生まれ変わっても
フィーネと再会したニコラスは、その日から頻繁にフィーネの家へ訪れ、彼女を劇場や舞踏会に誘った。
伯爵家のブライヤーズ氏が中流階級の家庭であるフィーネを訪ねたとあって、家族や兄弟姉妹はみな動揺した。だがあの時と同じように、玉の輿にのれるからきっちりと機嫌をとっておけ、決して粗相はするなと、すぐにニコラスの存在を歓迎した。
前世でフィーネは貧しい家庭に生まれ、口減らしとしていつ売られてもおかしくない環境にいた。そこにニコラスが颯爽と現れ、フィーネを見たこともない別世界へと連れていってくれたのだ。
彼の思惑がどうであれ、フィーネを救ってくれたのは事実だった。だからこそ、彼女がニコラスに逆らえない理由の一つでもあったが。
だがその点、今回の人生でフィーネとニコラスは対等であると言えるだろう。少なくとも前世のように恩を感じる必要もなく、金持ちという同じ世界にいた。たとえその中でも超えられないたしかな格差があろうと。
それだけが、今のフィーネの心の平穏を保つただ一つの事実でもあった。
もし、何かの心変わりでニコラスがフィーネ以外の人を愛してしまったり、周囲の強固な説得によりフィーネとの仲を認めない場合、彼女は潔く身を引くことができるからだ。
階級という身分を理由に、あなたとは釣り合わないと、そう言って断ることができる。
だから大丈夫だ。フィーネは自分にそう言い聞かせ、ニコラスと前世と変わらぬ付き合いを続けた。
だがそれも、神様は許してはくれなかった。平穏は続かないとはあっけなく終わりを告げる。
「フィーネ、落ち着いて聞いてくれ。実は、投資した会社が倒産してしまって……」
フィーネの父親が財産の大部分をとある企業に投資した結果、その企業が倒産してしまい、財産をほとんど失ってしまったということを、父親は真っ青な顔でフィーネに伝えた。
つまり、前世と同じように、フィーネの一家は貧乏人になったというわけだった。もう貴族として贅沢な暮らしもできない。
両親も兄弟姉妹も、みなこの事実に打ちのめされ、これからの人生を悲嘆していた。フィーネは、ゆっくりと自身の顔を覆った。
「――大丈夫さ、フィーネ」
優しい声が、フィーネを慰める。
「私がきみと結婚すればいいんだ。愛する妻の両親が困っているなら、助けるのが夫として当たり前の責務だろう?」
ニコラスは、フィーネが彼の伴侶になることを提案した。フィーネの両親はこれしかないと娘に詰め寄った。彼女に拒否権はなかった。
「ありがとうございます、ニコラス様」
「かまわないさ。きみは私にとって大切な人だからな」
そうしてフィーネの一家は、ニコラスの援助で金持ちとして振る舞うことが許された。両親と兄弟姉妹はみな、彼に深く感謝し、自分たちがまだ特別な地位に身を置けることを泣いて喜んだ。
ただフィーネだけが、どこか置き去りにされたままだった。
ニコラスは前世と同じように、フィーネを手元に置きたがった。
断ることのできない立場にいる両親の許可を得て、彼女を自分の屋敷へ連れてくると、かつてと同じように世話を焼いた。
ニコラスは婚約者として申し分ないほど欠点がなく、紳士としてはこの上ない素敵な男性だった。周囲の令嬢はみなニコラスに憧れ、フィーネに対して嫉妬の炎を燃やした。
フィーネは、ひどくじわじわと真綿で首を締めるような息苦しさを感じており、空気が欲しい、などという馬鹿げた願いを考えることが多くなった。
それでもやはり救ってくれたのは、ニコラスだった。
「フィーネ、庭を散歩しに行こうか」
「はい、ニコラス様」
ニコラスはかつて同じように優しく、どこまでもフィーネを慈しんだ。前世では年の差に開きがあったが、今回はお互いそう変わらないことも、ニコラスにとっては新鮮に映ったようである。
同じような世界で、それでいて少し違うこの世界は、二人にとっては、何の不都合もなかった。
最初はかたくなに目を逸らしていたフィーネも、しだいに彼を愛したい、服従したいという気持ちに逆らえなくなっていた。
息苦しい水の中で生きることを、受け入れ始めていた。
「フィーネ」
薔薇の花々が咲き誇る、美しく手入れされた庭園で、ニコラスは立ち止まった。ああ、まるであの時のようだとフィーネは思った。前世の雲一つないよく晴れた日、彼はフィーネの手を今と同じように取り、フィーネの目を見て、言ったのだ。
「きみを愛している。私の奥方になってくれるかい?」
「はい。もちろんです。ニコラス様」
迷うことは許されない。まるでそう決められているかのようにフィーネはするりと答えていた。
ニコラスはあの時と同じように目を細めて笑う。
結婚式はいつ頃がいいだろうか。しばらくはまだ婚約者同士、清い関係を続けようか。
ニコラスは嬉しそうに、今後の二人の人生について話を進めていく。
フィーネはかつてその姿を見て、自分はこんなにも幸せでいいのだろうかと思っていた。でも、はたして今の自分は本当に幸せだろうか。
いいや、そうに決まっている。前世で共に過ごした夫と、またこうして再会して結婚する。なんて運命なのだろうか。
彼の優しくエスコートする手が、柔らかく微笑んでくれる表情が、過去のわだかまりをフィーネに忘れるよう囁いた。
けれど一方で、この夢はいつか覚めるのだともフィーネに警告していた。そしてその警告は見事的中するのである。
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