第10話 E=mc2 急

 彼は一人、夜の帰り道を歩いてた。



 迷子になった子どもみたいに。



 自分の声すら分かんないまま。



 自分の気持ちすら分かんないまま。



 泣き虫だった、いつかの子どもが歩いてる。



 人形を抱きかかえて。



 まるで大事にしていたペットが死んでしまったみたいに。



 小さな子どもが歩いてく。



 初めて死を知った子どもが歩いてく。



 初めて誰かを失くした子どもが歩いてく。



 流れていく時間にようやく心が追いついて、理解するための儀式を終えて。



 初めてその子は、泣けたんだ。



 冷たい冷たい、雨の中。



 大事な家族を亡くしてさ。



 そんな心が、やっと今の時間に追いついたんだ。



 泣き声は雨音に消されて聞こえない。



 泣き跡は雨粒に流されて残らない。



 だから、彼は今、きっといくらでも泣いていいのだろう。



 泣いてる姿を見るのは辛いけれど、泣いた後に君がとびっきりの笑顔をみせるのを、僕は知っているからさ。



 だから今は一杯、泣かないといけないんだね。



 まったく、身体は大きくなったけど、心は小さなまんまだね。



 かわいい、かわいい僕の友達。



 小さな、小さな僕の家族。



 でも、いいよ。



 いつか、君の心が大きくなって、僕の声が聞こえなくなっても。



 僕はきっと、いつまでも、君の味方でいるのだから。



 どうか、どうか、幸いに。どうか、どうか、息災に。



 別れを越えたら、そのたびに、君の心はきっと大きくなっていくのだから。



 でもね、そんな君を見ているとだんだんと僕の心まで震えて冷えてきてしまう。



 だからね、そろそろ泣き止んで。



 僕まで悲しくなっちゃうからさ。



 だから、お願い泣き止んで。



 冷たい雨が、君に風邪を引かせてしまうから。



 だからね、どうか泣き止んで。



 ほら電話が鳴ってるから、つむぐが君を呼んでるよ。



 だからね、どうか笑っておくれよ。



 うさぎの人形じゃあ、どうしたって泣けないからさ。



 君と一緒に泣いてあげられないからさ。



 だから、お願い。



 どうか、どうか。



 笑っておくれ。



 大事な大事な僕の友達。



 大事な大事な僕の家族。



 大事な大事な僕の神様。






 だからどうか、笑っておくれ。

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