紙媒体での本が読みたいけれど一生叶うことのない願いだと思う。

 2022年8月17日(水)。おい、お盆休みも終わったぞ。なんだ井上、お前、もしかして仕事を辞めたのか? とでも言われそうなのだが、今日まで仕事が休みで、もう何もすることも無いし、お出かけしようにもお金は無いし、外は雨模様だし、家でのんびりと読書をして過ごしています。


 kindleに400冊以上本があり、それらは読んだことは読んだのだが、記憶力が鳥並なので読んだはずの物語を、大枠でしか覚えていない。セリフなどをいちいち覚えていないために、また、西尾維新先生の戯言シリーズを一巻目から読んでいる。


 西尾維新先生の凄いところは、難しい用語を使うだけでなく、語り部の一人称のいーちゃんにいちいち用語を説明してくれるので、頭が悪くても読みやすい点がある。二十歳であれだけ難しい用語を連発して出していけるので、相当な記憶力の持ち主だと思われるが、それを皮肉するところまではいかない。初期の西尾維新先生の書き方はそうだ。めだかボックスとかの頃になると皮肉だらけで読む人を選ぶかもしれない。


 西尾維新大辞典(漢字があっているか分からない)に大学時代に行った。大阪会場。そのときの入場者プレゼントであるいーちゃんのカードは未だに財布の中に入れている。統合失調症になり、財布のなかのカード──大学証など──を切り捨てていた中でも、西尾維新大辞典の特典のカードだけは切り捨てることは無かった。それくらい、西尾維新信者だったということも言える。(元々、テレビからの暗号で「財布のなかの自分と分かる身分証明書などを切り捨てろ」という指示だと勘違いしたので、特典カードは切り捨てることなく残ったという、私にしか分からない事情はあるのだが)


 都会の古本は安い。紙媒体で西尾維新先生の物語シリーズなどは一冊100円で買えた。貧乏学生だった私は、とにかく時間のある今のうちに小説などをむさぼり読んでおこうと思っていた。作家になりたいという淡い夢を持っていたので、それはそれは大量に本を買っていた。漫画も、ゲームの攻略本も、アニメのノベライズも、学術書も何でも読んでいた。統合失調症になった後、私が実家に帰ることを決心した後に、全く動けなかったので、片づけを親に手伝ってもらったのだが、本の数に驚愕し、「二度と本を買うな」と、釘を刺して言われていた。


 結局、kindleでそこそこ高い電子書籍を買うことで、狭い部屋の中でも読書環境を整え、kindlefireも持っていたので、それで読書は出来るのだが、部屋が広く、紙媒体で読書をしたいという欲求は未だにあるのだが、家のなかの自分の部屋を拡張することなどできはしないので、一生、電子書籍になった本だけを読むような人生になるのだろうと予測される。


 紙の本のほうが頭に入るし、勉強をしようとするならば確実に紙媒体が良いと思うが、大学時代の私の部屋の蔵書数は、ゼミのボスの部屋よりも本の数は多かったと思う。紙媒体で読書がしたいけれど、大学図書館みたいに全集が読みたいけれど、それは一生諦めなければいけない贅沢な時間だったと今になって思う。


 経験できただけでも良しとしよう。戯言シリーズの続きでも読もうかと思う。もう内容は全て知っているけれども。セリフをすべて忘れている。

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