PART6
『よし、オッケ―!次で最後だ。飛び込みいってみようか!』
カメラマンは満足そうに叫んだ。
このスイミングクラブには、競泳用プールの隣に、飛び込み用のプールがある。
とはいっても、高飛び込みではなく、飛び板飛び込みが一つあるだけだったが、
それでも一応競技用の資格は備えているらしかった。
プールから上がった高杉静華は、マネージャーから渡されたスポーツタオルで顔を拭くと、満足そうに微笑みながら、大きく頷いて見せた。
彼女は指示通り、飛び板の上に乗ると、そこでポーズをとってみせる。
カメラマンはその姿をショットに次々と収めて行く。
このクラブは中二階に観覧席が、ほぼプールを囲むように設けられてあった。
だが、俺の目はもう既に彼女には向いていなかった。
観覧席の端、丁度柱の陰に人影を見つけたからだ。
甘く見るなよ。
これでも俺は年は食っても視力は裸眼で両目とも2.0を維持している。
鼠色の作業服に帽子。
このクラブの清掃作業員のつもりだろう。
間違いない。
”ヤツ”だ。
俺は静かに、それでいて急いでプールサイドを離れ、外に出ると、
”観覧席”と、案内板の出た階段を上がった。
左わきのホルスターから
俺は二た席続いている観覧席の一番上に出る。
”ヤツ”は手にしていたモップの筒を外し、そいつをプールに向けて斜め水平に構えていた。
彼女が両手を広げ、飛び板の上で跳ねる。
その瞬間、
『ストップ!そのまま静かにそいつを捨てて手を挙げろ!』
俺の声に反応し、”ヤツ”は振り返った。
筒先が俺の方に向き、そこから”何か”が、音もせずに空気を切り裂いて飛ぶ。
目がいいってのは、こういう時にも役立つ。
俺は間一髪、”何か”を交わし、
一発は”やつ”の右肩を、
もう一発は奴の右腰を抉った。
派手な音を立てて、”やつ”は観覧席の端まで飛び、筒を落として停まる。
撮影隊はその音に驚き、全員がこちらを見上げていた。
俺はそちらに向けて”大丈夫”という風に、わざと大袈裟に手を振ってみせた。
『ブロウガン(吹き矢)か・・・・考えたな。タナカシロウ君』
床に落ちた筒を取り上げ、俺は”ヤツ”に声を掛けた。
蒼白く痩せた顔、
陰気な眼差し。
何もかも自殺したタナカサブロウと生き写しだった。
俺はブロウガンの筒を傍らに置くと、銃口を向けたまま、片手で携帯を取り出し、110番する。
『後もう少し・・・・後もう少しだったのに・・・・』
タナカシロウは傷口を押さえて、恨みがましい声を俺に投げつけた。
俺はその言葉を無視して、救急キットで彼の傷の応急手当てを済ませてから、
階段を上って、一番上の席に目を移した。
そこには長さ三センチほどの銀色の小さな矢が刺さっている。
何であるかは直ぐに察しがついたが、触るのは止めておいた。
現場保存という事も考えたのだが、恐らく先端には何らかの猛毒が塗ってあるに違いない。
『何故・・・・何故邪魔をした?』
彼が又言う。
『決まってるじゃないか。仕事だからだよ』
こともなげに俺は答えを返した。
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