悪夢
大人しくベッドに入り、目を瞑ろうとしても、眠気は訪れてはくれない。一人になると、思い出すのは二人のことばかり。
(ニコラス様、本当に楽しそうだったわ)
彼がフィーネに注意を向けたのは、先ほどユアンと話していた時だけ。あとはずっとレティシアへ微笑んでいた。二人の仲睦まじい姿を見るのが辛い。レティシアは明日帰ってくれるだろうか。客人に対して、ましてレティシアに対してそんな失礼なこと思ってはいけない。
(でもどうしてお見舞いになんか来たの? 私に謝罪するためと言っておきながら、本当は彼と会いたかっただけではないの?)
だめだ、だめだと思うほど、醜い感情があふれ出す。レティシアに酷い言葉をたくさんぶつけたくなる。自分の弱さが嫌になる。ぐるぐると思考の海に投げ出され、フィーネは具合が本当に悪くなってきた気がした。
(もう、何も考えちゃだめ……)
思考することを懸命に放棄し、何度も寝返りをうちながら、彼女は早く忘れようと思った。眠ってしまえば、明日になれば、きっと何とかなる――そんな根拠もない希望を抱きながら、起きているのか、眠ったのか、よくわからぬまま、浅い眠りを何度も繰り返してゆく。
そうして――フィーネはニコラスと一緒に庭園を散歩する光景を見た。
暖かな昼下がりの日差し。青い空に広がる緑の景色。そして自分に優しく微笑みかけるニコラスは、いつかあった光景と全く同じで、これが夢なのかフィーネには判断がつかなかった。
(夢でも現実でも、どちらでもいいわ)
ニコラスが隣にいる。それだけで、フィーネはもう他に何もいらない。
見事な赤い薔薇が目に入り、フィーネはそれを愛する人にもっとよく見せようと彼の手を無邪気に引っ張った。
だがその手は突然するりと引っ込められ、フィーネがどうしたのかと思う間もなく、ニコラスが走りだした。
どこへ行くのかとフィーネが慌てて追いかけようとすると、まるで行く手を阻むように薔薇の枝が伸びてきて彼女の身体に絡みつく。
鋭い棘が容赦なく手に刺さり、うっすらと赤い血がフィーネの白い肌を彩った。
夢なのに痛い、と彼女は思った。
そうしているうちにニコラスの姿はますます遠ざかっていく。フィーネは棘が刺さるのもかまわず前へ進んだ。むせ返るような甘い香りに頭がくらくらする。
気づいたら自身の身体をすっぽりと覆うほどの大きな赤い薔薇が目の前にあり、フィーネは悲鳴をあげる間もなく飲み込まれてしまった。
はっとしたら燦々と輝く太陽の下にフィーネは突っ立っていた。場所は先ほどと同じ庭園のようだった。
(さっきのは、夢? これはその続き?)
いや、少し違うかもしれない。咲いている花の種類が微妙に違う。だが目の前には、ニコラスがいた。ああ、よかったと思ったのもつかの間、フィーネは息を呑む。
彼の隣を歩くのは自分ではなくレティシアだった。
二人は仲良く手を繋ぎ、レティシアはつばの広い帽子をかぶっていた。ニコラスがレティシアの耳元で何かを囁き、彼女はくすくすと笑みをこぼす。現実とそっくりだった。ニコラスもレティシアも、フィーネの存在などまるで眼中にない。
(――やめて)
幸せそうな二人の姿に、フィーネはその場を一歩も動けない。ニコラスが微笑むたび、心が軋んで、砕けそうになる。
(――そんな顔しないで。私以外に見せないで)
心の悲鳴は届かず、やがて二人はお互いを見つめ合ったまま、薔薇の花が咲き誇る道を歩いていく。
我に返ったフィーネはそんな二人の後ろ姿を必死で追いかけ、手を伸ばそうとするけれど、距離はちっとも縮まらず、ますます広がるばかりだった。
『ニコラス様!』
耐え切れずフィーネは叫んだ。大声で愛しい人の名を呼んだ。
『ニコラス様! 置いてかないで! フィーネはここにおります!』
フィーネの声はニコラスに聞こえていないようで、ただレティシアだけを慈しむような眼差しで見つめていた。
フィーネはわっと泣きだしたい思いでいっぱいになりながら、何度も何度もニコラスを呼び続けた。行かないで。何でもするから。いい子でいるから。もっともっとその子になれるよう努力するから。だから私を捨てないで。私を――
「フィーネ」
蹲っていたフィーネは、その声にぱっと顔を上げる。ああ、戻って来てくれた。彼は私を捨てない。涙があふれ、名を呼ぼうとして、ひゅっと息を呑む。ぞっとするほど冷たい眼差しでニコラスは自分を見下ろしていた。
「ニコラスさま……」
「お前には無理だ」
おまえには、むりだ。
「お前はレティシアの代わりにはなれない」
「お前はただのみすぼらしい少女だった」
ニコラスがレティシアの肩を抱き寄せる。
「お前なんか引き取らなければよかった」
おまえは――
「あなたは
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