第4話 高峯さんとテスト
隣の席の高峯さんは、どうやらちょくちょく異世界に行ってる。
それで疲れるせいなのだろう、授業中にもかかわらず、机に突っ伏し寝息を立てている彼女の姿をしょっちゅう目にする。
彼女が眠るのは授業中のみならず、テスト中も例外じゃない。もちろん、すべての問題を解き終えた後なのだろうが、問題を必死に解くクラスメイトを尻目にスヤスヤと気持ち良さそうに眠る姿をよく見かける。
その日の現代文のテスト中のこと。彼女は制限時間を二十分ほど残し、上半身をだらりと机に預ける睡眠の構えを取っていた。これで毎回僕より高い点数を取るんだから、まったく自分の努力不足が情けなくなる。
僕はまだ八割強を解き終えたといったところ。正直、今日はかなり調子がいい。待っていろ、高峯さん。今回こそ君の点数を超えてみせるぞ。
高峯さんを横目に見てみる。腕枕に潰された幸せそうな白い頬がなんとも柔らかそうである。まさに余裕綽々だ。
「えぇ? こんなスキルしか貰えないのに……世界を救えって言うんですかぁ……」
異世界に初めて行った時の夢でも見ているのだろうか。高峯さんはそんな寝言を呟いた。
それにしても、スキルとか本当にあるんだな。いや、妙な魔術的なアレは使ってたし、スキルのひとつやふたつあっても何らおかしくはないんだけど。
しかし、彼女は一体どんなスキルを持ってるんだろうか。「こんな」という言葉が出てくるからには、よほど使い勝手の悪いものなのだろうけど。
ーーと、危ないところだった。今はテストに集中する時だろう。気合を入れろ、僕。夏目漱石が『こころ』の作中で述べたかったことを考えるんだ。
「な、なんとか倒せたぁ。まさか、このスキルがこんな役に立つなんて……」
意外なスキルに意外な活用法。まさに王道展開じゃないか。やっぱり気になるーーけど、今は耐えるんだ。目の前のテストのことだけを考えろ。スキルについては後でいくらでも問いただせるんだ。
「い、いやぁ。わたしなんてぇ、勇者さまなんて呼ばれる器じゃないですから……」
高峯さん、かなり活躍したらしいぞ。勇者さまなんて呼び名、よほどのことがないと付かないはずだ。きっと長年村を苦しめていた魔物的なアレをーー。
「全て財宝を奪い尽くせ、家も田畑も皆燃やせ……人を襲い、その生き血を啜って生きる賊どもなど、生きる価値もない……」
なにやってんの高峯さん。
え? 勇者なんだよね。魔王じゃないと出てこない発言が飛び出したけど、勇者であってるよね?
「歯向かってくるものは皆殺せ……ただし、降ってきた者には手を出すな。その点が、我々を人にする。踏み越えてはならない一線をーーすなわち人間としての“弱み”を、あえて作るのだ……」
心の内に怪物を飼いながらもなんとか人として生きようとするタイプの勇者じゃん。その手のタイプ、結局踏み越えてはならない一線を越えることになるけど、高峯さんは平気だよね?
「そんな……リンちゃん! リンちゃん! 返事をして!」
友達殺されてるじゃん。完全にフラグじゃん。踏み越えるじゃん、一線。
「……許さない、アイツら。絶対に……!」
終わったよコレ。高峯さん、リンちゃんさんを殺されたことで完全に復讐鬼と化してるよ。無関係の人すらも平然と巻き込んで敵を殺すから“化け物”と呼ばれるようになって、最終的に村人に殺されるタイプだよ。
「追い詰めたぞ、賊の王よ。我が友を奪った恨みを晴らす前に、そのふざけた仮面を剥がしてやろう……」
待ってくれ高峯さん。ダメだ。その人を殺したら、本当に、本当に君は化け物にーー。
「ウソでしょ……リンちゃん、なの……?」
こっちがウソでしょだよ。賊の王、リンちゃんさんなの? 急展開すぎるよ。あのリンちゃんさんに何があったのさ、高峯さん。
「……できないよっ! できるわけがないよ! ……わたしがリンちゃんを殺すなんて……」
そりゃそうだよ。高峯さんに友達を殺すなんて出来るわけがない。彼女は人間なんだ。化け物なんかじゃない。
「……そんな……リンちゃん、自分で……」
そんな……これじゃあ、高峯さんが……。
「我が友の、
急によくわかんない句を詠んだね。
友人の屍に落ちた雫を涙ではなくて雨のせいにするっていう、悲しみを乗り越えて修羅になる的な一句かな。
「……よかった。気づいたんだね、リンちゃん」
よかった! よくわかんないけど、リンちゃんさん生き返った! でも、どうして?
「うん、そうだよ。わたしのスキルでなんとか一命を取り留めて……」
そっか。高峯さんのスキルが……。でも、よかった。これで彼女も修羅に落ちずに済んだよ。
「賊の王だったリンちゃんはもう死んだの。あなたは、わたしの友達のリンちゃんだよ」
そうそう。色々あったかもしれないけど、お互いに手を取り合えるはずだよ。僕たち人間はそういう生き物なんだから。
「それにしても……よかったぁ。わたしのスキル、
その時、キンコンカンとテスト終了のチャイムが無機質に鳴り響いた。
僕の答案用紙は最後まで埋められないまま回収され、結局今回も高峯さんの点数は超えられずに終わった。
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