PART5
そこは、JR蒲田駅から、歩いても10分ほどしかかからない、町工場が立ち並んでいる一角にある、モルタルの二階建てアパートの一部屋だった。
アパートのすぐ隣に、水道の口金を製作している、小さな町工場があり、あの独特な機械油の匂いや、ひっきりなしに動くプレス機の音が、俺の耳にも届いてくる。
鉄で出来た階段を上がった一番奥、それが彼の部屋だった。
俺がドアをノックすると、すぐに内側から開き、男が顔を覗かせた。
肩まで伸びた長髪、切れ長だが陰気な眼差し、顔色はどう見たって色つやはよくない。
そして、右の眼の下にある黒子・・・・・。
『ヤマダシロウさんですな?』
俺はそう言って
『お休みの所失礼します。私立探偵の乾と申します。』
『どうぞ』
彼はかすれた、憂鬱そうな声で言い、俺を中に入れてくれた。
がらんとした、四畳半一間の部屋だった。
小さな流しがあり、くすんだような畳、天井から下がっている蛍光灯の傘。
部屋の中央には四本脚のちゃぶ台があり、その向こうは開け放たれた窓。
小さな台所の蛇口からは、水が少しづつ垂れている音が、窓から入ってくる隣の工場と、上手くコラボレーションしていた。
俺は部屋に入ると、畳の上に胡坐をかく。
『生憎何もありません』
ぶっきらぼうな口調でそう言うと、カラーボックスの物入から、アルミの灰皿を持ってきてちゃぶ台の上に置き、着ていた作業着のポケットからハイライトのパッケージを引っ張り出し、半分折れ曲がった奴を摘まむと、百円ライターで火を点けた。
『で?何を?』
煙を吐き出して彼は言う。
『大したことはありません。お兄さん・・・・ヤマダサブロウさんのことについて少しばかり伺いたいと思いましてね』
彼は半分も喫わずに灰皿にねじ付けると、すぐにもう一本取り出した。
『兄とはもう随分長い間会っていません・・・・と言っても、貴方は信じてくれないでしょうね』
煙を天井に向けて吐き出しながら、彼は相変わらずぶっきらぼうな口調で言った。
『それが分かっているなら話が早いですな。貴方もお兄さんと同様、高杉静華のファンだった。久しぶりに会ったのは確か四年前に幕張で開催された握手会だった・・・・』
ヤマダシロウは、否定も肯定もせずに、黙って俺の話を聞いていた。
『生き別れになっていたとはいえ、そこは双子の兄弟だ。意気投合するのにそれほどの時間はかからなかった。しかしその後お兄さんはあの有り様だ。本当ならば執行猶予くらいで済むところ、実刑になって塀の内側、そして出所して直ぐに自殺・・・・』
『そして、それを聞いた君が、今何を企んでいるのか、凡その見当はついている』
彼はハイライトを三本灰にし、それから立ち上がると、傍らに置いてあったボストンバッグを引き寄せた。
彼が引き寄せたバッグの口から、棒状のものがはみ出しているのが目に入った。
『それだけ分かっているなら、さっさと僕を逮捕でも何でもすればいいでしょう』
『生憎俺はただの探偵だ。警察と違って“オイコラ、ちょっと来い”という訳にも行かない』
『だったら私はやるだけの事をやりますよ。兄の無念を晴らすためにね』
随分古臭い言葉だ。
『やってみなよ。こっちは何があっても阻止する。それが仕事だからね』
お邪魔様、
そう言って畳の上から立ち上がった。
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