第5話 高峯さんと友達
隣の席の高峯さんは、どうやらちょくちょく異世界に行ってる。彼女に友達と呼べる人がそれほど多くないのも、そのせいなのかもしれない。
いつも明るくにこやかな彼女は、一見したところクラスメイトと上手く付き合っているように見える。しかし、あくまで“上手く付き合っている”だけで、どこの誰とも深い付き合いは持っていないように見えるのだ。実際、彼女が昼休みや放課後を誰かと共に過ごしている姿をあまり見たことがない。まあ、僕の目が節穴なだけかもしれないけど。
さて、期末テストを全日程無事に終えた日の放課後のことである。テストから解放されたおかげなのか、どこか高揚感に満たされた教室を出た僕は、高峯さんに誘われて池袋の映画館まで来ていた。曰く、つい最近になって公開が始まった『アベンジャーズ』シリーズの新作を観たいのだが、ひとりで観るのもツマラナイからついて来てほしいとのことだ。
チケットの予約をスムーズに終え、館内から一旦外へ出てみれば、太陽はギラギラと遠慮なしに輝いている。コンクリートからの照り返しもキツくて、まるで熱したフライパンの上に立っているようで、僕は目玉焼きの気持ちになっていた。
「ごめんね、堀くん。付き合ってもらっちゃって」と高峯さんは額に光る汗を拭いながら笑顔を見せる。
「いいんだよ、どうせ暇だったし」と返した僕は、心中で「それに、君の正体を探るちょうどいい機会だしね」と続けた。
今日こそ彼女を問い詰めてやるんだ。「高峯さん、やっぱり異世界行ってるよね」、と。
「映画始まるまで時間あるし、ちょっとカフェにでも寄ろっか」という高峯さんの提案に従い、僕たちは映画館近くのスタバに向かった。
灼熱のコンクリート地獄を歩くうち、間も無くしてスタバが見えて――いや、なんだアレは。
スタバの前には全身に包帯を巻いたミイラめいた何かが立っている。身長は2mを楽に超えるくらいだろうか。ソレが置物などではなく、少なくとも生物であるとわかるのは、何か躊躇するように店の自動扉の前で行ったり来たりしていたからだ。
え? 何アレ。古代の王がスタバを求めて国立科学博物館から抜け出してきた?
などと僕が混乱するうちに、高峯さんは一直線に巨大ミイラ目掛けて駆けていく。
まさかアレは、高峯さんの行く異世界にいるモンスター的な――。
「マミちゃーん、ひさびさー!」
「ウソー! さつきちゃんだー!」
めちゃくちゃ友達だった。そういえば、高峯さんって『さつき』って名前だったんだね。クラスメイトの中で高峯さんを名前で呼んでる人いないから知らなかったよ。
「あ、ごめんね堀くん。こちらマミちゃん。わたしの友達なんだ」
「は、はじめまして。古乃衣マミっていいます。巨人とアンデッド属のハーフなんです」と巨大ミイラさんは頭を下げた。可愛らしい声と名前から察するにおそらく女性だろうか、なんて推測をしながら、僕は「堀といいます」と挨拶する。巨人とアンデッド属のハーフの方に挨拶するなんて、これが最初で最後だろうな。
というか、異世界とこっちってそんな簡単に行き来できるの? 特殊技能とかではない感じ?
ひょっとしたら、この日本で異世界に行ってない人の方が珍しいのかも、なんてことを考える僕をよそに、偶然の再会を喜ぶ二人は会話を続けている。
「でも、ほんと久しぶりだねーマミちゃん! 2ヶ月ぶりくらい? またおっきくなった?」
「うん。20センチくらい伸びたかも。お母さんの身長、超えちゃった」
「違う違う。わたしが言ってるのは身長じゃなくってぇ……ココ!」
高峯さんは古乃衣さんの胸元にある包帯の結び目の部分をギュッと掴んだ。古乃衣さんは「ちょ、ちょっとさつきちゃんっ!」と恥ずかしそうに身をよじり、高峯さんの手を引き離そうとする。
古乃衣さんは一体何をそこまで動揺する必要があるのだろうか。もしかして、結び目を解かれると封印が解けるとか、そういうアレなのか? いや、もしそうだったら高峯さんが遊び半分でそんなことをするようには思えないが……。
「あー。堀くん、マミちゃんのこと、良くない眼でみてるぅー」
「み、見ないでくださいっ! 堀さん!」
……まさか、あの胸の結び目って女性ミイラの象徴的なアレだったりするのか?! つまり、アレは古乃衣さんのおっぱい的な何かで、つまり高峯さんとの絡みは女子高生同士がふざけ合う延長で胸を揉み合う的な――。
……いや、そうだとしても全然興奮はしないな。とはいえ、よくない眼で見ていた疑惑を持たせたのは事実。僕はとりあえず「すいません」と頭を下げておく。
「初対面の女の子にそういうのダメだよ」と僕を優しく注意した高峯さんは、結び目から手を離し、改めて古乃衣さんと向き合う。
「でも、マミちゃんがこっち来るの珍しいねー! どしたの?」
「うん。この前、さつきちゃんがこっちのカフェについて話してくれたでしょ? ずっと気になってて、思い切って来ちゃったの」
「ええー? それならわたしに連絡してくれれば、イロイロ案内したのに!」
「えへへ……こっそり勉強して、今度さつきちゃんと会う時びっくりさせようと思って……結局、こうして会っちゃったけど」
古乃衣さんは恥ずかしそうに頬をかく。仕草が可愛いミイラというのが斬新すぎて、どういう感情で古乃衣さんを見ればいいのかわからない僕へ、高峯さんは「マミちゃんも一緒に座っていいよね?」と彼女との相席を求める。
「うん、全然構わないよ」と二つ返事で僕は答え、それから三人でスタバに入店した。
店内はそれなりに混み合っているようである。空いている席はあることにはあるが、いつ埋まってもおかしくはない。僕は二人へ「僕が一緒に注文して来ようか? 二人には席を確保してもらうってことで」と提案した。
「ごめんね、堀くん。お願いできる? 私、ストロベリーフラペチーノで」
「じ、じゃあわたしも同じのを!」
「わかった。大きさはトールしかないけど、それでも――」
「トールの話はするなぁァァァア!!!!!」
急になんで怒り爆発したのかな、古乃衣さん。そんなにストロベリーフラペチーノをグランデサイズで飲みたかった?
「ちょっと堀くん! マミちゃんの先祖は
いや知らないよそんな地雷。それなら教えておいて欲しかったよ。
とはいえ、僕が失礼したのは事実。僕は先程と同じように、とりあえず「すいません」と頭を下げる。
「う、うん。こっちこそごめんなさい。トールの話になるとつい頭に血が昇っちゃって……」
じゃあスタバは完全NGだよ。この空間以上にトールという言葉が行き交う場所はこの世界にはどこにもないからね。
席を確保しに向かう女子両名を見送ったところで、僕の注文の番になった。ストロベリーフラペチーノを二杯と自分のぶんのカフェオレを注文し、間も無く提供されたそれを盆に乗せて二人の待つ席へと向かえば、「ありがとう!」と感謝の言葉で出迎えられた。
包帯の隙間に差し込んだストローからストロベリーフラペチーノを吸い上げて、「おいしい!」と感動の声を上げる古乃衣さんを見るに、先程の怒りはおさまったものと思われる。
「ところで、わたしたちこれから映画見に行くんだけど、マミちゃんもどう?」
「映画って、なんの映画?」
「アベンジャーズ! 話したことあるでしょ? ヒーローものの映画だよ!」
ちょっとちょっと高峯さん。その提案はいくらなんでもマズイよ。なんたってアベンジャーズには、それこそ雷の神をモデルにしたソーなんてキャラクターが――。
「見たい見たい! わたし、あの映画に出てくるソーさんが大好きなの!」
話が違うよ古乃衣さん。さっきはレギュラーサイズの方のトールにあれだけブチ切れてたのに、こっちの
「へぇー。ああいうタイプのマッチョが好みとか?」
「ち、違う違う違うって! なんかあの人見てると、お腹の底からカッカしてくるっていうか、壊れるくらいに抱きしめてあげたくなるっていうか……」
それは殺意だね。純然たる殺意だね。雷神はブチ殺してやろうという意志が遺伝子レベルで刻まれてるね。
恥ずかしさを誤魔化すためなのか、古乃衣さんは僕の方に話を振る。
「ほ、堀くんは、アベンジャーズで好きなキャラとかいるのかな?」
「ああ、僕はホークアイかな。超人集団の中に混じって弓だけで戦うってうのが――」
「弓の話はするなァァァアァァァア!!!!!」
また地雷踏んだよ。なにこの子、全身地雷原のリアクティブアーマー仕様?
「ちょっと堀くん! マミちゃんの先祖は弓矢で散々射殺された過去があるんだから、そういう話は禁止!」
こうなるともう謝るしかないのは学習済みのこと。僕は「すいません」と頭を下げる。
「こ、こっちこそごめんなさい。弓矢の話になるとつい頭に血が昇っちゃって……」
その時、古乃衣さんの身体から大きめの打楽器を打ち鳴らす、古代部族の音楽的な何かが聞こえてきた。一体何が起きるのかと身構えていると、彼女はその身にまとう包帯の隙間からスマホを取り出し、画面を見ながら「嘘でしょ」と呟く。嘘でしょはこっちのセリフだけどね。使うんだ、スマホ。
「どしたの、マミちゃん」
「うぅー……お母さんから連絡……こっそりこっち来たのがバレちゃったみたい。早く帰ってこいって」
「ありゃりゃ。マミちゃんのお母さん、怖いからなー」
「うん。早く帰らないと、雷落とされちゃう……なんちゃって」
自分で言う雷ジョークはOK判定なのズルいと思うよ、古乃衣さん。僕が言ったらブチ切れてたよね、多分。
そんな心中の呟きなど知る由もない古乃衣さんは、残っていたストロベリーフラペチーノを一気に飲み干すと、名残惜しそうに席を立った。
「じゃあ、わたし帰るね。次来る時は、きちんとお母さんに許可取ってから来るから!」
「わかった。その時は絶対連絡して! こっちの楽しいとこ、イロイロ案内するからね!」
古乃衣さんはこちらに向かって何度も手を振りながらスタバを後にした。そういえば、ここのお客さん強心臓すぎない? あの子がどれだけ騒いでも平気な顔してたけど。
古乃衣さんを見送った高峯さんは口元に柔らかい笑みを浮かべた。
「マミちゃん、いい子でしょ? 堀くんとも、きっといい友達になれると思う!」
「いい子だし……まあ、それになかなかユニークだよね」
「人のことばっかり。堀くんもかなりユニークな方だと思うけど?」
「いや、そんなことあるかな……」
「絶対ある。堀くんはわたしの友達の中では、かなりユニークな方だよ」
――友達。そっか。僕も、高峯さんの友達だったんだ。
……なんか、ちょっと嬉しいかもしれない。
「あ、そろそろ行こ? 映画始まっちゃうよ」
席を立った高峯さんは僕の腕を掴んで歩き出す。
導かれるままに立ち上がった僕は、楽しそうに揺れる彼女の後ろ髪を追った。
隣の席の高峯さんはどうやらちょくちょく異世界に行ってる シラサキケージロウ @Shirasaki-K
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