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★
翌日。
山間部のキャンプ場に彼女のテントが残されていたため、夜中に誤って川に転落したと見られている。
民放が朝のニュース番組で報じていた。僕はショックで朝食が喉を通らなかった。ラッキーアイテムはバラの花。
外は雨だった。
「おはよう秀太。七組の天津風さん、死んじゃったみたいだね……」
「うん……もろみも気をつけてね。人生何があるか、わからないから」
「ありがとう。秀太もね」
幼馴染のもろみは今日も北校舎に向かう。
僕は教室で体操服に着替えた。一限目の体育は『猶予期間』に合わせて男女混合授業だ。
あいにく雨天なので、体育館で大人しく「なんでもバスケット」をすることになった。
三年三組・五組・七組の「受験終わった組」がいそいそとパイプ椅子を円形に並べていく。座れなかった余り者が条件を叫び、身に覚えのある者どもが別の席に走りだす。
「えーと……今朝、コーヒーを飲んだ奴」
「おー」
「映画館でポップコーンを食べない奴」
「おー」
立て続けに凶事が起きてしまったせいか、あまり盛り上がらない。
ほぼ初対面の異性が隣に座っていても、誰も声をかけようとしない。
我が校の『猶予期間』では定番の出会いイベントなのに。これではカップルなんて生まれようがない。
「恋人が出来たことがない奴」
「おー」
いつのまにか、僕が余り者になっていた。
叫ばなければ。
「吉岡さん!」
「へえぇっ!?」
「僕とプロムに行きましょう!」
「えっ」
「よろしくお願いします!」
僕は誠意を込めて頭を下げる。右手はしっかりと前に出す。
吉岡さんはキョロキョロと左右を見回していた。いつもオドオドしている彼女を衆目の前で目立たせてしまったのは申し訳ない。
しかしプロムに出る以上、これくらいの注目は平然と受け流してもらいたいところだ。
彼女とは一年生の時に同じクラスだった。話したことはほとんどない。いつも女子たちの後ろで穏やかに笑っていた、あの可憐な微笑みが忘れられなかった。
周りの生徒たちはざわついている。オモチャを見るような目の男子たち、きゃあきゃあと嬌声をあげている女子たち。なぜか訝しげに
僕は「吉岡さん!」と叫び、彼女を追いかける。
全力ダッシュしたら、あっというまに追いついた。さすがに文化部の女の子には後れを取らない。
「吉岡さん! 手芸部の部長なら、素敵な衣装を作れるよね!」
「やめてよ! よりによって、あんな目立つところで誘わないでよ……!」
「プロム、君の作った衣装で踊ってみたいな!」
「わたし、わたしは……もう相手がいるのに……」
彼女は渡り廊下の窓際に座り込んでしまう。
そうだったのか。
でも、君の性格では衆目の前で言い出せなかった、と。
「……ごめん。そうとは知らずに。みんなにはきちんと釈明しておくよ。お相手は?」
「五組の葛城君だけど、みんなには言わなくていいから……普通に考えて、恥ずかしいでしょ……」
「オッケー。まあ、良い店には列ができてしまうものだよね。もし席が空いたら、僕にLINEで教えてほしいな」
彼女からスマホを借り受け、LINEの友だち登録をしておく。
あとは朗報を待つだけだ。
もちろん『猶予期間』中に空席が出ない可能性もあるけど……その時は、こっちも保険をかけておこうかな。
僕は体育館に戻る。なんでもバスケットの空気はなぜか以前よりどんよりとしていた。外の雨のせいだろうか。やりたくないのにやらされてる感が滲み出ている。
なってないなあ。もっとプロムを主体的に楽しまなきゃ。
ああ。早く吉岡さんの手作り衣装で軽やかにダンスをする日が来てほしい。彼女の華奢な指先を取り、お辞儀をして、くるくると回る夜。心の底から恋焦がれてしまう。
仮に彼女とは縁がなかったとしても、衣装の制作は依頼させてもらおう。材料代はお年玉から出せる。
衣装の内容を詰めているうちに、彼女の心が自分に寄ってくるかもしれない。
僕は諦めの悪い男だ。
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