偶然の出会い
日曜日の礼拝のため、教会にフィーネは出向いていた。ちなみにニコラスは用事があるからと珍しく欠席している。それがどんな用事であるか、フィーネは深く考えることはせずに、いつも通りの礼儀を尽くして彼を送りだした。
教会で神父の言葉に耳を傾けている際に、ふと視線を上げるとフィーネは自分の何列か前に見知った顔の人物を見つけた。相手は振り向いたりはしなかったが、目が合うのが嫌で、すぐに顔を伏せた。
(終わったらすぐに帰ろう……)
人が多いから帰りもきっと気づかれないはずだと組んでいた手に力を込めた。
「――やあ、どうも」
だがフィーネは自分の考えが甘かったことを知る。
人混みの中、見計らったように待ちぶせしていた相手に、彼女は意表をつかれた。そのせいで今度はばっちり目があってしまい、無視するわけにはいかなくなった。
「こんにちは、マクシェイン様」
ユアン・マクシェインは、遠巻きに見つめるご婦人方の熱い視線に少しも頓着せず、爽やかにフィーネに微笑んだ。改めて見た彼の顔は、やはり非常に整っていた。
「この前はどうも。具合が悪そうでしたが、大丈夫でしたか」
「ええ、もうすっかり」
最初に見せた醜態――泣いていた姿を見せたのが恥ずかしく、フィーネは一刻も早くユアンと別れたいと思った。だが彼は彼女の心中など知ったふうではないと、のんきに世間話をし始める。
無視するわけにもいかず、フィーネは彼の話に相槌を打ちながら歩いた。ユアンはニコラスと同じくらいの背丈で、すらりとしている。年はニコラスやフィーネよりも下だが、物腰が柔らかいせいか、ずいぶんと落ち着いて見えた。
――ニコラス様とは違う。
当たり前だ。けれど今まで自分は家族を除いて、ニコラス以外の男性とまともに話した経験がない。話したいとも思わなかった。ニコラスのことだけが、知りたかった。
「マクシェイン様は、海を渡ってこちらにいらしたのですよね」
「ええ。叔父がこちらに住んでいて、仕事の手伝いなんかもしています。ニコラス様とは叔父の紹介で出会ったんです」
ユアンはレティシア・フェレルと一緒に、彼の叔父を訪ねにやって来た。
ユアンの叔父であるマクシェイン氏は、有名な物書きだそうで、ニコラスはそんな彼の熱烈なファンだった。
「今は、どちらに?」
「叔父の家に滞在させてもらっています」
聞いてみると、マクシェイン氏の家はニコラスの屋敷からさほど遠くはなかった。
「そうだったんですか。ニコラス様も、あなたの叔父様のことをよく話して下さいました」
彼はもしかしたら魔法を使えるかもしれない、と子どものように目を輝かせて話してくれたニコラスのことを思い出し、フィーネはくすりと笑った。
だがすぐにユアンがじっと見ていることに気づき、緩めていた唇を引き締めた。ユアンはそんなフィーネを見て、ふっと笑った。
「ええ。叔父もニコラス様のことをたいそう気に入っておりまして、ですから今回あなたにこうして会えたのも、何か運命の巡り合わせのように感じております。どうか俺のことは、ユアンとお呼びください」
ユアンは淀みなくそう言った。
まだ一度会っただけなのに、正直馴れ馴れしいなとフィーネは思った。
変な誤解も受けかねないのでやはり早く帰るべきだと、フィーネがユアンの方を見ると、琥珀色の瞳と正面からぶつかった。思わず動揺すれば、目が細められ、声もなく彼は笑った。
「私と話すのは気が進まないようですね」
どうやら伝わっていたようである。フィーネは慌てて言い訳する。
「あなたと話すのが決して嫌というわけではありません。ただ、レティシア様も今日はお見えになっていないようなので二人きりで話すのはよくないかと……」
ああ、と彼は納得したように微笑んだので、フィーネはほっとした。どうやら話のわかる人のようだ。
「大丈夫ですよ。彼女は今別の男性と会っている最中ですから」
息をのんだフィーネの顔を、ユアンは笑みを浮かべたまま覗き込んだ。
「お相手は誰だと思います?」
さらさらと前髪が揺れ、猫のような目でフィーネを見すえた。
「……誰の名を答えれば満足でしょうか」
「怒らないでください。俺も傷ついているんですから」
ちっともそう見えない。なぜなら彼の顔はとても楽しそうにフィーネを見つめている。
フィーネは揶揄われていたのだと知り、もう相手にしないことにした。
「おや、お帰りになられるんですか?」
彼の声が後ろから聞こえたが、フィーネは振り返りもせず冷たく言い捨てた。
「ええ。あなたと話していても、時間の無駄ですもの」
我ながら失礼な言葉だと思いながら、この男に対しては自然と口に出ていた。
「それは残念です。また今度ゆっくり話しましょう」
どうせ機会はたくさんあるのですから――。彼のその言葉に、フィーネは性格と見た目は一致しないのだと、しみじみ思った。
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