つかの間の幸せ


 新しく窓際に生けられた花を見ると、フィーネは自然と顔をほころばせた。


「ニコラス様。お花、ありがとうございます」


 目を覚ました時に、部屋に生けてあった花を思い出す。あれもニコラスが自分のために飾ってくれたのだろう。見るたびに嬉しさが増す。そう思ってフィーネがお礼を言うと、ニコラスはなぜか渋い顔をした。


「……それはユアンが生けていたんだ」


 フィーネはそれを聞いて驚く。てっきりニコラスが用意してくれたものばかりだと思っていた。


 ユアンが、とフィーネはもう一度その花に目をやった。花は毎日一本ずつ、途切れることなく生けてあった。ユアンが毎日かかさず見舞いに来てくれた証拠だった。


 さらにフィーネの身の回りの世話をしてくれた女性が、こっそりと後で教えてくれた。


「マクシェイン様は毎日お見舞いに来られて、眠っていらっしゃるフィーネ様に話しかけておられました」


 フィーネは眠りから覚める直前、彼の声を聞いたような気がしていた。あれは、現実世界でユアンが夢の中のフィーネに呼びかけていたのだ。


(私のことを聞いてわざわざ急いで帰国してくれたとも言っていた……)


 フィーネはユアンにお礼を言いたかった。だが彼はフィーネが目を覚まして以来、一度も屋敷へ訪れていない。欠かさず贈られ続けてきた花も、ぴたりと止まってしまった。


(どうしたのかしら、ユアン……)


 フィーネは暗くなっていく空を窓から眺め、あの少し意地悪な青年に思いを馳せた。きっと会えば、ほら見たことかと皮肉な口調で笑われるだろう。でもそれでもよかった。何でもいいからもう一度彼の声が聴きたかった。


「フィーネ。何を考えているんだい」


 だがそれもニコラスの声で中断させられる。フィーネは何でもないと首を振り、ニコラスへ微笑みかけた。と同時に身体をきつく抱きしめられる。


「きみが無事で、本当によかった」

「ニコラス様……」


 肩に顔を埋められ、フィーネは少し戸惑うものの、すぐにその大きな背中に腕を回した。


「私も、あなたにもう一度会えてよかった……」


 嘘じゃない。本当にそう思っていると、フィーネは繰り返す。


「もう一度だなんて……私たちはこれからもずっと一緒だと言ったただろう?」


 顔を上げたニコラスがやや強張った顔でそう確認する。


「……ええ。そうでしたわね」

「そうだよ。だから、安心しなさい……」


 ニコラスが額や頬、首筋に口づけを落としてゆく。フィーネはふいに泣きそうになって、縋るように彼の掌を撫でた。そうすると彼の指と絡められ、離れないようきつく握りしめられる。


「フィーネ……」


 しだいに息が乱れて喘ぐフィーネに、ニコラスが酸素を繰り返し与えてくる。けれどもっと苦しくなって、フィーネはニコラスにされるがままだ。生きるのも、死ぬのも、すべてニコラスの意のままに。


 でもそれでいい。それが幸せだ。


 ユアンのことなどもう考えることはできなくて、愛しています、とフィーネは心の中で何度もニコラスへ愛を囁いた。


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