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★
翌日。
飲酒運転の自家用車に撥ねられたらしい。
心の底からビックリした。
自分の周りで死人が出たのは家族以外では初めてだ。
斉藤さんの友人たちは大泣きしていた。他のクラスメートも一様にいたたまれない顔をしている。
僕は教室を出た。
他のクラスでも同級生の死は話題になっていた。三年三組ほど深刻な空気ではないものの、喪に服している感じだ。吹奏楽部の女子たちは総じて目が赤い。
渡り廊下で北校舎に向かう。
こちらの雰囲気は普段と変わらない。
大切な時期の受験生たちにショックを与えないよう、担当の先生たちが気を利かせているのだろう。いずれ伝わってしまうとは思うけど。
僕は廊下から各自習室を見て回る。
こちらの姿に気づいた幼馴染のもろみが、手を振ってくれた。
(おーいおーい)
(勉強に集中しなよ)
(わかってるし!)
彼女は自信たっぷりに力こぶを作る。
僕も頑張らないと。
北校舎の二階・第三自習室では、なぜか拍手が巻き起こっていた。
合格を決めた生徒が、自習室の仲間に別れの挨拶を告げているようだ。黒板の前に並び、一人ずつ頭を下げている。
その中に知り合いの女子生徒の姿があった。
「あたしの学力でも無事に合格できました。みんななら、きっと良い結果が出せると思う、応援してる」
独特のファッションセンスと母親ゆずりの金髪から、不良学生のように思われがちだけど、二年の掃除の時に話しかけてみたら気さくな女の子だった。
そうか。彼女と会うのは一年ぶりになるのか。
若干気後れしてしまうけど、夢のために勇気を振りしぼろう!
僕は出入口の
「失礼します! 天津風さん、僕とプロムに行ってください!」
「えっ」
「よろしくお願いします!」
僕は誠意を込めて頭を下げる。右手だけはしっかりと前に。
彼女は困惑しているようだ。
「いや、ええと。お前、たしか三組の小石川だよな」
「久しぶり! 二年の清掃当番以来だね!」
「久しぶり……あー。あのさ、別に誘ってくれるのはいいんだけどさ。なにも人前でなくてもいいだろ。それもこんな時に……」
「ごめん! 今、ここで伝えたくて!」
「おおぅ……」
彼女の声が小さくなる。これは好反応とみていい。
僕は彼女の顔に焦点を合わせる。鼻筋の整った子だ。少し西洋的というか。
まじまじと眺めていたら、わざとらしく目を逸らされた。周りの受験生からは白い目で
神聖な自習室に部外者が長居するのはよろしくないね。
早めに駄目押しを仕掛けよう。
「天津風さん、お願いします。僕は魅力的なあなたとダンスがしたい!」
「いや、だから。あのな小石川……ちょっとは考えさせてくれよ。まだウチの頭の中は受験モードなんだ。すぐには切り替えられないっつーか」
「わかった! 返事は明日でいいよ!」
「おおぅ」
彼女の気の抜けた声はきっと照れ隠しだ。とってつけたように険しい表情を浮かべても、こちらの目はごまかせないぞ。
周りの目のほうは、いよいよ厳しくなってきたので、僕はLINEの友だち承認用のQRコードを黒板に手書きしてから自習室を後にした。
あれを手掛かりに天津風さんが連絡をくれたら、嬉しいな。
ああ。彼女と踊る日が待ち遠しい。
教室に戻ると、すでに映画の上映が始まっていた。
生徒の数は少ない。自由登校だから帰宅するのも自由だ。
僕は中央の空席を借りることにした。どうせ観るなら見やすい席のほうがいい。机上の花瓶は床に退ける。
って、ここ斉藤さんの席じゃないか!
しまったな。クラスメートから倫理観を疑われてしまう。
上映中の映画は『シーズ・オール・ザット』だった。イケメンが冴えない女の子をプロムの
以前、妹が『マイ・フェア・レディ』みたいで好かないと言っていたなあ。男性優位に見えてしまうらしい。
もちろん僕にとっては大好きな映画だ。あんな愉快なプロムに加わりたい。願わくば、妖艶な衣装の天津風さんの手を引いて。
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