第7話 g = 9.8 m/s2 結

 その日、気付いたらかみさまはカバンからいなくなっていた。


 「どこいったんだ……?」


 ※


 その日、私はお昼休みを人気の少ない廊下で、かみさまと一緒に過ごしてた。


 ちっちゃなうさぎの人形と、二人でこっそりお茶会だ。


 「びっくりしたよ、急に私の机の中に入ってるんだから」


 「いやあ、楽しそうだったから、ついね」


 「あはは、何それ」


 「ところで、つむぐ」


 「なあに、かみさま」


 「ありがとね、さくまのこと」


 「んー? 私、なんかしてたっけ」


 「話を聞いてくれただろ? ネジこと、僕のこと」


 「うーん、まあそれは私が聞きたいから聞いただけだけどね」


 「それでも、さ。そもそも、最初さくまの様子がおかしいって気にかけてくれたじゃないか」


 「うん……そういえば、そうだね」


 「あいつ、ちゃんと言わないだろうけど。あと自覚してるのかどうかすら怪しいけど、あれでとても助かってるから」


 「ええ、私なんにもしてあげれてないよ? ただ話聞いただけ」


 「それがとても、大事なんだよ。気安く誰にも言えないことこそ、ちゃんと信頼できる誰かに言わないといけないんだ」


 「そーなの?」


 「うん、そうしないと、人間の心は簡単に淀んでしまうから」


 「ふーん……私からすると、私の方が一杯してもらった気がするけど?」


 「おや、それはなんで?」


 「うーん……最初、声かけたときはね、単純に心配だったから。いっつもマイペースで我が道を行く! って感じの上谷くんが、珍しく思い詰めた感じで教室から出て言ってたから、なんかしんどいんだろうなって想ったの。私、結構、人に流されるからさ、同じ委員会の頃から、そういうとこちょっと憧れてた。三枝さんの署名も私は流されてとりあえずで書いちゃったのに、上谷くんははっきり、話し合った方がいいっていってたでしょ。あれでね、凄いなって想って、見てたのもあったかな」


 「……」


 「だからね、上谷くんが悩んでて、その秘密を教えてくれた時は、嬉しかったし。一杯、力になりたかった。そんな大事なものを教えてもらっていいのかなって、ちょっと心配だったけど。多分、上谷くんは勇気を出して、私に教えてくれたからすごい嬉しかったんだよ。とっても大事な宝箱の鍵を特別に貸してもらったみたいな、そんな感じがしたんだ」


 「ネジとか、かみさまとか変に思わなかったかい?」


 「うーん……変だからこそ、信じられたかな? 冗談を、あんな本気な顔で言わないでしょ。だから、どういうことかはわからないけど、上谷くんにとってこれは本当なんだって。それで、本当だからこそ、誰にも言えないなんだなって想えたかな。私が、逆の立場でも上手く言えないもん、きっと」


 「ふうん」


 「だから、信じたかな。最初は正直、こう頭の病気とか、精神的なストレスとかが、そう言う形で出てるのかなって思ったら。ちょっと違うかったけど」


 「だね、まさか、かみさまの力とは、想いしなかっただろう」


 「ほんとにね。でも、凄かったよ。空に二人で浮かんでさ、夜の街と空と、凄い綺麗で、二人っきりでずっと浮かんでるの……なんていったらいいんだろ、上手く言えないけど、本当に凄かったよ」


 「そいつは何より」


 「あんなのきっと、上谷くんといなかったら一生しなかった経験だもん。だから、なんか私の方が一杯貰ってる気がするかな」


 「そっか、よかったら、さくまにその話をまたしてあげてよ、きっと喜ぶさ」


 「……うん」


 「あとね」


 「なあに?」


 「君がさくまのことを受け容れて、嬉しかったのと同じでさ。きっとさくまも、君のことが知れたら嬉しいから、もしよかったら、何か話してあげてよ、きっと喜ぶから」


 「……うん」



 「ところでね、かみさま―――」


 「ん? ―――」



 ※



 「あ、こんなとこにいた」


 「やあ、さくま。随分来るのが遅かったじゃないか」


 「あ、上谷くん、はろー。一緒に食べよ」


 「ああ、うん。かみさま、あんま勝手に出ていくなよ、途中で誰かに見つかったらどうすんだ」


 「そいつのネジも回せばいいじゃないか、で、説明してやればいい。そうすれば僕も堂々と動ける」


 「あはは、いいかもね、それ」


 「無茶言うなよ、見えてるのなんて羽根田さんだけで十分だよ」


 「まあ、それもそうか」


 「んー……ま、それもそうかもね」


 「どうしたの、二人してにやにやして」


 「「べっつにー?」」


 「……?」


 「ところで、上谷くん、唐突なんだけど私の秘密、聞いてくれない?」


 「え……?」


 「あ、他言無用でお願いします。ちょっとプライベートにかかわるので」


 「うん……わかった。……って、僕、聞いていいの?」


 「いいの、むしろ聞いて欲しいと言うか、おっけー?」


 「……うん、わかった」


 「……ありがと。えとね、私すっごい背がちっちゃいじゃん?」


 「うん」


 「でね、普通女の子って、まあ小学生高学年から中学生の終わりまでには第二次性徴ってのが来るでしょ?」


 「まあ、そうだね」


 「私ね、全然こないの。小学生三年生くらいから、ほとんど身長も変わって無くて。生理も来なくて」


 「……」


 「この前ねお医者さんに診てもらったんだ、私の身体は大丈夫ですかって」


 「……」


 「でもね、わかんなかった。ホルモンとか、遺伝子の異常で、成長期がこないのか。ただ単にすっごいゆっくりした成長だから、まだ来てないだけなのか、わかんなかった」


 「……」


 「もしかしたら、私はね。大人になってもこのまんまかも、子どもみたいな身体でね、なのに段々、年は取っちゃって、身体がちゃんとできてないから、このままだと子どもも多分、作れなくてね」


 「……」


 「そうなると、ちょっと怖い、かな。っていうのが、私の秘密……です!」


 「……そっか」


 「うん、……重すぎてちょっと引いた?」


 「……わかんない、僕の身体ではうまく体感できないことだから」


 「……うん、だよね」


 「……ただ、本当に不安なんだろなってことと、きっと、怖くて人には言いにくいんだろなってことは……わかる……かな」


 「……」


 「……聞くのが僕で、よかったの?」


 「ううん、上谷くんに聞いて欲しかったの。それとね、聞いてくれて嬉しかった」


 「……うん、こんなのでよければ」


 「ありがと、うん、なんか話したら楽になったかも。家族以外……誰にも言えなかったから」


 「そっか」


 「うん、本当にありがと。これで私達、秘密同士だね」


 「そっか、……そうだね」


 どことなく所在がなくなって、ぼんやりと空を見た。


 伝えてもらった言葉の意味は、まだ上手く飲み込めていないけど。


 「聞けて良かった、かな」


 「どういたしまして」


 そう呟いたら、納得がすとんと胸の奥に落ちていた。


 どうしてかはわからないけど。


 聞けて良かった。


 そう想えたから。


 「また、いつか空でも飛ぼうか」


 なんとなくそう口にしたら。


 「うん、いいね、それ」


 笑った彼女はそう言った。


 かみさまは僕らの間で無言のまんま。


 でもどことなく、嬉しそうに見えたのはなんでかな。


 分からないけど、まあ、いいかと想った。


 うん、まあ、いいや。






 ※





 「ところでね、かみさま――—、一つ聞いていい?」


 「ん? ―――なんだい?」


 「実はね、昨日、空を飛んだ時ね、すごいドキドキしたの。上谷くんの手を握って、空の中ですっごい心臓が鳴っててね。それで、今日、気付いたら目で追っちゃってた。これって何かな?」


 「吊り橋効果。高所での緊張と、好意の緊張を取り違えた。勘違いだよ」


 「……やっぱり?」


 「うん」


 「……そっかあ」


 「ただ……」


 「……うん?」


 「どんな高潔な愛も、どんな素晴らしい恋も、始まりは勘違いだよ」


 「……たしかに!」





 「あ、こんなとこにいた」




 振り返ると上谷くん、が立っていた。私とかみさまはなんとなく目を合わせた。


 表情のないその顔が、どうしてか楽しそうに笑ってる、そんな気がした。

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