりも、私の人生を生きた方がよほど賢いですよね。」

とクライエントは、財布を取り出して、一万円を差し出した。富士子もそれを受け取った。そういう有名なヒーラーだと、それのくらいかかって当たり前ということは、当たり前だと思われるが、中には高いのではないかと思われることも少なくなかった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る