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 翌日。相模原加奈さがみはらかなは登校中に刺殺された。先生の話では犯人は逃走中だという。

 彼女宛のメッセージに「既読」が付かなくなった時から嫌な予感はしていた。どうしてこうなってしまうんだ。

 相模原先輩。あなたに手を引かれてみたかった。昨夜はいつものように幼馴染と語らいながら、あなたを楽しませる方策を練っていたのに、何もかも夢となってしまいました。


『以上で校内放送を終わります』


 逃亡犯に我が校の生徒が狙われている可能性がある、ということで本日は臨時休校となった。生徒は保護者に迎えに来てもらうか、出来るだけ集団下校しなさいとのお達しだ。


 僕は教室を出る。南校舎の廊下には誰もいない。他クラスの教室を覗いても、男子生徒が数名座っているだけだ。どこにも女子の姿が見えない。初日はあんなに賑わっていたのに。

 仕方なく女子トイレの前で様子を窺っていたら、トレンチコート姿の幼馴染が近づいてきた。


「いたいた。今、荒本くるまを呼んだわ。一緒に帰りましょう」

「もろみ……北校舎を回ってからでもいいかな」

「お目当ての女子は少ないわよ」

「なら、少しはいるんだね」


 渡り廊下から北校舎に向かう。受験組の男子生徒とすれ違う。訝しげな目を向けられる。

 他の生徒も小石川秀太に好意的とは言いがたい。距離を取られ、にらまれ、しまいには黒板消しを投げつけられた。咄嗟に避けたらもろみに当たってしまったので、投げてきた奴には足元にあった消火バケツをぶつけておく。ざまあみろ。


「えらく騒がしいな。おやおや。噂の小石川クンではないか」


 もろみのトレンチコートについた粉を払っていたら、近くの自習室から生徒会長の里見さんが出てきた。

 正しくは元生徒会長、今はプロム実行委員長だ。


 うちの学校は他校よりも校内行事が多いため、生徒会執行部には計画立案・対外交渉・組織運営・人心掌握の手腕が求められる。下手したらベンチャー企業の社長より忙しいという。

 その点で彼女はあらゆる行事を滞りなく終わらせてきたどころか、例年以上に大成功させてきた女傑であり、おまけに才色兼備で人望にあふれる「校内最強の女子」だ。どこぞの先輩のような残念美人ではない。受験組に混じっているのも地元の国立大学を目指しているから。共通テストの結果は良好だったらしい。


 あまりに出来すぎた人だけに、僕にとっては同級生ながら「雲の上の人」という印象が強い。平均的なもろみと比べるとちょっぴり肉付きが良いせいもあって、目の前に立たれると迫力があった。

 生きてて良かった。まさか里見会長に右手を差し出せる日が来るとはね。


「里見さん!」

「失敬。死神と踊るつもりはない。付け加えれば、プロムの実行委員長は相手を持たないのが通例だ。忙しいからね」

「死神?」

「とぼけてくれる。キミのことだよ小石川クン。ずいぶんと噂になっているぞ。キミに誘われた女子はみんな死んでしまうそうだな」


 里見会長の目は笑っていなかった。

 なるほど。だから校内に女子がほとんどいないのか──なんて純朴にビックリしてしまうほど、僕だって阿呆ではない。


 プロムの相手探しにインターネットを使うのは常識だ。

 ゆえに校内のグループLINEやSNSにおいて小石川秀太むじつのぼくが『死神』『殺人鬼』と呼ばれていることくらい知っている。一部では注意書き付きの写真まで出回っている始末。偶然に過ぎないのに、完全に犯罪者扱いだ。

 そうと知っていながら、あえて僕に近づいてきた里見会長はやはり只者ではないね。ぜひともお相手していただきたい。きっと学校の歴史に残るようなプロムに出来る。


「里見さん、僕はあなたと歴史を……」

「わかっているさ。キミは潔白だ。ニュースを見たかぎり、どの死亡事例にも君は直接的に関わっていない。よって『死神』は偶然にすぎない。ワタシは経験上、根拠なき因果を信じない性格たちだ。だからこそキミとは、ぜひ交渉したいと思っていた」

「それはプロムが終わったらホテルを取っておけということですか?」

「なかなか恐ろしい男だな、小石川クン……ゴホン。実はキミのような好青年にピッタリの女の子がいてね。老婆心ながら紹介してやろうかと」

「あなたより魅力的な女性なんていません!」

「まあまあ、その右手は収めてくれたまえ。実行委員長は相手を持たないと言ったろう。だからワタシの代わりに……八組の柳瀬やなせを誘うといい。あやつは危険な男が好きだと前にほざいていたからな。お似合いのカップルになれるぞ」

「彼女に恨みでもあるんですか?」

「ふぇっ!? あぁ……うむ……とにかく柳瀬の電話番号を教えてやる。正面きって誘いたまえ。万事首尾よく運べば、ワタシの力で小石川クンの『出禁処分』を解除してやってもいい。ダンスの相手も当日に見繕ってやろう」


 いつのまにか、小石川秀太は実行委員会から出禁を喰らっていたらしい。

 僕としてはありがたい申し出だ。相方がいてもプロムに参加できなかったら意味がない。


 何より誘うように促された相手が『校内ミスコン第一位』の柳瀬さんというのがいい。あの子とダンスができるなら卒業式は極上の日になる。

 里見会長を雲の上とするなら、柳瀬さんは高嶺の花。ふわふわの茶髪に包まれた可憐な容姿と聖母のごとき微笑み、抜群の肉体美ボンキュッボンで幾多の男子ムシを引き寄せてきた。しかし彼女は誰とも付き合わず、どんな生徒よりも真面目に勉学に取り組んできたという。ちなみに彼女の名誉のために弁明しておくと、ミスコンには友達が勝手に応募したそうだ。


「ちょっと秀太! バカな話に乗っかるのはやめなさいよ! その女はあんたの不幸を利用して、今とんでもないことを!」

「校内ミスコン三位のもろみには関係ないだろ」

「それこそ関係ないじゃない! ああもう。どいつも! こいつも!」


 もろみはどこかに行ってしまった。怒らせてしまったみたいだ。


 たしかに里見会長は小石川秀太の偶然を利用して、間接的に同級生を殺めようと企んでいるのだろう。

 ただし彼女の出した条件はあくまで「誘う」だけ。

 つまり柳瀬さんが死ななくても、僕の出禁は解除してもらえる(はず)。どうにかして柳瀬さんの命を守り抜き、プロムの相手になってもらえば何もかも丸く収まるわけだ。


 名付けて『白馬の王子様作戦』。

 明日は土曜日きゅうじつだし、夜通し見守っていてもへっちゃらだ。

 したり顔の里見会長には悪いけど──漢・小石川秀太、あなたを出し抜かせてもらいます。

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