中編

 ある夜の事だった。特段何もない、普通の夜。

我が友であり同居人のシオンは不自然に寝返りをうっている。寝れないのだろうか、彼女に背を向けて寝ていた俺は声の一つでもかけてやろうかと考えていた。


「クォイニャン、起きてる?」

「何だ、寝れないのか。」


 やっぱり寝付けていなかったらしい。俺が起きていることに気付くや否や勢いよく身体を起こし、クスクスと笑いながら雑談を始めた。


「星、いつ見ても綺麗だねぇ!」

「寝る気あるのかお前は」

「寝れないんだもん、仕方ない仕方ない」

「口と目を閉じてろ。俺は寝る。」

「ちぇっ。冷たいのなんの。」


「何とでも言え。」

そう吐き捨て体制を整える。呆れたものだ、こちらから声をかけていたらどうなっていたことやら。声色から察するに、彼奴はまだ寝るのに時間がかかりそうだが俺には関係ない。溜息を一つ吐き出し目を瞑った。



「一緒に寝てもいい?」



…は?

今度は俺が勢いよく身体を起こす番だった。それを見てシオンはキャッキャと嬉しそうにしている。


「何馬鹿なことを言うんだ。餓鬼じゃあるまい、1人で寝ろ。」

「意地悪言わないで、ね?」

「おい馬鹿、やめ」


 静止の言葉を聞かず俺の寝床に入ってくる。面倒だが追い返すのはもっと面倒なことになりそうがために受け入れようとした。

 

 が、そうもいかなくなった。何でお前、俺に引っ付くんだ。ひと睨みきかせるもお構いなしに背中に擦り寄ってくる。呑気にあったかいなどと言う感想を吐いてくれるなよ。引き剥がそうにも、手と足を絡ませてくるあたり本気の度合いが伺えた。

しかし、一体何に突き動かされそんな行動をしているのか、考えたところで何も生まれない。先程とは比にならないほど大きな溜息を吐く。もういい、これは容認の合図だった。それはシオンにも伝わったのだろう、決して剥がされるわけにはいくまいと強く服を掴んでいたその手と頬を緩めた。


 仕方ない、これは仕方ない事なんだ。此奴の我儘に付き合ってやってるだけ。そう自分に言い聞かせる。俺は背中を向けているが、シオンはこちら側を向き抱きつく形で寝ていた。

此奴の吐息が皮膚を刺激する、ゾワゾワと全身を這いずり回ってる気さえした。しかし、悪い気はしない。むしろ、これは…自分の拍動が至極煩いのは何故だろう。過敏になった皮膚がシオンの身体の感触を克明に感じとる。肉付きが程よい彼女の身体は驚くほど俺の肌に吸い付いてくる上、その肌触りはすべすべときたものだ。

 悶々とする内に己の眠気が覚めてしまったようで、これはしばらく寝れないと悟るのは容易な事だった。さて、どう夜を明かそうか。


…全身が柔っこい彼女に抱きついたらさぞかし気持ち良いだろうな。


そこでハッと我にかえる、今俺は何を考えた?しかし…。しかし?

少しだけ目線をシオンに向ける。先程までキャアキャアと騒いでいたにも関わらずもう静かになっている。規則的な胸の上下は入眠の証、そういえば此奴は一度寝たら中々起きないよな。

 ある考えが頭をよぎる。これは絶好の機会ではないか、と。己の中のプライドが、少しだけ溶けた瞬間だった。






 そっと俺に巻き付いている手を引き剥がす。居場所を失った手が所在を探して動いているが、すぐに動かなくなった。冷静になるべきだと頭では思ったが、身体はやめられない。

さて、何処からいこうか。


まずは手からいこう。

指先をふにんと突っついてみる。良い弾力だ。それにしても指先が丸い、俺は好きだが本人に言ったら流石に怒られるだろうか?

指から手のひら、そして移動し、二の腕へ。実はここに触れることを楽しみにしていた。遠慮がちだった態度はすっかり消え失せ、むにむにと触る。少しつねってみると皮が随分と伸びるので面白い。

 調子に乗った俺はどんどんその行為を加速させていき、頬、脚、指先にまで及んだ。突き動かすのは好奇心か、何にせよもっと触れていたいと切に思った。

 頭でやめろと警鐘が鳴るが、身体はいうことを聞かない。ついに俺はシオンの服をはだけさせ、上半身を晒させた。

 

 流石の俺もここで異変に気づく。これは好奇心の域を超えている。それでも身体を支配する欲望に逆らえる気はしない、次第に荒くなる鼻息は事態の異様さを示唆していた。


 ぽすんと顔をシオンの腹に己の顔を埋める。俺は己の行動の幼稚さのあまり自己嫌悪に陥った。先程俺は此奴に餓鬼じゃあるまいと言ったばかりではないか。

 己の手はまるで何かをまさぐる様に居場所を探している。そのまま手をつき、むくりと身体を起こす。目線をシオンの腰、腹、胸、首元…唇へと移してみると、半開きになった口から涎が一筋垂れている。普段なら呆れながら拭いてやるのだが、今はそれがとても唆るものの様に思えてならなかった。

鼓動が煩すぎる、体内の音とはいえどこんなに煩ければ此奴が起きてしまうではないか。いや、鼓動以前に、己の鼻息の荒さから出る音の心配をした方が良い。




 もういい。この際起きてしまってもいい、そうなった時のことはその時考えればいいか。邪な行動をを正当化する様な考えを前に、悪い意味で俺は吹っ切れてしまっていた。

シオンの鼻息がかかるところまで顔を近づける。此奴の瞬きはいつも重い気がしていたが、納得だった。こんなに毛量が多く長ければ流石のまぶたも重さを感じるだろう。余計なことを考えながら、ペロリと口から垂れていた涎を舐めとる。少し甘かった。優越感に気が狂いそうだ。


己の唾液で艶やかになった唇を見て、興奮のあまりもう鼻呼吸では酸素が足りなくなり口呼吸へと切り替える。本格的に、音が煩くなった。

 女同士で何をやろうというのか。これはまるで、男女のまぐわいではないか。それでもなお退くことができぬ理由を、俺は見つける事ができなかった。






そして、唇を重ねた。自分が覚えている限り、はじめてのキスだった。







 こんな事してはいけない。これは友を裏切る行為だ。そんな罪深い事、この俺がするはずがない。

僅かなプライドが呼び覚まされていく。次第にそれは己の体に理性を取り戻していき、身体の熱は身でわかるほどに引いていった。よかった、ようやく自分自身の身体になった。

不思議なもので、罪悪感はない。それどころか今なお俺の唇はあの煌めきと余韻を忘れられないのだ。


 異常行動を始めてから一体どれ程経ったのだろうか。月はまだこの世界に居座っているようだ。シオンは未だ夢の中。まだ世は明けないのだから、眠っていていい。


 そのまま俺が今しがた犯した過ちを、無かったことにしておくれ。




ーーーーーーーーーーーーーーー



 場所は名もなき無人の村。そこで今、秘密裏の集会が行われていた。この国で許可なく集会を開くのは法律で禁止されている。理由は反乱の種となるものを一つでも潰す為。

 議論は随分と白熱しているが、俺はそれを遠目から見ていた。頭を使うのは得意じゃないし俺はあくまで単独行動を主とする。というより、他人に合わせて動くのはあまり好まない。 

 

…今回を除いて、だが。

これはただの集会ではない。決戦に備えた作戦会議だ。今この場にいるのは各村々の長や代表となる戦士達。皆志はただ一つ、それは中央都市シャオ・ローイでこの戦争に終止符を打つこと。

外つ国から来た駄犬どもの送還。穢れ堕ちた地シャオ・ローイの陥落。そして贅を貪る愚王の処刑。



 中心となるのは、イ・リョンの村、サイ・ラームの村、メン・ストゥの村、レーニーリュ・クの村。この村々は古くから生存競争に武力と知恵を持って勝ち残ってきた村で、この国の村では有力な権力を持つ立場にいる。その為あってか、この4つの村では長となるものの他に"戦士"の肩書きを持つものもいる。村の武人の中から1番強いものに与えられるその称号は長と同様の権威を持ち、一度持つだけでも一生の誉れだそう。

 昔、手合わせに誘われたので剣を交えたことがある。弓を絞る者、拳で語る者、剣に込める者。銃を持った者や戦車に乗った者との戦いに明け暮れていた私には、多様な戦い方をする彼らとの交わりは良い経験だった。

 ちなみに俺が"女傑"と呼ばれる所以の一つは、初めに革命を起こそうと思い立ったのが俺だったから、そしてもう一つは各村々の戦士達を打ち負かしたから。この肩書きは俺が初めてもらったものらしい、戦士達を全員打ちまかすものなど今までいなかったそうだから。戦士達同士戦っていそうな気もするが、村同士の争いの種とならないようにそのようなことはやっていないそうだ。本人達曰く、公の場では。

 戦士達との仲は良好。俺は自主的に関わりに行こうとはしないが、交友関係を築いていて損はない。



 それにしても、この議論に意味はあるのか?と先程から疑問を抱いていた。さっきから全く話が進んでいない挙句、全くどうでもいいところであちこち言い争いが起きている。皆で話し合う場のはずなのに、どうして話の輪が2つ3つできているのか。そんな現状に、時間の無駄だと密かに苛立っていた。


「女傑様はどう思われますか、この作戦について」


 不意に俺に話題を振られる。話を聞いていなかったわけではないが、まさかこちらにくるとは。

一斉に向けられる意識に一種の不快感を覚える。あちこち飛び火をさせて何がしたいのか。決定権を委ねさせ責任転嫁をするつもりか。

それまで重ねていた感情が引き金となり、俺は啖呵を切った。


「…俺は議論に参加しないと言っただろう。」

「し、しかし」



「俺は頭で考えるのが苦手なんだ、お前らが出した結論に俺は従う。

俺の役目はあくまでお前らが安全に作戦を決行できるように道を整えること、それだけだ。

なのに何だこの現状は、四分五裂となったこの議論で一体何が生まれるというのか。時間をくしの歯が欠けたようにズルズルと伸ばして、常に犠牲になるのは非力で抵抗の余地すら持たぬ無辜の民なのだぞ。

今この瞬間も!」


やってられるかこんな堂々巡りの議論。そう言ってやりたいのを喉元で押さえ込み、その場を立ち去る。流石に言いすぎたか、苛立ちのあまり火照った頭を風にでも当たり冷やしてくるとしよう。





 風は、神の息といわれている。春先の心地よい風ならば命の芽吹きを謳う息、嵐の夜の暴風なら激情の叫び、夕立の静かな風ならば、別れを嘆く息と。今の風は何だろうかと思いを馳せる、撫でるような優しい風。思い出されるは我が友の顔だった。


 彼女は今何をしているのだろう。お昼寝中だろうか、それとも遊びに出かけてるだろうか。最近川で遊ぶことを覚えた彼女は毎度服ごとびしょ濡れで帰ってくるものだから困ったものだ。何度服を脱いでから遊べと言い聞かせてもすぐ忘れてしまうらしい。

そんな彼女も、こんな日々も、悪くはない。

 不思議なことに、まるで嘘のように内に秘めた神経の逆立ちが消え失せているではないか。心の中で静かにシオンに感謝した。そういえば最近、ずっと彼女のことを考えている気がする。


…あの夜が脳裏に焼き付いてしまったのだろうか。

シオンは知らないあの出来事。俺も知らないあの感情。唇が触れた感触は未だ手に残っている。

彼女に覆い被さった時、言いようのない興奮を覚えた。戦った後の高揚とは違う律動が、あの時も、そして今も俺を支配している。忘れようにも忘れられるわけがなかった。


早くシオンに会いたい。何もかも投げ捨て一刻も早く。だからといって目先のことを投げ捨てるわけにもいかないわけで。

さて、集会に戻るか。今議論がどうなってるのか知らないが、また同じ様な状況になったとしても今度は穏やかな気持ちで居れる気がした。






「貴女さまの心意気、誠に感銘致しました。我らの答えを信じ先陣を切り我らの道を作り上げてくださるその自己犠牲はまさしく戦士の姿そのものです」

「今一度我が数々の行いを見直します」

「我ら同じ志を目指す者、我らが神ナラーに誓ってそれが成せる事を。」


「「「二バー・テル・ウェ」」」(誓います。大いに。)


…よくわからないが纏まったようで何よりだ。よくわからないが、本当に。

 いつだったか、貴女が弟子を取ったり兵を率いればさぞ屈強な武人達が生まれるだろうとイ・リョンの村の戦士に言われたことがあるが、それは無理だと改めて思う。対人関係を得意としない俺には人の上に立ち指揮することなどできない、だから今こうやって人の手を借りるのだ。強さだけが確約された勝機を導くのではない。

 再開した議論は、対立することはあれど先程のように論点からズレることはなくなっていた。

 

俺はこれをよしとした。





ーーーーーーーーーーーーーーー




あの集会から数日の時が経った。

俺は今祭りごとが終わり帰路に就いている最中である。頭の中にふわふわと思考を妨げる白いモヤを抱えながら…。





ことの発端はつい先程、チェ・ルカルという祭典をやっていた時だった。

チェ・ルカルとは、古来より伝わる武人の加護を受け士気を高める儀式の事。昔は格式あるものだったらしいが、今は形式上の儀式を行った後、ただの宴の時間へと切り替わる。

 今回のチェ・ルカルは近年稀に見る大規模なものだった。それはそうだ、決戦に向けほぼ全ての村々から武人達や後方で支援する女子供が来るのだから。

 

 目の前の光景をなんと言い表そうか、どんちゃん騒ぎとでも言おうか。女に囃し立てられ酒を煽る者、酒に飲まれ大の字で寝る者、子供らは酒のつまみをおやつとして何処かに行ってしまったようだ。あちらでは決闘が起きているが大丈夫か?

俺は酒を好まない故食事を少しつまんで事を眺めているが、これはどうしたものかと眉を下げる。俺が後処理をするのではないから別に関係ないけれど、これを処理する人は中々に骨の折れるものだろうなと少しばかりの哀れみを持った。


「女傑様は飲まんのですか?」


そう俺に話しかけるのはメン・ストゥの村の戦士だった。少々酒の匂いは入っているようだがそこまで酔っている様子は見られない。


「俺は酒は好まん。が、気にするな。ちゃんと楽しんでいるぞ。」

「さいですか、なら良いのです。」


隣にお邪魔しても?と言われたので無言で頷く。食事を持ってきてくれたのでそれをつまみながら少々の雑談を始めた。


「今、いくつですか」

「15になる。」

「なるほど、歳のわりに随分と大人びている。貴女の肉体にさらに磨きがかかるのだろうと思うと、将来が楽しみですな。」

「ありがとう。感謝する。」


他愛もない話がつらつらと続いたが、後に戦士のほか酒豪としても名を馳せるサイ・ラームの村の戦士の乱入によりストゥの村の戦士が酒場へ連れ去られたのだが、俺は黙ってそれを見届けていた。俺は無関係でありたいと切実に願いながら。





 そろそろ日が暮れてきた。子を持つ者達は先に帰路についているが、それ以外のものはまだ騒ぎ足りないようで終わる気配がない。

俺もそろそろお暇させてもらおうかと考える。酒を入れていなくても匂いで酔ってしまいそうだからというのと、帰れるのなら帰りたかったから。俺には待ち人が居るのだ、戦地を駆け回り数日空けた後帰ると跳ねながら俺に飛びつく子供のような待ち人が。


 よいしょと腰を上げたところで、向こうで酒を飲んでいた戦士達がこちらに気付き「もうお帰りで?」と声をかけられた。しまった、素直に帰らせてはくれないようだ。 

もう帰ってしまうのならと手招きを受ける。土産でも渡されるのだろうか。寄っていくと、予想通りの手土産と共に煙管を差し出される。


「これはなんだ。」

「我が村に伝わる、パルという気付け薬です。あまり数あるものではないので手土産としては渡せないのですが…どうぞ。」

「良いのか、そんな貴重なものを。」

「どうぞお気になさらず。煙管の吸い方はご存知で?」


いや知らんと答え、やり方を教わる。酒や煙草含む娯楽品は今のところやる気はないが、民族的な風習に従うのは俺の心掛けだ。人と進んで関わらないにせよ、礼儀は重んじる。


どうやらこれは啜るように吸うと良いらしい。慣れぬもの故、慎重にひと吸いした。







ゴフン と聞いたこともないような音が、喉の奥でした気がする。そして次の瞬間には煙全てを吐き出し、顔を歪ませむせていた。


「だっ大丈夫ですか!?」

「だから言ったのだ!女傑様と言えどまだ15なのだぞ、やるには少しばかり早かったのだ!」

「それは貴様に娘がいるから幼く見えるのだろう!15歳の肉体は大人と変わらぬ!」

「それとこれとは無関係だろう!」


「………………喧しい。」

と一言吐き捨て呼吸を整える。とてもじゃないが気分が悪い。成る程、会話から察するにこれも大人の娯楽品だったのか、伝統ある薬と聞いたが…昔から人間というのは娯楽を追求する生き物なのかと呆れかえる。が、良い口実は手に入った。

周りの者には気分が悪いから帰ると伝え、早々にその場を後にした。







そして今に至るのだが、先刻気付いたことがある。そういや昔、パルというものを卑しき軍人達の口から聞いたことがあった。確か彼らは、パルのことを阿片(アヘン)と呼んでいた気がする。あの特徴的な匂いは先程吸ったものと同じだったので、確かにあれは阿片なのだろう。阿片は麻薬、詳しくは知らないが軍人達がそれを吸い滑稽な姿になっているのを中央都市シャオで見たことがあるのでろくなものではないというのはわかる。

おそらくパルと呼ばれるものもその類だろうと察した。ただの煙草だったらよかったのだが、今さら気付いても遅い。


己の勘が鈍っているのがわかる。これでよく戦えるものだと思ったが、おそらく身体能力の向上などを目的とするものではないのかもしれない。これは目の前で散っていく同胞、肉片となる同じ種族を前にして自我を保つ為の手段。文字通りの気付け薬だろう。


そういや手土産はどこへやった?さっきまでは確かに持っていたのだが…。

手に持っているのはナタだけだったので、おそらく落としてしまったのだろう。ちなみにこのナタは戦闘時愛用しているものではなく、帰り道何が起こっても良いようにと縄張り付近に置いていた予備のものである。

それにしても重い。ナタがというよりも身体というか、重力を強く感じる。というより、何故ナタを持ってきた?縄張りから出ていくときに持っていくならまだしも、入っていくならば罠もあるしいらないだろう。答えを出すならば、つい、癖で。

自分の行動に疑問を持ったのち一つ納得をする。成る程、これが阿片、正常な判断を失うとはこういうものか。






柄にもなく鼻歌を歌いながら帰っていた。もうこの時点で既に正気を失っているが今の俺は気付けない。


ふと、脇道に花が咲いているのが目に入った。名も知らぬ白く小さな花、あいつの色だ。そう思うと自然と口角が上がる。そうだ、これを持ち帰って彼奴にやるか。

プチプチと花を抜いてゆく。なるべく花が開いた綺麗なものを、彼奴の顔を思い浮かべながら。そうして出来上がった小さな花束を手に抱え、再度歩き出した。彼奴は、我が友は、喜んでくれるだろうか。


幸せな気持ちだった。いまこの瞬間までは。








「ヤダッ!やめて!!!!!」








悲鳴が聞こえた。聞き覚えのある声。それはそうだ、これは我が友シオンの声だ。

悪寒が走る。かなり危機的状況ではないのか、これは。

それを察した事と身体が動いたのは同時だった。



駆ける。駆ける。地を駆ける。声の元へ駆ける。


「縺励∪繧?繧」

「霑題ヲェ逶ク蟋ヲ縺吶%縺セ繧‼︎」

「繧ゅ■繧ゅ■繝懊?繝ォ縺ョ鬟溽エー閭橸シ」


汚い声。意味はわからないが下劣な言葉をかけているのは確かだ。彼奴に?あの穢れのない純真なあの人に触れ堕とそうというのか?


どんどんその足は加速していく。己でも止まれそうにないほどに森をかけていくその様を、周りの動物たちはどう見ただろううか。


遠目で見えたその現場は、予想通りだった。が、まるで頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が走った。

服を剥がされ羽交い締めにされている友。それを囲む3・4人の男。今、足を開かせられようとしている。その先は、先は。

虫唾が走った。あまつさえ穿とうというのかその醜いブツを!?




「やめろこの下衆共がァ" ぁ" ぁ  ッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




怒号が森中に響いた。

感情の爆発に身を任せ大声で吼え、手に持っていたナタをぶん投げる。一閃の光の如く放たれたそれは、1人の男の首を捉えていた。


首が飛ぶ。鮮血が飛び散る。何度も見た光景、戦場での日常。普通のこと。一つ異常があるとするならば、ここから先の俺の意識がないという事くらいだろうか。

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