ガーデンパーティー


 広大な庭には、着飾った令嬢と、同じく洒落た上着を着こなす紳士たち。その間を忙しく走り回る子どもたちや、準備で大忙しの使用人たちと、実に騒がしい声で満ちていた。


 フィーネはそんな喧騒から逃れるように、比較的人が少ないテーブルについてお茶をしていた。


 自分が彼らから遠巻きにされていることを知っていたのもあるが、何よりもニコラスとレティシアの二人と一緒にいる勇気が出なかった。


 爽やかな初夏の日差しを浴びた二人は、相変わらず一枚の絵のように綺麗で、フィーネはその光景をただ遠くからぼんやりと眺めていることしかできない。あの場へフィーネが行けば、ニコラスはきっと受け入れてくれる。レティシアも、歓迎してくれるだろう。


 それでも、フィーネには足を踏み出すことができなかった。


(いっそ、似ていなければよかったのに)


 そうすれば、自分はあの場へ飛び込んでいくことができる。偽物だと比べられずに済む。


「また考え事ですか」


 フィーネは出たな、と自身のお腹に力を込めた。


「その物憂げな表情も素敵ですが、たまにはとびっきりの笑顔も見てみたいですね」

「少なくともあなたにお見せするご予定はありません」


 ユアンはくくっと喉を鳴らしながら、フィーネの目の前の席に座った。


「こんにちは、フィーネ」

「……こんにちは、ユアン様」


 真っすぐに見つめてくる瞳に耐えきれず、すぐに視線を落とす。

 テーブルには一人で食べきれないほどのデザートが用意してあった。


 パウンドケーキやマデイラケーキ、それにチョコレートや生クリームでデコレーションされたものと実に色とりどりである。他にもビスケットやアイスクリームも用意されており、フィーネは見ているだけでお腹いっぱいになりそうだった。


「美味しそうですね」

「どうぞご遠慮なさらず、召し上がって下さい」


 フィーネは流れるような手際でティーカップにお茶を注いで、ユアンに差し出した。


「……何でしょうか」


 目を丸くしてこちらを見つめるユアンに、フィーネは不機嫌そうに聞いた。いいえと、ユアンはすぐに目を細める。


「あなたのことだから、もう少し邪険に扱うかと思っていました」

「お望みならば、そうしますが?」


 まさか、と笑いながらユアンはケーキやらビスケットなどを次々と皿に取り寄せていく。遠慮せずに、とは言ったものの、本当に躊躇なく彼は選んでいく。サンドイッチなどの軽食も一応置いてあるのだが、皿に載せられているのは、菓子類がほとんどだ。


 甘いものが好きなのかしらと観察しながら、フィーネはユアンの先ほどの言葉を思い返す。


(邪険に扱う、か……)


 今までの自分ならば、彼と一緒にいたいとは思わないし、許さない。すぐに席を外しただろう。でも、今は以前ほどの嫌悪感はない。完全に、とはいかないけれど。


 いったいどういう心境の変化だと、自分でも思うが、考えられるとすれば、一つだけ。


 あの時の舞踏会で、フィーネは不覚にもユアンの存在を許してしまった。


 でも、同時にどこか救われた気もする。だから、これは仕方がない。その時のお礼なのだ。

 フィーネは、自分にそう言い聞かせ、お茶を口に含んだ。


「うん。この甘さが絶妙ですね。あなたもどうですか?」

「いいえ、私は遠慮しておきます」

「そうですか?」


 こんなに美味しいのに、とユアンは生クリームとアイスクリームの組み合わせをスプーンで掬うと、実に美味しそうに口に運んだ。


「あなたは甘いものが好きなんですか」


 見ているこちらが胸やけしそうなユアンの食べっぷりにフィーネは思わず聞いてしまった。


「そうですね、普段あまりそれほど食にこだわりはないんですが、甘いものは時々無性に食べたくなりますね」

「そうなんですか」


 フィーネからすれば、健康の心配をしてしまうほどの嗜好に見えるのだが、大丈夫なのだろうか。


「レティシアも誘ったんですが、彼女、甘いものは太るから食べたくないと、断られてしまったんです」


 それは、まあ、仕方がない気もする。

 逆に食欲が失せて、痩せそうだなとフィーネは思った。


「それに、彼女は他の殿方に夢中なようですしね」


 ちらりと彼が見た視線の先には、楽しそうに話すレティシアとニコラスの姿があった。彼は、今日初めて訪れた客人にレティシアのことを紹介しているのだ。まるで新しい妻を紹介するように。


「俺よりもずっとお似合いでしょう」

「それは……」


 いくらフィーネでも、はっきり答えるのは憚られた。それに、頷いてしまえば自分もニコラスとは不釣り合いだと認めるようなものだ。


「ニコラス様も、レティシアも、どちらも太陽のように光輝いています」

「ええ。本当に、とても強く」


 今度はフィーネも、迷いなく同意した。


「俺は二人を見ていると、運命という言葉をよく考えるんです」


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